第141話 アリシアに対する目

 妹———第三王女アリシア・フォン・ガルデニア。

 声だけでわかる彼女が抱き着いてきたのだと。


「貴様……突然なんだ⁉」


 その首根っこを掴んで引っぺがす。

 あまりにも勢いがついた抱き着きだったので首がその衝撃を受け止めきれず、若干負傷してしまったではないか。

 折れ曲がった首のまま、アリシアを𠮟りつけるが、彼女はけろっとした顔をしている。


「えへへ~……休みの日にも君に会えると言うのが嬉しくて。ついつい抱き着いちゃったよ」


 首根っこを掴まれていると言うのにニコニコ笑っている様はまるで猫の様だ。


「お転婆だな、貴様は」


 何だか彼女があんまりにも気にしていないものだから、怒る気も失せて苦笑を浮かべてしまう。


「そんなことより、見てくれ」


 そういって、俺の手から逃れて地面に着地し、ふわりとその場で回転する。

 蒼のドレスを纏った王女が回ることでその長くやわらかなスカートが花弁のようにぶわっと広がる。


「綺麗だろう?」

「———、あ、ああ」


 かぐわしい匂いが鼻をくすぐる。

 それはアリシアが香水をつけていたのか、それとも女性が本来持つ特有の香りなのかはわからないが、そんな彼女は一輪の美しい青い花に見えた。


「……ししょう?」

「————ハッ、い、いや……何でもない」


 アリシアの口角が上がり始めたことに気が付いて、自分が彼女に見惚れていたことに気が付かれないように前に向かって歩き、城の中へと入っていく。


「あ、ちょっと、待ってよ師匠!」


 彼女がテテテと駆け出す足音を背にし、城の中の赤い絨毯の上を歩いていく。

 既に父、ギガルト・オセロットはずんずんと進み、その斜め後ろを侍女たちがそれぞれ古代兵器ゴーレムの入った木箱を持ちあげ運んでいる。

 その後ろについていきながら、城の中を眺める。

 埃一つなく、綺麗な城内、そしてちゃんと教育が行き届いているようで、見かける侍女も執事も頭を深々と下げ続けている。俺達、客であるオセロット家の人間に対して最大限の敬意を払っているのが伝わってくる。


「お足元をお気を付けください」

「あ、あぁ……」


 エントランスホールの奥には二階へと続く大階段があり、そこの一段目に足を賭けようとした瞬間に傍に控えていた侍女が声をかける。

 丁寧な態度だ。

 こんな態度を取られてしまうとまるで自分が偉くなってしまったかのようだ。

 ただ、客としてこの城に来ているだけなのに。

 それだけ、彼ら彼女たちの一挙手一投足は気持ちのいいものだった。


「ん?」


 そんな城の人間たちに感動していると、俺の視界にふと似つかわしくないものが映る。

 禿頭とくとうの大男。

 執事らしくタキシードを見に付けているがパツパツではちきれそうになっており、俺の視線に彼は気が付いた様子で即座にスッと曲がり角に隠れてしまった。

 どこかで見覚えが……。


「やあ、ようこそおいでくださいました。君がシリウス・オセロットかい?」


 記憶を辿ろうとした瞬間、前方から声をかけられる。


 階段の上に、また青年が立っていた。


 赤銅色せきどういろの落ち着いた貴族服を着た目の細い青年だ。


「はい……よろしくお願いいたします」


 偉そうな態度から察するに、王子だろうと一応、丁寧な態度を心掛けて礼をする。


「ふぅん。あの学園にふさわしい、品性が足りなさそうな男だね」


 あ?

 青年は———失礼だった。

 明らかに見下すような目で見下ろし、嘲るような笑みを崩そうとしない。


「あ、兄上……! 師匠は、シリウス・オセロットは客人です! そのような無礼な態度をとるのは……!」


 我慢できないとアリシアが階段を駆け上がり、赤銅色の服を着た青年の前に躍り出る。

 彼女が兄と呼ぶということは……彼もまた王子というわけだろう。


「それに———兄上はまだ名乗りもしていないじゃあないですか。王族でありながら無礼ではないですか?」

「フフッ……、フフフッ……」


 青年は含み笑いを始める。


「———何か、可笑しいのですか?」

「いや……〝無能王女〟の分際で僕に意見するなんて、成長したなぁ……っと思って」

「————ッ」


 青年は心底おかしそうな、愉しそうな笑みを浮かべていた。

 その言い草と、表情に怒りは全く感じられず、先ほどまで浮かべていた嘲りすら消えていた。

 だがそれが逆に、見ている者の肝を冷えさせた。

 青年は笑顔のまま手をひらひらと振ると、その愉し気な様子のまま名乗る。


「僕はこの国の第二王子で知らないわけはないだろうが、妹に名乗れと言われたから、名乗らせてもらうよ———ダスト・フォン・ガルデニアだ。今日だけの付き合いだと思うがよろしくね、シリウス・オセロット」

「……ええ、宜しくお願いいたします」


 いちいち嫌味な言い方をする第二王子、ダスト。

 ぶん殴りたい衝動に駆られるが、そこまで子供ではないので我慢する。


「————ッ」


 だが、悔しそうに眼を伏せるアリシアと、その様子を階段の上からニヤニヤと笑って眺める豪華なドレスを着た巻いた髪をした二人の女性が眺めている。


「あぁ———アレは第一王女のガルティナ・フォン・ガルデニアと第二王女のヴァルナ・フォン・ガルデニア。僕の妹たちで、そこの魔法の使えない無能の姉だ。彼女たちも今日限りの付き合いだろうけど、宜しくね」

「オホホホ……よろしく」

「フフフフ……よろしく」


 ダストに紹介され、扇で口元を隠しながら腰を落として礼をする二人の王女。

 アリシアの———姉たち。


「ええ、どうも……よろしく」


 小さく会釈をする。

 この上から見下してくる王族の人間は一様に俺達に対して、同じ人間に向けるとは思えない目をしていた。

 哀れな動物か何かを見るような目。

 それは———自らの妹であるアリシアに対しても同じような目だった。

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