第156話 救援

「ほう、もう上がってきたか……アリシア」


 地下で倒したはずの少女が果敢にも立ち上がり、魔王ベルゼブブの攻撃を防いだことにグランドは面白い、と口角を上げる。


「ハァ……ハァ……どんな事情があろうが……ガルデニアがどんな国だろうが。叔父上がやろうとしていることは間違っている。そんなもの、ボクは認めはしない」


 剣を向けるアリシアの身体が横にふらつく。

 地下の王立魔導機関『デウス』にてアリシアはグランドの言葉に惑わされ、魔王の一撃を受けて吹き飛ばされた。純粋な魔力の塊が、体の前で爆発した。それは単純に大量の火薬の爆発と同等のエネルギーがあり、普通の人間だったら死んでいる。

 だが、アリシアは爆発の衝撃が全身を裂く前に創王気そうおうきによって防御をした。

 爆発の衝撃が伝わる体の面に合わせて、創王気そうおうき のオーラの厚さと範囲を絞り、強い衝撃が加わる場所には強く分厚く、背中のような衝撃を全く受けない場所にはリソースを回さない。そういった魔力のコントロールを体勢、状況によって器用にこなし、アリシアは魔王の攻撃を何とかしのいだ。


 ———ナミさんとの特訓の成果だな……。


 アリシアがニヤリと笑う。

 アリサとの決闘騒動のおかげだ。あの時はシリウスにも、ナミにも迷惑をかけたと思ったし、無駄に軋轢を作ったかもしれないが、結果としてアリシアは成長した。


 ———あの決闘がなければ、そのための修行がなければ、ここにたっていなかっただろうな……。


 そう、自虐的に笑った。


戦場いくさばで笑うかアリシア。貴様はやはり他の兄妹たちとは少し違うようだな」


 だが、その笑みを対するグランドは高揚から来るものだと受け取った。


「だが、何故ここまで来た? 地下でベルゼブブの一撃を受けた時、儂はお前が死んだと思った。あそこでおとなしくしていれば……逃げていれば命だけは助かったものを。こうしてまた儂の前に姿を現せば……」


 グランドが刀をブンッと振るうとその切っ先から弓なりの斬撃が飛び———、


「……殺さなければいけなくなってしまうではないか」


 ———アリシアへと襲い掛かる。


 ギィィンッ‼


「ク—————ッ!」


 その斬撃魔法をアリシアは剣で何とかガードするが、重たい攻撃であり、勢いを殺しきれずに後ろへと後ずさる。

 その衝撃に手をビリビリと震わせる。


「しのいだか。だがアリシアよ。だがどうして貴様は儂に歯向かう?」

「え?」

「ガルデニア王家は〝裏切り者の一族〟だ。魔族を裏切り、人を騙し、偽りの歴史を紡いでいる。貴様の父も、その息子たちも悪と呼べる存在なのだ。なのになぜ戦う? 何故守ろうとする? お前が守ろうとしている者は自分のことしか考えていない。守る価値のない人間たちだぞ?」


 グランドが刀の先をクイと揺らし、アリシアの背後を指す。

 そこにいるのはダストとガルティナとヴァルナ……アリシアを常日頃から虐める酷い人たちだ。いつも上から目線で見下してくる彼らも今は怯え切って尻餅をついてアリシアをただ見上げることしかできない様子。


「人を人とも思っていない馬鹿どもだ。そんな人間殺しても構わんし、畜生としても問題はないだろう。むしろ喜ぶ人間の方が多いのではないか? 権威を笠に着て威張り散らしているだけのやつ、好きな人間などいないだろう?」

「それでも!」


 アリシアはグランドの声をかき消すように声を張った。


「……性格がどうでも、それまでにしてきたことがどうでも、殺していい理由にはならない」


 キッとアリシアは睨みつける。


「甘いな。いや、単純な倫理観で考えることをやめているのか?」


 ふん、と失望したようにグランドは鼻で笑う。


「かもしれない。だけど、死んじゃったらやり直すこともできない……取り返しがつかない。もしも、もしも、あの時ああしておけば良かったって仲良くなることができたのかもと思っても……どうすることもできなくなる」

「……………」


 ピタリとグランドの動きが止まった。


「やられたからやりかえして、やったからやりかえされて……そんなことを繰り返していたらどんどん周りの人がいなくなって寂しくなってしまいますよ?」


 表情が固まり、きれいごとを吐くアリシアに対して怒りが胸中に渦巻いているかのようだ。が、アリシアの口は止まらない。


「だから叔父上。復讐なんてものはやめて、」

「儂の身体を突き動かしているのは復讐だけではない———、」


 グランドの身体が、アリシアの視界から消えた。


「え———?」


 ヒュッと横から風鳴かざなりの音と———、


「———正義のためだ」


 ———グランドの声が聞こえた。


 眼だけを動かし、アリシアは声のする方向を確認する。

 そこには両手に持つ二刀をアリシアへ向けて振りかぶるグランドの姿。目の瞳孔は開き、明らかな殺意を向けている。


 ———間に、合わない!


 グランドの攻撃の速度はアリシアがガードする速度を遥かに上回っていた。

 このまま輝く白刃が、アリシアの首を跳ねるか———、

 そう、覚悟した瞬間だった————。


 キィィィィィン———ッ‼

 

 ———甲高い、剣戟けんげきの音。


オレのモノを随分と傷つけてくれたものだな———」


 ———黒刀だ。


 暗闇のように深く沈んだ黒の刃が、グランドの刀を受け止めている。


 その黒刀を持つ、長身の男———。


 いつも特製の白い学生服を纏っている、アリシアが見慣れた姿。


「———覚悟はできているか? なぁ、グレイヴ・タルラント」


 シリウス・オセロットは魔剣バルムンクでグランドの刀を弾き、不敵な笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る