第157話 グレイヴを退ける

 気分が悪い……!


 ゲハルとの闘いを切り上げて、ガルデニア王城に急いで引き返してきたものの……ずっと体調が悪い。

 頭痛がひどくなっている。


「フハハ……ゲハルを囮に使い、本陣を攻めるとは考えたものではないか? グレイヴ・タルラント」


 だがそんな様子悟らせないように精一杯の強がりで笑う。


「師匠……! 助けに来てくれたんだね……!」


 後ろでパアと希望に顔を輝かせるアリシア。彼女には俺の頬から滴り落ちる汗が見えていない。


「オセロット家の坊主……貴様までここにいるとはな……そうなると、面倒なことになった……」


 二刀を持つグレイヴ・タルラントの眉間に皺が寄る。


「ガァ……?」


 その隣には角を持つ少女……が……、


「魔王ベルゼブブ……⁉」


 思わず声を上げた。

 彼女の姿は俺が夢の中で、あいつが言う精神世界の中で出会った魔王・ベルゼブブとそっくりの容姿をしていたからだ。最も雰囲気は違い、あいつは尊大で威厳に満ちた態度だったが、ここにいる少女は無邪気に小首を傾げて何だか赤ん坊の様だった。


「ほぅ、よくわかるな。オセロット家のボン。古の魔王は名前どころか姿を伝えることすら禁忌とされ、今の時代ではまったく歴史書や伝承にすら残っておらんというのに。いや知っていたのではなく、感じ取ったのか? 貴様も所詮は人間ではない、創られた存在だものなぁ」


 以前ギガルトに言われた言葉がある。


 ———貴様は〝魔導生命体〟なのだ、と。


 『紺碧のロザリオ』プレイ済みの俺でも全く知らなかった情報。

 それについてこの男は何か知っているのか?


「貴様の父ギガルト・オセロットが古代魔族文明に純粋な憧れを抱き、ガルデニアの新たな兵器として現代に蘇らせようとして作った王立魔導機関『デウス』。その最初の〝魔族兵器計画〟として作り出されたのが貴様だ。シリウス・オセロット」


 グレイヴが俺を指さし、小馬鹿にするように笑う。


「滑稽な存在だな。領主の実の息子でも、魔王の再現にもなれない中途半端な存在。魔王の細胞を培養させるために数多のガルデニア兵士の肉体をにえとして誕生させた。だがその容姿、力は古の魔王と呼ぶには程遠い、中途半端な人間のただの男……。まぁ、それでも魔王としての資格は多少あるようで、魔剣バルムンクは貴様を本物の魔王と誤解し、所有者と認めているようだが……」


 俺の手に握られている黒刀をじろりと睨む。


「その魔剣は元々儂の息子ロザリオに貸し与えてやったものだ。返してもらうぞ!」


 グレイヴが再び切りかかってくる。


 が————、


「……影刃シャドウエッジ


 俺がひとたび魔剣を振るうと、黒刀の先から、俺の足元から、影の刃が発生し、それが津波のように一斉にグレイヴに襲い掛かる。


「な———⁉」


 刀を振りかぶり駆け寄ってきてはいたものの、俺に辿り着く前に大量の黒い刃の波が襲い掛かって来たのでグレイヴは防御をするしかない。

 刀で迫る第一陣を受け止め、バックステップをしながら衝撃を吸収。

 そのまま床を蹴って俺から距離を取り、影刃シャドウエッジの攻撃範囲から逃れる。


「グレイヴ・タルラント。長々とオレの生まれについての説明ありがとう。だが悪いが今は機嫌が悪い。貴様にこれ以上付き合っていられる心の余裕はない」


 頭が本当に痛い。

 どうしてだろうか? 

 あの魔王と同じ顔の少女が近くにいるからだろうか?

