第152話 甦る〝古の魔王〟
「どうして……おじさまがここに……殺されたんじゃ……!」
「死にかけたわ。生きているのは
老人は悲し気な表情を浮かべて顔の火傷を撫でる。
「なら……どうして今まで隠れて……それにどうしてこんなところにこそこそと!」
「アリシア。それはお前の父のせいよ。儂が死にかけたのも。儂がゲハルを囮に使ってこんな場所に来たのも……」
「どういう……ことですか……グランドおじさま……」
老人が体を右側にずらす。すると彼が間に入って見えなかった、その奥にある者がアリシアの視界に入る。
「それは———⁉」
アリシアが目を見開く。
「アリシア、今の俺をその名で呼ぶな……今の俺はグレイヴ・タルラント。墓の下から蘇った……哀れな男だ」
グランドの奥にあるのはアリシアがここまでに見てきた謎の柱状の水槽だった。
魔法石で柱上に固定された薬液———試験管のような液体の中には、人間がいた。
小さな女の子だった。
白い老人のような色の髪の毛をしていたが、毛先は鮮やかな紫色。小ぶりで十歳程度の幼女。だが普通の少女ではない。その身体に普通の人間とは明らかに違う特徴を宿していた。
耳の上から生える大きく湾曲した二本の角と肩からわずかに覗く、背中についた蝙蝠のような羽……。
「魔族……」
その特徴は伝承に聞く、今は滅んだとされる魔族の姿そっくりだった。
「グランドおじさま……それは一体何なのです⁉ なぜ城の地下にそんなものが……⁉」
「〝そんなもの〟だなんて悲しいことを言うなよ。アリシア。お前はあのオセロット家の坊ちゃんと仲がいいんだろう?」
「は? 師匠のこと……ですか?」
どうしてここで師匠に、シリウス・オセロットについて言及するのだとアリシアは訝しんだ。
それにどうして、前王グランドがシリウスのことを知っているのかとも。
そのアリシアの疑問をグランドは感じ取ったかのように、クックックッと笑い、
「儂はずっとお前たちを見ていた……あの街、ハルスベルクの一商人として、『イタチの寄り合い所』の店長として。そして、裏社会を牛耳る組織『
「『
その名前の響きは今、アリシアが聞きたくないもののひとつだった。
先日、アリシアはその組織に誘拐されかけたばかりでその時の恐怖が心の奥の深い部分でくすぶり続けているからだ。
「じゃあ……あなたがリタさんをけしかけて……!」
「儂があいつをけしかけたわけじゃあねぇが、儂の息子たちを貸してやったなぁ。お前さんをプロテスルカに攫い、殺し、戦争の火種にする協力をしてやった」
顎を撫でながら、何ともなしにグランドは言う。
「どうして! グランドおじさまはどうしてそんなことを……⁉」
「言っただろう。お前のオヤジが、ジグワールが全て悪いんだよ。儂を殺そうとし、王座を奪い、あまつさえ……儂の大切なものを……妻を……マリアを奪った‼」
大気をビリビリと震わせるほどの怒号。
グランドがここに来て一番感情をあらわにした瞬間だった。
「奥様……マリア叔母様を……確か、あの時一緒に……」
「マリアは、運がなかった。儂と違う……だがそれはマリアが原因なのではない。悪いのは今もこの上の階で堂々と玉座に座っている。我が弟だ……だから儂も、奴から全てを奪うと、決めたのだ」
グランドは腰に下げた左右の鞘から、シャッと音を立てて刀を抜き放つ。
「アリシア。お前がここに来たことは儂にとって幸運だった」
二刀流———。
グランドは二本の刀を鳥の翼のように左右に広がるように持ち、全身から殺気を放つ。
アリシアの頬に一筋の汗が流れる。
「儂がジグワールから奪いたいもの……そこにはアリシア……貴様も含まれている……」
「ここでボクを、殺すというのですか……」
「ああ、殺してもらう……!」
「………?」
して、もらう……?
そのままグランドが自分に対して斬りかかって来るのだとアリシアは思い込んでいたため、その言葉に疑問を感じた。
そして、グランドは右手に持つ刀を振り上げ————足元の魔法石に突き立てた。
「こいつにな———ッ‼」
それはグランドの後ろにいる魔族の少女が収められている液体を管理している魔法石。
グランドはそれを砕き————、
「目覚めろ! この世界を滅ぼす予言をうけた『古の魔王・ベルゼブブ』よ————‼」
水の柱が弾け、中にいる少女の身体が空中に投げ出される。
スト……。
白と紫が混じった髪の毛が外気に晒され花弁のように広がり、見るからに軽そうな少女は羽毛が落ちたかのように床に柔らかに降り立つ。
そして、その瞳を開いた。
金色で———全てを飲み込むような大きく、どことなく暗い闇を感じさせる眼を———。
〇
一方———ガルデニア城、見張り塔の下で。
「何だ……? 何かが起きている……?」
俺は———シリウス・オセロットはせり上がってきた悪寒に耐えられず、城へと足先を向けた。
ヒュ……ッ!
