第142話 たわいもないじゃれつき
「ボクはあんまり他の兄弟たちによく思われていないんだ」
王城の客間に通され、すこし腰を落ち着けるとアリシアはそうポツリと漏らした。
「あの……アリシア王女、大丈夫ですか?」
そんな彼女に心配そうにルーナは声をかける。
この客間には俺とルーナとアリシアがいる。豪華な絵画や絨毯で彩られた派手な部屋。その中の大きく長い赤いソファにアリシアは腰を沈めて軽く手を振った。
「大丈夫だよ。あんなのはいつもの事だから」
ドレス姿で力なく笑う。
先ほどまでそれを見せつけるようにしてはしゃいでいたのが嘘のように彼女は元気がなかった。
「ボクは魔法の使えない———〝ヴィクテム〟と呼ばれて蔑まれるに値する人間だ。みんなと違う……だから、あれも仕方がないことだ」
「それは違うだろう」
「え?」
俺の言葉にアリシアが反応し、視線が持ち上がる。
「人間の価値は能力だけではない。それだけで優劣をつけていては大切なものを見失う。奴らはそれを見失ってしまった哀れな人間だ」
あんなの、アリシアの兄弟のような人間たちは、現実社会でいくらでも見てきた。
自分の利益しか考えていない、欲の皮が突っ張った人間たちだ。
「そんな人間の言葉を真に受けるな。お前はお前だ。胸を張れ」
「師匠……」
「だから
あんまりにも……あんまりにも彼女が気落ちしていたのが可哀そうだった。
だから、励ましたい一心で声をかけた。
ドレスを見せつけて、喜んでいた様子から一転し、落ち込んでいたのでそれを何とか励ましたかった。
「師匠……」
らしくないことをしたと内心自虐する。
だが、その甲斐はあったようで、アリシアは目をうるうると潤ませて立ち上がり、
「ありがとう! 励ましてくれて!」
と、足を踏み鳴らして抱き着いて来ようとした。
「待て! 王女がそんなはしたない真似するんじゃない!」
「むぎゅ」
同じ手を二度も食らうかと手を前に突き出し彼女の躰を押し留めようとする。俺の手は彼女の両肩を掴んで、勢いを殺そうとしたのだが、少し置く位置を間違えて彼女の顔に手を当ててしまった。
「むぎゅぎゅ……! なにふるんだよ。ししょー」
頬を押されながら、喋りにくそうに抗議するアリシア。
「黙れ。本当に貴様ははしゃいでいるようだな……そう何度も抱き着くような人間ではなかっただろうに」
「はしゃぐさ。だってボクのウチに君が来てくれたのだから、師匠が来てくれたのだから……」
そう言って体を離すともじもじと体をくねらせる。
「その、呼んではくれないのか……?」
そして何かを期待するようにチラリチラリと俺を見つめる。
「呼ぶ? 何を?」
「その……今この場ではいいだろう? ここには君と君の妹のルーナしかいないんだし、ボクのことをその———〝ビッチ〟って……」
甘えるような瞳で、とんでもないことを言ってくる。
恋人に自らの呼び方を求めているように、全身から好き好きオーラを全開にして俺にうるうるとした瞳を向けるが、発言の内容が規格外。
「
「何で⁉ 偶に呼んでくれるじゃないか! 親愛の証しのあだ名だろう⁉」
「流れで呼んでいるだけだと何度言わせる。あれはどちらかと言えば、お前を𠮟りつける時に、罵倒するときに呼んでいる時だけだ。そういう状況でない時に貴様を〝ビッチ〟などと酷い呼び方できるか」
「呼んでよ! ボクは好きなんだよ、君からそう呼ばれることが!」
「
コンコンコン……。
たわいもない痴話げんかをしていると、客間の扉がノックされる。
「———む?」
「失礼するよ」
反応して声を上げただけで、返事をしたつもりもないのだが、訪問者はガチャリと扉を開けた。
「あ、兄上……」
金髪を七と三に分けた爽やかなイケメン、第一王子のアッシュだった。
「やあ、アリシア。お楽しみのところを悪いね」
アリシアに笑顔で手を振る。
「だけど、ちょっと君のお友達と話があるんだけど、いいかな?」
その目は俺に向けられていた。
「シリウス・オセロット君。ちょっと二人きりで話がしたいんだが、いいかな?」
「あ、はい。構いませんが……」
何だろう……第一王子に個人的に話をされることなんて、見当がつかないが。
内心戸惑いながらも、客間の外の廊下に出て、俺が出ると同時にアッシュは扉を閉めてアリシアに話を聞かれないようにし、
「さて———シリウス・オセロット君」
「はい……?」
俺に向き直り、言った。
「君———今僕の妹を〝
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