第126話 I am your 、

 その日の夜———『イタチの寄り合い所』事務所の扉がキィと開いた。


「……アリサ・オフィリアは失敗しました」


 大斧使いのリタの顔が燭台のわずかな灯に照らされる。


「そうか。ご苦労」


 『イタチの寄り合い所』のオーナー兼、『スコルポス』のボス・グレイヴ・タルラントが答える。

 顔の半分に火傷の痕がある白髪の老人。ぼんやりと照らされるその貌。深く刻まれたしわは単純に刻まれた年齢だけではなく、潜り抜けてきた修羅場すらも感じさせた。


「……………」


 リタはその顔を見ながらゆっくりと歩み寄る。

 来客用の対面席の手前側を通り過ぎ、そのすぐ奥まで。

 グレイヴが座っている場所はいつもと違っていた。彼はいつも来客用の対面しているソファ席のその奥にある大きな執務机しつむづくえに座っていた。いつもそこで新聞を読みふけり、経営しているタルラント商会の事務作業を行っているのが常であったが、今はそうではない。

 彼は、来客用の二つのソファ席、その奥側に座っていた。


「……ボス、そいつ・・・は拘束しておかなくていいの?」

 

 この部屋にはもう一人の人間がいた。

 グレイヴの対面に座っているのは長い前髪の間から強い意志を感じさせる瞳を覗かせた小柄な少年。


「…………どうも、リタさん」


 ロザリオ・ゴードンだった。

 いつも余裕そうな笑みを浮かべる彼はリタに対して小さく会釈をするが、リタはそれを無視してグレイヴの隣に立つ。



「拘束など、しなくていい。こいつは賢い奴だ。無駄なことはしないし、事はもう終わったんだろう? アリサお嬢ちゃんは失敗して、死んだのか?」


 ジロリとグレイヴの視線がロザリオからリタへと向けられる。


「死んでない。けど、アリシア王女を殺して戦争を起こすというアリサの企みは失敗した。『スコルポス』の仲間も何人かガルデニア王国警備騎士隊に連れて行かれた。私みたいに抜け出した人間もいるけど……」

「そうか。じゃあ、アリシアを誘拐しようとしたことが城の人間に伝わっていないうちに、助けられる奴らは賄賂わいろを渡して助け出しておくか……」


 グレイヴが立ち上がる。

 そして事務所の壁に掛かっていたを持ちあげ、自らの腰に差す。


「アリサお嬢ちゃん、お前のことは嫌いだったが最後の最後で役に立ってくれたな……リタ、それでアリサお嬢ちゃんはどこに行った? 死んでないというが?」

「アリサは、自首した。何もやる気がなくなってしまった感じで……だから今は騎士隊の詰所にいる。だけど、プロテスルカからの使者っていう立場が立場だし、アリシア王女誘拐の実行犯じゃないし、実際アリシア王女が攫われている時にはずっと決闘場のリングの上にいた。だから、関わりについては証拠不十分っていうことですぐに釈放される……そう聞いた」

「誰からだ?」

「彼女の妹———ナミ・オフィリアから」

「そうか。剣仙を十ノ太刀まで極めた〝剣聖王〟を名乗る天才少女か。あの少女も計画に引き入れたいものだ……あっちが協力してくれたら、儂の計画は確実なものとなる……」

「計画? 計画って何です?」


 それまで黙っていたロザリオが会話に口を挟む。

 彼はソファの上で足を組み、にこやかな笑みを浮かべていたが頬に汗を伝わせ、若干眉間にしわが寄っている。

 緊張している様子だ。


「ただの一人の女の子を誘拐して殺そうとして、そのために俺をこんな場所に監禁して。大の大人がそれだけ情けなく子供を振り回してもやらなきゃいけない計画って何です? そうまでしてやらなきゃいけないことなんですか? 正直———リタさん、ボス……」