その鼻先をゲハルの矢が掠める。
「おいおいあんちゃん。どこに行く気だい? お前の相手は俺だろうがよ」
「ゲハル……」
彼は額に汗しつつも口元を歪めて笑い、俺を挑発する。
「やはり、貴様は囮……ここに
「別にあんちゃんを、ってわけじゃねぇが……まぁ、オヤジの目的のために邪魔な奴を足止めしておくっつー役割は授かってる。だからな、それを考えるとやっぱあんちゃんは邪魔で厄介だ」
ゲハルが矢をつがえ———、
「何をするか……わかんねえからなっ!」
放つ。
魔力がこもった矢はまっすぐに俺の首元を狙いすまして来るが、何度も何度も放たれ、
「くらうか!」
避ける。
そして次の矢をつがえる前に接近しようと足先に力を入れるものの、ゲハルはそれを感づき、ザッと後ろへ跳ぶ。
また、距離を取られた……さっきからこの繰り返しだ。こちらが近づこうと思っても、ゲハルは素早く後退する。ずっと一定の距離を取り続けられて、戦闘状態が膠着している。
くそ……! こちらに遠距離攻撃手段があればいいものの……。
俺はシリウス・オセロットの高スペックの肉体を使いこなせてはいない。体内にある膨大な魔力により高攻撃力、高防御力は得ているものの、精神は現代日本で暮らしていた普通のサラリーマンだ。転生前の記憶しか持っておらず、シリウス・オセロットとしての記憶が、経験がすっぽり抜け落ちている。
だから、これまでの十七年間の人生で習得した魔法は扱えず、数か月前から必死に俺が勉強しはじめてようやく習得した、この世界では五歳児でもできる基礎魔法しか使えない。それは暗闇に明かりを灯したり、空気を冷やしたりと、簡単な日常的に使える魔法だけ。
聖ブライトナイツ学園の生徒たちが当たり前に使えている〝飛ぶ斬撃〟のような魔法はまだ使えない……。
距離を取られる相手など、今までは戦ったことがなかったのでどうすればいいものか……。
そう、思案している時だった———。
「こっち! こちらです! こちらに賊が!」
ドタドタと城の方から集団が、走ってやって来る。
「あそこです! あそこに賊が!」
先頭を走るはギガルトだ。
普段走り慣れていないだろうに、顔中にびっしりと玉の汗をつけ、ゲハルを指さしている。
「え、衛兵! 突撃を……!」
ギガルトのすぐ後ろに追随しているのは金髪のイケメン、第一王子アッシュ・フォン・ガルデニア。その更に後ろにガシャガシャとやかましい音を鎧からかき鳴らす衛兵たちを引き連れている。
そのアッシュに対してギガルトは手をビッと伸ばして制し、
「いいえアッシュ王子‼ 賊は我が
すると向かってくる人ごみの上を高速で一つの影が飛び越し、猛烈な勢いを持って駆け寄って来る。
のっぺりとした土人形———
感覚共有で
ゲハルは「チィ!」と一つ舌打ちし、矢先を俺からズラした。
「……む?」
彼の雰囲気が……変わった。
狙いは接近する
その奥、ギガルトの……更に隣に照準を合わせている。
「わりいな、これもオヤジのためだ……」
今まで見たことのない冷たい声でぼそりと、ゲハルはそう言った。
————マズい!
矢が放たれる。
狙いは————、
「……え?」
第一王子、アッシュへ向けて———!
「……グッッ!」
矢が……刺さる。
「し、シリウス……お前……」と、驚愕し足を止めるギガルトの声。
ポタリポタリと血が流れる……。
俺の掌から。
「ぐ……くそ……! ゲハル……貴様……!」
俺は、矢が刺さり手の平から甲まで貫通してしまった右手をおさえる。
「おや? あんちゃんが庇うとは意外だねぇ」
「どういうつもりだ。アッシュ王子を狙うとは……貴様の今の敵は
明らかにアッシュが現れた瞬間、ゲハルの雰囲気が変わった。さっきまでは勝負を楽しんでいる節すらある暖かみのある戦士のような雰囲気を纏っていたのに、アッシュを見据えている今のゲハルは冷たく感情が感じられない仕事人のような空気に変わっている。
「オヤジのためだ。俺はオヤジがいなかったらただのクズで終わっていた……だから、オヤジの目的が復讐なら、現ガルデニア王、ジグワール・フォン・ガルデニアの一族皆殺しなら……!」
「何?」
一……族……ならば、つまり……アリシアも……?
ゲハルは叫び、次の矢を放つために魔力を込める。
「俺は鬼にでも悪魔にでもなるつもりだ‼」
再び———俺ではなく、アッシュ王子へ向けて二の矢を放とうと……彼の持つ矢へ魔法により動かされた風が吹く。
「貴様……ゲハルッ‼」
こんなところでのんびりしているわけにはいかなくなった、と矢が刺さる右手を強く握りしめ……、
ドクン…………ッ‼
その瞬間————俺の、シリウス・オセロットの心臓が大きく跳ねた。
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