 彼女は大きな目をカッと見開いて、ジッと俺を食い入るように見つめている。


「だから悪いが速攻で決めさせてもらう……こんなもの……あまり使ったことはないが……!」


 魔剣を振りかぶる。

 ロザリオがやった時のように————黒い影を自分の手足のように使ってあの男を———、


「————ッ!」


 ぞくり、と胸騒ぎがした。

 なんだか、この剣を———この力を使ってはいけない気がする。

 その予感は多分正しい。

 相対しているグレイヴの肌が、肉眼でわかるほど総毛立ち、即座に掌を突き出し、


「待て———オセロット家のボン。やはりやめよう。こんな場所で戦うのは……貴様が何も考えずにその力を振るえばこの城が壊れてしまう。それは貴様も望むところではあるまい?」


 ふと気が付けば、俺が足をつけている床に放射状にひびが入り、それが俺が元々ここに来た時は既にあった大穴と繋がっている。そして、魔剣から何か波動のような物が迸っているのか、大気をビリビリと震わせ、その振動が城の柱に伝わりピシピシと音を鳴らしている。

 本当に……これはヤバいかもしれない……。

 もしかしたら城を壊してしまうかもしれない。そうしたらアリシアも無事で済むかどうかわからない。

 俺が刀を下げると、グレイヴは明らかに安心した様子で息をふう、と吐いた。


「ここで儂は引くとしよう。目的は達せられた———」


 グレイヴが両手の刀を腰の鞘に納め、隣にいる魔王らしき少女の頭を撫でた。


「———ここまで来た目的は、弟の顔を見るためだ。儂を裏切り、偽りの玉座に座る愚かな弟の」


 グレイヴの視線がガルデニア国王に向くが、国王は何も言わずに睨み返すだけ。


「だが、ジグワール。貴様には感謝すらしている。貴様が儂を地の底まで落とさなければ、儂は自分の使命から目を逸らし、先代の愚かな王たちと同様の愚図ぐずになり下がるところだった」

「兄上……」

「さらばだジグワール。もう会うこともないだろう。いや、次に会う時は地獄かな?」


 グレイヴが後退し、壁へと近づいていく。

 そして、魔王らしき少女に「やれ」と命じると、その指示に従った彼女が手から黒い魔力の波動を放ち、玉座の間の壁に大穴を開けた。

 外からの風が部屋の中に吹きすさぶ———。


「さらばだ愚かな王一族よ。この国が滅亡くなるまでの最後の時間を大切にするがいい———」


 グレイヴが横穴に向けて歩を進める。


「ま、待て! 逃がすな! 衛兵! あの不届き者を捕らえるんだ!」


 ダスト・フォン・ガルデニアだ。

 彼はグレイヴが引くとなったら自ら受けた仕打ちを思い出してはらわたが煮えくり返ってしまったようだ。

 二人の衛兵を引き連れて、果敢……というか愚かにもグレイヴに向かって突撃していく。


「前王をかたり、城を荒らし、何よりこの第二王子の僕を価値のない人間・・・・・だなどと愚弄した! その罪許すわけにはいかない!」


 彼の手には剣が握られていた。

 その剣でグレイヴを切り殺せるとでも思っているのだろうが———、


「馬鹿な小僧だ。せっかくアリシアが助けたものを……やってしまえ」


「ガ」


 魔王がグレイヴの前に立つと腕をブンと振るう。

 するとその手の先から銀色に光る魔力の液体が放出され、ダスト他二名の衛兵にかかり———、


「げこ……?」


 たちまち三人の姿はカエルになった。


「あ、兄上————‼」


 アリシアが叫び、


まったくもって愚かな奴だ……そして今度こそ本当にさらばだ」


 グレイヴは今度こそと手を横に振ると、横穴から魔王と共に外に出る。

 それから黒い魔力を二人は体に帯び、魔法の力で空を飛んでいき、やがてその姿が見えなくなる。

 俺はその背中を見つめ続けながらも、気分の悪さに耐えられず、遂には膝をついた。


「何だったんだ……あいつは、あの女の子は……一体……?」

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