第125話 復活の「ビッチ」
「たわけが」
一言だけで返す。
「ビッチにしてくれ」なんて申し入れ。そんなんまともに答えてたまるかとばかりに、一蹴しそのままアリシアに背を向ける。
「た、たわけ……? ボクが? えっと……それだけ?」
「それだけだ。お前の申し出に対する答えは、それ以上の言葉を
「どうして⁉」
不安そうな声がするが、振り返らずに答えると、ドンと背中を叩かれた。
駆け寄ってアリシアが拳の底———
軽くではあるが。
その後もポカポカと———。
「ボクの、お……女の子の一世一代の告白だっていうのに! それはないだろう! いくら何でも酷すぎるだろう!」
「その一世一代の告白が何をどうやったら専属
「だって———師匠はビッチ好きなんだろう⁉」
「そんなわけがなかろうが!
「だってビッチってあだ名をつけたがっていたし……いかにも尻軽そうなアリサさんと一晩共にしたと言うし……」
アリシアが背中を叩く手を止めたので、振り返り指を突きつける。
「アリサは一晩泊まっただけに過ぎず、貴様をビッチ呼ばわりしたのは流れでそうなっただけでむしろ
きつく、一言言っておかねばと思って顔を近づけた。
それがまずかった。
彼女の顔を覗き込んで、気づいてしまった。
アリシアの頬に一筋の涙が流れていたことを———。
「ア、アリシ……お前、本気で……?」
本気で、告白していたのか……?
「本気でって何だよ。ボクはいつでも本気だよ……!」
…………本気の告白がアレか?
「今回、君が
うるんだ瞳で見上げながら、そっと俺の服の裾を掴み、一歩近づく。
完全に、アリシアは俺の懐に入り込んでいた。
そして肩を丸める。
まるで———抱きしめられるのを待つかのような姿勢だ。
「ボクは———君のモノになり、」
「待て、アリシア。それ以上は———」
「……むぐ⁉」
その口を、手をかざして塞いだ。
体を小さく震わせ、頬を紅潮させて雰囲気に乗っていたアリシアだったが、俺にそれをぶち壊され、表情ががらりと変わり怒りの形相になった。
アリシアが俺の手を振り払う。
「プハ……ッ! な! 何だよ‼ 師匠、もしかしてボクのことが嫌いなのか⁉」
「そうではない」
「じゃあなんだよ! 嫌いでもせめてボクに対する気持ちをはっきり聞かせてくれても!」
「そうではない———人が見ている」
「え?」
アリシアが視線を横に走らせると、そこに一人の女性徒がいた。
至近距離に———いた。
「———ハッ⁉ も、申し訳ありませんお兄様……!」
ルーナ・オセロットだった。
ルーナは口元を両手で押さえ、目をギンギンに見開かせ、鼻息荒く興奮した様子で見ていた。
俺たちの———真横で。
「ルーナ?」
「…… な、なんでしょう⁉ い、いえ……お二人とも気にせずにどうぞお続きを……! 私はあくまで
顔を抑えながら、平手を向けて続けるように言ってくるが、既に雰囲気はぶち壊しだ。
そんな間近で見守られながら、告白などできるはずもない。
「い、いや……別にもう、いいけど……」
がっくりと気落ちした様子で肩を落とすアリシア。
「も、申し訳ありません……! このルーナ、お兄様とアリシア王女の逢瀬につい興奮してしまい、もっと近くで、もっと近くで見たいという欲望を抑えきれずにお邪魔を……! この罪、死んで償うしか……!」
ルーナが剣を抜いて自らの首筋に当てようとしていたので、すぐさま剣を取り上げる。
「馬鹿が‼ その程度のことで死のうとするな!」
「で、ですが……お兄様のために生きるこのルーナ。そのお兄様の大切な恋路を邪魔をしてしまうというのは大罪中の大罪……興奮して我を忘れてしまったとはいえ、やはり死んでおわびするしか……」
「くどい! ならば……申し訳ないとおもうのなら、この折れた右手を治してみせよ」
ルーナは俺が知る中で誰よりも魔法を器用に使いこなす。
だからその彼女が習得している上等な治癒魔法で、とっととリタに折られた右手を治してもらおうと思った。
だから、急ぐことはないとは思うが……逆にそういう時が一番危ないとも思うので、魔法の力を借りたいと負傷した腕を突き出した。
先ほど———ルーナから剣を奪い取った時に使った方の、右腕を。
「治す……ですか? お兄様の右腕を?」
「ああ……ん?」
俺の利き腕は右腕。
だからとっさに剣を右腕を使って取り上げたが、その動作に全く違和感はなかった。素早く動き取り上げていた。
それもそのはず———右腕は折れていたことなどなかったかのように、真っすぐと伸びていた。
骨がしっかりと繋がっていた———。
「折れて……いたよな?」
二人に尋ねるが、アリシアもルーナも首を傾げる。
「わからな……い。確かにさっき校舎裏にいた時は折れていたように見えていたけど……」
「わたくしもずっと
何これ怖い。
夢でも見させられていたんだろうか……だけど、リタとの戦いは確かにあったし、アリサとやり合った時に、俺はその負傷個所を見せびらかしていたはずだ。
「………ま、まぁいい! 自力で回復したのならば良し!
「さ、流石はお兄様でございます……!」
「これは流石というのか? おかしくないか? 勝手に右腕が修復されるのは……」
深く考えることをやめた俺とルーナに対して、アリシアは腑に落ちないと頭を捻り続けた。
「とにかく、
「———〝ビッチ〟」
「む?」
「ビッチって呼べっていつも言ってるだろ?」
久しぶり聞いたな……その言葉。
アリシアは拗ねたようにプイッとそっぽを向く。
「呼ぶわけがなかろう。その言葉にいい意味はない。それにもしも誰かに
「そうか……それもいいかもな」
「いいわけがないだろう。何だ? お前、俺を殺したいのか?」
いや、いつも殺されたいって言ってるけれども……そんなしょうもない死に方はなるべく避けたいんだけど。
アリシアはそんなことを俺が考えているとも知らず、いたずらっぽく笑った。
「———もしもそうなったら二人で一緒にどこかに逃げちゃおう!」
そうなった未来を想像したのか、本当に彼女は楽しそうに笑っていた。
つられて、こっちも笑ってしまうほど。
「———フッ、たわけが。こっちにはこっちの都合がある。そんなことお構いなしに自分の都合を押し付けようとするな。この
「うん! 別に
そのまま、アリシアは機嫌がよさそうに俺の隣に並んだ。
ルーナもためらいながらもアリシアとは逆側に並び、結局三人そろって闘技場へ向かう。
俺達三人の陰は夕陽に照らされて、長く長く伸びていった。
ずぞぞぞぞ……!
そのうちの一つが、一人でに動き、
気のせい、だろう……。
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