第145話 もう、いいか。
「アリシアよ。そなたがこの魔道具と戦ってみせよ」
王の目も声も冷たく冷え切ったものだった。
「で、ですが……父上……」
戸惑うアリシア。
そんな彼女を見て横に並ぶ兄妹たちはクスクス笑う。
「何だ? 朕の言葉は何か間違っておるか?」
「ここで私が戦うのは……」
謁見の場で、それも
いわばこれは実験なのだ。
新兵器の性能はどれほどかわからない。もしかしたら死ぬ可能性だってある。ならば身分の低い人間にやらせるべき役目だ。
ガルデニア王がその役目を与えたのは、自らの娘だった。
「そなたは騎士の学園に通い、剣術も魔法も多少は身に着けたはずだ。この程度の相手、務まらぬわけがなかろう?」
「そ、そうではあります……ですが、お言葉ですが父上……! この場で王家である私が戦うなど……私は今、礼服です。ドレスです……着替えなければいけません、それにはかなりの時間がかかります。それでは……!」
着ている蒼いドレスをギュッと握りしめる。せっかく着ている煌びやかなドレスを名残惜しそうに。
「何を言っておる。そのまま戦えばいいではないか」
「え……?」
「そなたは王族でもあり、騎士なのだろう? なら、どんな時でも戦えるようにするのが常ではないか? そこの者、アリシアに剣を渡せ」
衛兵に王が声をかけると、その衛兵は「ハッ!」と戸惑いながらもアリシアに剣を渡す。
「さぁ、戦って見せよ」
「ですが……でも……!」
アリシアの瞳がチラリと俺に向けられる。
眉毛を八の字に曲げて、困り果てているような顔だ。
そして、しばらく目が合うとそれが下にグッと落ちる。
自らの蒼いドレスに———。
———仕方がない。
「王よここは私が、」
「ウフフフフ……ッ! アハハハハッ! ア~ッハッハッハッハッ‼」
俺が名乗り出ようとした瞬間、笑い声が場を支配した。
女の笑い声だ。
「アハハハハッ! 無能王女がいっちょう前に一張羅が汚れるのを気にして戦いを嫌がっているなんて……可笑しなことですわねぇ」
笑ったのは、ガルティナ・フォン・ガルデニア。この国の第一王女で、その隣にいる第二王女のヴァルナ・フォン・ガルデニアも「そうですわねぇ」と同意する。
「無能で何の役にも立たない王女に、剣を振り戦場で兵士を鼓舞するという役目を与えようと学園にまで私たちは通わせているのですよ。アリシア」
流し目でアリシアを見つめ、いやらしく絡みつく蛇のような声色でガルティナは嫌味ったらしいセリフを吐く。
「こういう時に役に立たなくていつ役に立つの?」
「……ですが姉上」
「ドレスが汚れるのを気にしているの? 馬鹿馬鹿しい。普段自分のことを〝ボク〟なんて呼んで、女であることを必死に否定してるじゃない。そんなあなたがどうして〝女〟である
「————ッ」
クシャリとアリシアの眉間の間に皺が寄る。明らかにショックを受けていた。
「あなたなんて所詮は
「…………」
アリシアの顔が伏せられる。
これ以上、面を上げるのに耐えられなくなった様子で。
そんな身を縮こまらせてしまった彼女に対しても、ガルティナは追撃の手を止めようとしない。
「アリシア、あなたさっきおっしゃいましたわね? 着替えるのが時間がかかるから自分は
その言葉にアリシアは反応しない。
「———ならば、裸で戦えばいいじゃありませんか?」
「—————ッ!」
あまりにもひどいガルティナの言葉に、第二王女のヴァルナは「いいですわねぇ!」と同意し、第二王子のダストはプッと吹きだす。
「いいじゃないですか、いいじゃあないですか! アリシア、今すぐここで服を脱いで裸で戦いなさい。そっちの方がいい見世物になりますわ」
アリシアはうつむいたまま、手をプルプルと震わせる。
「さ、アリシア。はやくそのドレスをお脱ぎになって。その服はあなたにふさわしくはありません。ドレスを脱いで裸になって剣だけを持って、下賤の者たちが集う学園で学んだ剣術とやらを披露しなさい。さ、アリシア。早く」
「…………」
「脱ぎなさい。脱げ!」
「…………」
「ぬ~げ、ぬ~げ」とは、第二王女ヴァルナの言葉。ガルティナの隣に立つ彼女は手拍子をして、はやし立てる。
そしてダストがヴァルナに合わせて手拍子を始め、やがては長いものに巻かれろ主義の衛兵たちもヴァルナに従い、「ぬ~げ、ぬ~げ」と手拍子をしながら声を上げる。
「……………ッ!」
屈辱で震えが大きくなるアリシア。
「俯いて震えているばかりでは何にもなりませんわよ。アリシア」
フフンとガルティナは鼻を鳴らして、
「———さ、とっととあなたにふさわしい恰好におなりなさ、」
その顔に陰が差した。
「————ん?」
人の陰だ。
「誰ですの? あなた?」
俺の陰だ。
————パァンッ!
俺は———王女ガルティナの頬を引っぱたいた。
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