第151話 王立魔導機関『デウス』にて
薄暗い研究施設のような場所だった。
緑や青の謎の液体の入ったフラスコが壁に並べられ、金属製の窯から蒸気が噴き出、部屋に充満していた。
「こんな場所……城の地下にあるなんて……」
部屋は細く長く続いており、アリシアが今いる場所からずっと奥がある。
蒸気と少ない明かりのせいでよく見えないが。
「ぎゃあ!」
しばらく歩くと、悲鳴が聞こえてきた。
奥の方からだ。
男の悲鳴と、「何だ貴様は⁉」という別の戸惑いの声が聞こえてきてそれから何かが引き裂かれるようなビリッ、という音が鳴る。
その引き裂かれるような音に混じり、何とも例えようのない肉が引き裂かれてような音も……。
「……ッ!」
アリシアの全身が緊張感に包まれつつも、歩を前に勧める。
白い煙が立ち込める部屋の、どんどん奥へと。
進んで行くうちに雰囲気が変わって来る。
大きなぼんやりと光る柱が左右に並ぶフロアにやってきた。
「なんだここは……なんだ……この水の柱は……⁉」
そのフロアは不気味だった。
光る柱は液体で出来ていた。
蒼くぼんやりと光る液体が柱の形を留めて地面から天井へと伸びていた。その形を留めているのは足元に設置されて、煌々と輝いている魔法石の効果だろう。
問題なのは、その柱の形に固定されている液体ではない。
中に
「ま……も、の……⁉」
アリシアの顔が恐怖に引きつる。
柱の中にはコボルトやリザードマンといった小型から中型の魔物が閉じ込められていた。
皆一様に眠るように目を閉じていて、まるで胎内の赤子のように体を丸めて液体の中に収まっている。
「ここは……もしかして魔物を研究しているのか……そんな施設が城の地下にあるなんて……」
身がすくむような思いをしながらも、足を止めずに進めると、ぬるりとした感触が足に伝わる。
ずるっ、
「うわッ⁉」
ぬめりけのある液体が床に掛かっていたために滑りやすくなっていたようで、アリシアはそのまま尻餅をついてしまう。
「いてて……水? あの柱の水が……」
そう思って床に広がる液体に手をやり、こびりついたその色を見る。
赤い———。
「血……ッ⁉」
ふと気が付けば、近くに人が倒れているのに気が付く。
白衣を着ている男性で、胸から血を流していた。
「お、おい! 君! 大丈夫か⁉」
恐らくここの職員なのだろう。アリシアは即座に彼を助け起こすと、その男は腕の中で「うぅ……」と唸り、
「ダメ……だ……あいつは、あの男は、あの方を……」
「おい、喋るな!」
職員の男はうわごとのように呟き始めたので、息があると内心ほっとしたが、それ以上喋り続けるとせっかく助かった命も落としかねないとアリシアは声を荒げて、
「安静にしていろ! すぐに助けを呼んできてやる!」
「そんな……ものはいい……! はやく、あの方を止めてくれ……アレは、この世に蘇らせてはいけないものだ……!」
と、研究室の奥を指さし、男はがくりと首を落とす。
アリシアはその男に対して「おい、おい!」と何度か声をかけて体を揺さぶるが反応はない。死んだか、と思ってアリシアの血の気はサーッと引いたが、よくよく耳をすませばすー、すーと鼻息が聞こえるので気絶しただけだと気が付き、またホッとする。
「アレ……復活……」
研究員のワードが気になる。
だがとにかく、この先には危険がある。
危険な男がいる。非武装の人間を躊躇なく切り捨てることができるような非道な心の持ち主が、何らかの目的で奥にいる……。
シュッと衛兵から借り受けた剣を鞘から抜き、そのまま鞘を投げ捨てる。
そして抜き身のままで、更に奥まで歩を進める。
「…………う」
蒸気の煙は段々と晴れてきたが、空間の不気味さはましてくる。
左右にのっぺりとした等身大の土人形がずらりと並べられたフロアを通り、その奥にようやくたどり着く。
「ここ……か?」
最深部は……。
ドーム型の部屋で壁に沿う形で青色の液体の柱が並べられている。
その柱の中には何もいないものもあれば、何かが入っているものもあり、その法則に規則性はない。
そして、その中に入っているものは……先ほど見た者よりもアリシアにとっては衝撃的なものだった。
「これは……中に人間が入っているのか……⁉」
毛が一本も生えていない少年のようなもの、少女のようなもの。
アリシアと同年代ぐらいの人間の身体がその柱の中には入っていた。
「誰だ……⁉」
部屋の中央から鋭い男の声が響く。
「……ッ‼ 貴様こそ誰だ‼ ここはガルデニア国の施設だぞ! 何を勝手に入っている!」
その声のする方角へ向かってアリシアは剣を構えた。
部屋の中央に、先ほどの老人が立っていた。
体はこちらに背を向けた状態で、首だけ向いている。
特徴的な顔の右半分を覆う火傷の痕が良く見える。
「お前は……」
「誰だ! 貴様は! この施設に何の用だ!」
「……いやはや、お前とこんな場所で会うとはなぁ」
老人がゆっくりと体を回し、全身を向ける。
白髪で鋭い鷹のような瞳を持った男。体格は年月を経ても鍛錬を怠っていないようで腕は太く、腹も出ていない。
言い知れない気迫を全身から漂わせている老人だった。
「久しぶりだなぁ……アリシア」
「……馴れ馴れしく話しかけるな! ボクは君なんて知らない」
どうして名前を知っているのかなどとは尋ねない。
何故ならアリシアは王族であり、第三王女として何度か公の場で姿を見せている。この国に住んでいるのならば顔と名前は知っていてもおかしくはない。
だから、彼の言葉を突っぱねたが老人は残念そうに首を振った。
「冷たいなぁ。昔は儂が直々にお前に剣を教えてやったというのに……」
「剣を? お前が、ボクに……?」
言われてみて、アリシアはジッと老人の顔を見つめる。
見つめ続けていると段々とその瞳が、どこか見覚えのある……遠い昔、幼いころに会ったような面影を感じるようになってきた。
父に、現王ジグワールにも似た……鋭い眼光……。
「もしかして……叔父上……グランドおじさま……ですか……?」
その男は答えとばかりにニヤリと笑った。
十一年前、敵国の仕掛けた爆弾によって亡くなったとされた前王、グランド・フォン・ガルデニアは生きてここにいる。
そう言いたげな笑みを浮かべて———。
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