第153話 魔剣再び、、、

「何だ……体が……熱い……手が……」


 矢が刺さった右手から猛烈な熱を感じる。焼けるような……炎が吹き上がるような。


「シリウス……おい、それは何だ……?」


 ギガルトが震える指先を俺に向ける。

 なん、だ……と言われても。


「黒い、血……?」


 ダラダラと矢が刺さった右手の傷口から地面へ向かって黒いドロリとした重たい水が流れ落ちている。落ち続けている。垂れ流しになっていると言っていいい。


「いや、これは血ではない。泥だ……」


 黒い泥が傷口から無限にあふれ出ていた。



 ———力が欲しいか?



 頭の中に、少女の声が聞こえてきた。


「お前⁉」


 その声は、ここではない夢のような空間で、本当にあったのかどうかもわからない謎の空間で。

 現代の俺の部屋を再現した場所で、何度も聞いた声———。



 ———みなまで言うな。我が力を貸してやろうぞ。



 魔王———。

 確かにその声はあの尊大な態度をとる幼女だった。今までこちら側の世界にいる時……意識がある時には全く聞こえなかったから、彼女の存在はただの夢幻だと思っていたが、


 ズゾゾゾゾゾゾゾ……!


 俺の傷口から絶え間なく流れる泥……いや、これは……、


「影か———⁉」


 以前、学園でやったロザリオとの闘い。

 その時に奴が使っていた黒い地を這い、敵に対しては刃と化す変幻自在の影。

 それがどうして、俺の手から……。



 ———どうして? 何をすっとぼけておる? 知っておっただろう?



 幼女の声が内から響く。

 俺の胸の奥底から———。

 そして傷口から硬い何かがズイと突き出て、塞いでいた矢のをぱきりと折る。


「これは……!」


 黒い、刃だった。

 傷口から、俺の身体の内側から伸びるのは真っ黒な刀身を持つ刀———。


「魔剣、バルムンク……!」


 ロザリオが昔使っていた、人の心の闇を暴走させる悪魔の剣。

 紛失したと思われていたが、どうしてこんな場所に……!



 ———何を今更。お前は何度も見ただろう。お主の心の中で、精神世界で。



 魔王の声が頭に響く。

 確かに、夢の中で魔王がこれを持っている姿を見たことがあるが、本当に……!

 魔剣バルムンクは、完全にその全身を排出し、空中に放られる。

 その柄を俺の右手が掴む。


「勝手に……!」



 ————どうやら、どこかの馬鹿が我の身体を勝手に弄んでいるようじゃからの。とっととこの状況を切りあげ、あちら・・・へ行くぞ!



 ぶるぶると魔剣を持つ手が大きく震え、刀を背部へ大きく振りかぶる。


「お前!」


 あいつが、魔王が、勝手に体を動かしている———!

 その目的は、恐らく……!


「おい、あんちゃん……それは……その刀はッ……⁉」


 ゲハルが明らかに顔に恐怖を貼り付け、その衝動の赴くままに矢を俺に向ける。

 だが———、



 ————影刃シャドウエッジ



 魔剣が振るわれる。


 切っ先から放出する影が刃を作り、飛んでいく。


 距離など関係ない。


 飛ぶ矢よりも速く、鋭くとがった影の刃は、途中にあった矢をあっけなく砕き、その先へ進み行き———彼の持つ弓を切り裂き、腕の肉を削ぎ———その首元まで……!


「やめろォッッッ!」


 叫ぶ。


 シュ……! と影が消える。

 一瞬で、跡形もなく、最初からそこに何もなかったかの如く、魔剣が生み出した影は消滅した。


「……フッ! ハァ~! ハァ~! ハァ~!」


 ゲハルが膝から崩れ落ち、全身で呼吸をする。

 ガタイの大男が情けなく、汗を全身から噴出しながら、命が長らえたことに対しての安堵を表出させていた。

 その左腕の上部と、首筋から血を流しながら、恐怖に顔を引きつらせて全身で息をしていた。


 ———なんじゃ? どういうつもりじゃ?


「お前、殺すとこだっただろう……!」


 ————問題か? やつは、お主の敵じゃろう?


「殺す必要はない」


 殺したくない。


 今は敵対しているかもしれないが、彼は気のいい男なのだ。そんな男を状況に流されるままに殺していいはずがない。


「お、おいシリウス……」

「父上。後のことを、ゲハルのことを頼みます……よしなに」


 俺は踵を返し、城へ向けて駆け出す。

 戦意喪失したゲハルへ向けて駆け寄っていく衛兵たちとすれ違い、戸惑うギガルトに目もくれずに。


「おい、貴様シリウス! どうしてその剣を持っている⁉ それは魔剣バルムンクだろう⁉ 答えろ!」


 後ろから突き刺すように飛んでくる声も完全に無視して、惹かれるままに城へと駆ける。


「誰かが……何かが呼んでいる……?」


 ざわざわと胸騒ぎがする。

 ガルデニア王城の中心から、その下に何かいる。

 このような感覚は初めてだった。

 言いようのない奇妙な感覚がずっと胸の内側でくすぶり、この体を動かしている。耳で音を聞いているわけでも、肌に熱か何かを感じているわけでもない。


 例えるならば———焦り。


 ひたすら焦燥感に駆られ、それが今から行く場所に辿り着いたら解消されるのだと根拠もなくそう思い込まされているようなそんな感覚。

 その直感に従い、俺は足を動かした。


「———やはり、あなたが〝そう〟でしたか」


 耳にそんな声が届いた。

 誰の声かはわからない。

 ただ、静かな男の声———城に向かって走っている間、ずっと背中に恐らくその声の主の視線を感じ続けていた。

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