第154話 ガルデニア王国の真実

 ガルデニア王城地下最奥、王立魔導機関『デウス』にて———。

 アリシアはグランド・フォンガルデニアとその隣に立つ角を生やした少女と対峙していた。


「古の魔王……ベルゼブブ……?」


 降り立った謎の少女を見つめ、アリシアは目を見開いた。


「それは千年前に人類を滅ぼそうとした、人間を奴隷として支配し虐げていた魔王の名前だ! でも、我が祖先によって滅ぼされた! 始祖の王、ルキウス・ガルデニアによって倒されたはずだ———!」


 アリシアは王立図書館に寄贈されている歴史書の、ガルデニアが学校教育で習ったと通りのことを語る。


「———魔王はその時に死んで、魔族も一緒に滅んだって!」


 過去、人語を喋り文明を築くことのできる〝魔族〟———という生命が存在した。


 強力な魔力を保有し、詠唱など必要もなく大魔法を発動できる異形の存在。あまりにも強大な力を持つがゆえに人間を見下し、支配し隷属させようとした悪辣な種族。

 太古の昔、人間は魔族により苦しい思いをさせられ苦渋の時代を歩んだ、暗黒時代があったと言われるが、王たる存在が倒れた瞬間、魔族は同士討ちを始めたという。

 それから、魔族が勝手にいなくなった地上で人間は栄華を極め、魔王を倒した英雄ルキウスが建国したガルデニアは魔道騎士大国として世界に君臨し、今でも三大国の一つとして周知されている。


「そんな魔族が、この世にいるはずがない! 魔族は魔王がいなくなって愚かにも内戦を始め、その激しい争いで死体も残さずにこの世から消え去ったって———!」


 そう、家庭教師からは、学園では習った……!

 声高にアリシアは叫ぶと、異形の少女の隣に立つグランドは大笑いをする。


「アッハッハッハッハ! アリシア。お前そんな都合のいい歴史を信じていたのか? 魔族が全て跡形もなくこの世から滅びた、と。魔の獣……魔物は依然この世界に存在しているのに、魔の一族……魔族だけは人間が何をしないでも勝手にこの世から消え去った、と。そんな事実があると思うか?」


 確かに少し変な歴史だとはアリシアも思っていた……だが、


「でも……現に、魔族は今の世界にいない……魔族がいないから私たちは人間同士争い会うのではないのですか⁉ 五年前までプロテスルカと争い合っていたように!」


 ガルデニア王国は隣国と長い間、闘い続けてきた。

 西のプロテスルカとは長い間領土問題で争い合い、北のルーシャ連合国からも度々侵攻を受けている。

 魔王がいなくなり、そのあと人類の繁栄の時代を迎えたといえば聞こえはいいが、ガルデニアは平和な時代を享受した期間は少なく、ほとんどが人類同士の闘いの歴史である。

 だからアリシアは思っていたのだ。

 魔族が、魔王がいれば人間は互いに争いあう事がなく、共通の敵に対して皆手を取り合って立ち向かうことができるのではないか、と。


「アリシア、哀れなアリシアよ……偽りの歴史を信じ、愚かな父に操られる愚かな存在よ……魔族はいた。ずっとこの世界にいた。この———、」


 グランドは人差し指を立て、その先をくるんと足元へ向けた。


「———遥か地の底に眠っていたのだ」

「眠って、いた……? この下に……?」


 思わず、アリシアは足元を見てしまう。


「ガルデニアがどうやって生まれたか、本当のことを教えてやろう。アリシア———そして儂らガルデニアの王一族がどれだけ非道で、恥ずべき一族なのかも……」


 グランドは瞼をスッと落とし目を細め、手首に力を込めて両手の刀がチャキリと鳴った。

 殺気———!


創王気そうおうきッ!」


 アリシアは覚悟を決め、全身に蒼いオーラを纏い、攻撃に備える。

 そしてペタリペタリと、魔王と呼ばれた角を持つ少女が歩き、アリシアに向かって接近する。

 歩きながら、その少女は空中に掌をかざすと黒い魔力の光が帯状に放たれ、やがてその魔力は凝固し、形を成す。


 ———布。


 魔王と呼ばれた少女は何もない空間に魔力で深碧色のローブを生み出し、それを全裸であった身体に纏った。


「…………ッ!」


 そしてぶるる、と布の感触に驚きながらも魔王はアリシアを見据え、ローブを生み出した手とは逆の右手に黒い魔力を宿し、それを球体状に固めて目の前の敵に対して突き出す———。


「ガァ……!」

「来るかっ!」


 創王気を纏う剣を振り、魔王の攻撃を迎撃する。


「————ッ!」


 純粋な魔力で作られた破壊エネルギーの球をアリシアは光の魔力をまとわせた剣で弾き、魔王は———。


「ク————ッ!」

「ァァ………!」


 ———攻撃を繰り出す。

 アリシアと魔王の攻防は続く。

 魔王は右手だけではなく左手にも黒い魔力のボールを作り、アリシアにぶつけようとするが、機敏な動きでアリシアは対処し、全て剣で捌き切る。


「アリシアよ———」


 手の平の上に作った魔力のボールを力任せにぶつける……そんな原始的な攻撃を繰り返す魔王の奥で、グランド・フォン・ガルデニアは語り掛ける。


「———この王国の真実を教えてやろう」


 アリシアは軽く舌打ちをする。

 こんな、戦いながらの状況でッ……!

 語りたいのか、自分を殺したいのか。

 真実を教えると言うのなら、この魔王という存在に対して攻撃を一旦やめるように言って欲しいものだ。


「———この国、ガルデニアの地には魔族の国があった。名を〝ゼブル〟という」


 アリシアは話半分に聞き、「……ァァ!」とよだれを垂らして呻きながら攻撃してくる魔王の腹部に蹴りを入れて距離を取る。


「———ゼブルの国に〝ルキウス〟という魔族の男がいた」


 魔王が腹を抑えて「ガァ……!」と鳴き、怒りを込めた目をアリシアに向け、両手を天へと掲げた。


「ガアアアアッッ‼」


 深くどす黒い魔力が少女の掲げた両手の上に集まっていき、やがてそれは少女よりも、アリシアよりも大きな球となる。

 熱を感じる———魔王が作り出した魔力の球から放たれているのだ。


 ———強い攻撃が来る!


 アリシアはギュッと柄を強く握り、攻撃に備える。

 そして、剣にまとう創王気の量を増大させようと集中する。


創王そうおう……!」


「———ルキウスはゼブルの王ベルゼブブの忠実な僕であったが、何を思ったか裏切り、人間と組んだ。そして魔族を虐殺し、また自らも人間であるかの如く振舞い———国を創った」


「———⁉」


「その名を———〝ガルデニア〟という」


 アリシアは、グレイヴの声を、語りを聞いてしまった。


「ガアッ‼」


 足を止め、一瞬だが全身から力を抜いてしまった———。


「……あ、」


 その隙を付かれ、魔王の投げ放った黒い魔力の球を剣ではなく、身体で受けてしまう。


 爆発が———起きた。

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