第144話 謁見

 ガルデニア国王は原作ゲーム『紺碧のロザリオ』でも立ち絵ありで登場している。この国の国王がどんな人物か知っている。彼は厳格で冷徹な、鷹のように鋭い瞳を持つ男だ。巻き髪のかつらをかぶり、マント付きの貴族服を身に着けている。常に眉間にしわを寄せ、堂々とした様子は周囲を緊張させる。彼の存在自体が周囲に緊張感をもたらすような、そんな人物だ。


「国王様のおなーりぃ――—————!」


 玉座ぎょくざの間。

 ガルデニア王城の最上階にある王が臣下や来訪者と謁見するための部屋。

 そこに俺達オセロット家の面々は通され、中央の赤いカーペットの上に立たされている。

 俺たちの前方にあるのは大理石でできている白くて巨大な玉座。

 左右にずらりと並び控える高官たちとアッシュを始めとした王族たち。彼らは目を閉じて、静かにたたずんでいるが、口元のゆるみや肩のふらつきから内心は退屈しているのが察せられる。


 カッカッカッカッ…………!


 先端が尖った革靴が音を鳴らす。

 王はマントをたなびかせ、速足で俺達の視界を横切り、玉座の前に立つ。


ちんが第89代ガルデニア国王———ジグワール・フォン・ガルデニアである……!」


 彼の声は低く、静かだがビリビリと大気を震わせる。

 隣に立つギガルトの頬を小さな汗が伝う。

 だが、口角は上がりこの緊迫した空間をどこか楽しんでいるような表情でギガルトは王の前に躍り出る。


「国王陛下に置かれてはご機嫌麗しゅう。テトラ領領主、王立魔導機関『デウス』主任ギガルト・オセロットであります」

「うむ」

「この度は我が『デウス』の叡智を結集させた新魔導兵器———古代兵器ゴーレムを国王様にお見せし、是非ガルデニア軍への戦力として配備していただきたく、謁見の機会をお願いした次第です」

「うむ」


 お決まりの、あらかじめ打合せされていたかのような挨拶を二人は交わすと、ギガルトはズササと後方へ下がり、ルーナに「おい」と声をかける

 ルーナはビクッと背筋を伸ばすと赤く輝く宝玉が埋め込まれた杖、ギャラルホルンの杖をかかげて魔力を注ぎ込む。

 古代兵器ゴーレムを操る彼女のいつもの動作で、それに反応した古代兵器ゴーレムがレッドカーペットの横に置かれた木箱から軋む音をたてて立ち上がる。


「ほう……」


 王が息を吐いた。

 のっぺりとした顔をした古代兵器ゴーレムは自らの手で内側から木箱を開き、人間と変わらぬ動きで箱の中から出てきて、レッドカーペットの上で直立する。


「まるで魔物だな」


 その姿を見て、王はポツリと感想を漏らす。  

 確かに、古代兵器ゴーレムは若干不気味だった。

 つるんとした丸みを帯びたデッサン人形のようなフォルムをしているのに、動きは細かい人間の動きを再現している。立ち止まる時に頭が少し前に傾いてしまうような慣性を殺しきれなかったブレも、立っている時に左右どちらかに重心が傾いてしまうようなクセも再現している。

 今、古代兵器ゴーレムは両手を組んで、胸を張り、少し右肩を前に突き出した偉そうな姿勢を取っていた。

 明らかに人間の立ち姿をそのまま再現していた。

 それが不気味だった。

 あれが、ちょっと前のように俺、シリウス・オセロットの顔をそのまま貼り付けているのならば少しはまともになったものを、今は人間とは言えないようなただののっぺらぼうが動きだけは人間じみているものだから、生理的に不気味に感じてしまう……。


「ふむ、ギガルトよ。この古代兵器ゴーレムという魔導兵器は立つだけか?」

「いえ、決してそのような。ルーナ! 少し動かしてみせよ」

「……はい、お父様」


 王と父に促されるままにルーナは古代兵器ゴーレムを動かす。

 その場で飛び上がり、空中で一回転して見せたり、拳や蹴りを綺麗なフォルムで放ち続ける踊り――—武踏ぶとうのようなものを披露したり、古代兵器ゴーレムが人間と変わらぬ性能を持っていることを見せつける。

 そして、一通り動き終えると再び両腕を組んで偉そうにふんぞり返る。 

 ………なんだかあの動き、立ち姿……どこかで見たことがあるような気がする。


「ふむ。これは興味深い」

「ありがとうございます。国王様」


 王が顎を撫でてじろりと古代兵器ゴーレムを見下ろし、ギガルトはその反応が良きものであると捉えて声を弾ませて一礼する。

 古代兵器ゴーレムのお披露目は順調でる。

 何事もなく、つつがなく進行している。

 このまま謁見は終わるか……古代兵器ゴーレムが量産化されるとこの世界にとっては害となると俺だけが知っている。

 だから、この場に介入し、何らかの形で妨害した方がいいのではないかと考えていたその時、ガルデニア王がふと、言葉を漏らした。


「だが、コレは対人戦闘用魔道具であろう?」

「おっしゃる通りでございます」

「では、朕は実際に戦っているところがみたい」

「と、おっしゃいますと……?」

「……………」


 王はじろりとギガルトを見つめる。

 その目にギガルトは身を竦ませ、振り返り俺の方を見る。


「シリウス、シリウス!」

「何でしょう、父上?」

「ここで古代兵器ゴーレムと戦え! 王がそれをお望みだ!」

「は?」


 いきなりだな……まぁいいか……。

 これで古代兵器ゴーレムを量産化させない。ギガルトの野望を打ち砕くための絶好の口実を得ることができた。

 この場をぶち壊す気満々で足を一歩踏み出す。


 その瞬間———、


「いや。兵は朕が用意する」


 王の静かな言葉で、静止させられた。


「は? 王よ、今なんと?」

古代兵器ゴーレムと試しに戦ってみせろ――——、」


 見上げるギガルトを無視し、王の視線は横に並び立つ自らの息子、娘たちに向けられた。


「———アリシアよ」

「—————ッ!」


 そして、一番後ろに並ばされている少女に視線を合わせると、その見つめられた少女は肩を跳ねさせて、見開いた瞳で返した。

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