 ギロリとロザリオの眼光が鋭く二人に向けられる。

 刺すような視線が———。


「あなたたちに対して軽蔑を覚えます」


 その視線をリタはわずかに顎を引き、うつむきがちに受け止める。

 一方のグレイヴは、


餓鬼がきにはわからない話だ」


 と、背中を向けたまま一蹴する。

 それに対してロザリオも一笑で応える。


「ハ—―――ッ‼ わからないですね、わかりたくもないです。少なくともあなたたちに正義はない。でも、お疲れ様です! そんな餓鬼にはわからない御大層な計画も、失敗したみたいですね☆ 恐らく会長が何とかしてくれたんでしょうがね!」

「会長?」

「ええ———シリウス・オセロット会長ですよ」


 ロザリオは肩をすくめて、自慢げに続ける。


「俺ではなくてあの人をここに足止めしておくべきでしたね。あの人も正義の人だとは言えませんが、自分の所有物モノである生徒を黙って見捨てるわけがない。アリシア王女を救わないわけがない。そのためだったら、相手が例えマフィアだろうと一人で壊滅させる。そんな人ですよ———だって、あの人は俺の魔剣を奪った人間なんですから」


 見せつけるように両手を広げ、魔剣が刺さっていない腰の左側を若干前に突き出す。


「魔剣を———奪われた? バルムンクをか?」

「ええ、俺の記憶が正しければ、会長は魔剣を吸収しています———」


 ほぼ一月前の話になる。ロザリオが魔剣の力で、というかコンプレックスをこじらせて暴走してシリウスを殺そうとした時のことだ。魔剣を用いたのにも関わらず敗北し、魔剣は折られロザリオはリングの上に倒れた。

 その時、気絶する寸前に見た光景がある。

 それは———シリウス・オセロットが魔剣を腕から吸い上げ・・・・、体内に取り込むという奇妙な光景だった。


「———ここに、ね」


 ロザリオは自らの胸を指さす。


「魔剣を取り込んでいるも関わらず、会長はいつもと変わらない。変わらなかった。そんな心が強い人間が、一人の女の子を救えないはずがない」


 誇らしげに彼は言うが、グレイヴは肩を震わせる。


「……クックックッ! ア~ッハッハッハッハッハ‼ アッハッハッハッハッハッッッ‼」


 突然の大笑い。

 ロザリオがギョッとするのにも構わず、笑う顔を手で押さえるが、漏れ出る笑いを止めることができない。


「———やった・・・! やっていたか! オセロットめ! あの馬鹿め! 本当に〝やる奴〟があるか! 本当に蘇らせる・・・・奴があるか! ク……ア~ッハッハッハ‼」


 グレイヴは、まるで若返ったようにこわ高々に笑い続けた。


「ぼ、ボス……どうしたんですか……」


 その様子があまりにも恐ろしく、ロザリオは思わず手を伸ばす。

 だが、グレイヴはスッと笑いを収め、


「何でもない。餓鬼には本当にわからない話だ……さて、じゃあ俺もやるとするか」


 そして出口へ向かって歩き出す。


「何処へ行くんですか?」

「ここまで大規模にやったんだ。『スコルポス』は地下に籠もる。『イタチの寄り合い所』には愛着はあるが……もうしまいだな。この拠点ここは放棄する!」

「……地下に籠もる? そんな、ボスそこまでしてやりたいことってなんなんですか?」

「あ? まぁ……復讐だな」


 当然とばかりに言ってのける。


「復讐……? 誰を、誰に対してそんなに恨みを持っているんですか?」

「それは……まぁおいおい次の拠点に向かいながら説明しよう。ロザリオ、貴様も来い」

「————は⁉」


 顎で自分の行く先を指し示す。

 その方向にロザリオもついていくと確信しているかの如く。


「い、いや……‼ 行きませんよ! 俺は『スコルポス』を抜けます! こんなことをしたら当然でしょう! 子供を利用するような組織、これ以上いたいと思いますか⁉」

「いや、お前は儂と行くんだ」

「ハァ⁉」


 強情なグレイヴに戸惑い続けるロザリオ。

 一方でこの空間を支配している老人は笑みを浮かべていた。

 ———余裕めいた笑みを。


「何故ならば———貴様は儂の息子だからだ」


 確かに———そう言った。


「…………はあああああああああああぁぁぁぁ⁉⁉⁉ 嘘ですよね?」

「嘘ではない」


 これから去ろうという裏組織のアジトにロザリオの叫びが響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る