第124話 アリシアの告白……告白?

 ナミとアリサを残し、校舎裏を後にした俺たちは、円形闘技場へと向かって歩いていた。


「これで、一件落着って奴なのかな」


 隣を歩くアリシアが、校舎裏の方角を見つめながら言う。


「さぁな、あとは家族の問題だ。ナミとアリサ、オフィリア姉妹の」

「仲直り……できるかな……」

「仲直り?」

「ああ、喧嘩していたんだろ? ナミさんとアリサさんは。だからアリサさんはナミさんに憎しみを抱いてこんな騒動を———」

「いや、違うな」

「え?」


 これは恐らくではあるが、あの二人は喧嘩など一度もしたことがないだろう。今回の件が初めてと言っていいはずだ。でなければ、あそこまで互いの感情がすれ違っているわけがない。

 表面上は、二人とも互いを思いやる仲良し姉妹だったはずだ。


「初めてぶつけたのだ。感情を。喧嘩をするのはこれからだ。互いを理解するのもな———あの姉妹はやはり姉妹なのだ。お互い優しいから、醜い感情を表に出そうとせずにため込む。オレ たちはそれに巻き込まれた。全くもって迷惑な話だ」

「そうか……それだけの話かぁ~」


 アリシアが後ろ手を組み、は~あ、と天へ向けてため息を吐いた。

 その様子を微笑ましく見る。


「今回はとんだ迷惑をこうむったが、そういう時も大事だ。この世に生きているのは機械ではなく人間なのだからな。そしてこうむった結果、成果を得た。大変だったが得る者はちゃんとあったのだと、胸を張ろう」

「成果?」

「お前の修行の成果がちゃんと出た」

「……………」


 アリシアは後ろ手を外し、照れ臭そうに頬を掻いた。

 彼女の努力は———報われたのだ。

 頑張って、今までよりも強い自分になれた。相手が実はそこまで強くなかったと言うのは拍子抜けだが……高い目標を設定し、そのハードルを越えられたのだから、この一週間、頑張った甲斐というものはあったということだ。

 報われない努力はない———そんな綺麗ごとは嫌いだが、やっぱり報われる光景を見るのは気持ちがいいものだ。


「さて……いろいろグダグダになってしまって闘技場にせっかく闘技場に集まってもらった生徒たちには酷いことをしてしまったし、『スコルポス』の残党もいよう―――それをこれから片付けねばな」


 アリシアを助けに行くときに俺の前に『スコルポス』の連中が立ちふさがり、それをミハエルが退けてくれたが、その後どうなったのかはわからない。

 今は闘技場の方角からは声が聞こえてこないし、同じ空間にいたナミが校舎裏に来ていたことから、『スコルポス』とは何らかの形で決着をつけたと思うのだが……まぁ、心配ではある。

 もしかしたら、戦闘もあるかもしれないと気を引き締める。

 が———、


「『スコルポス』が……いるのか?」


 ふと、後ろから声がする。

 振り返る。

 アリシアが足を止めていた。

 足を止めて肩を震わせていた。


「……いると思うが、どうした?」

「……………」


 アリシアは答えようとはせず、肩を震わせて自らの身体をギュッと抱いた。


「怖いのか?」

「……………ッ!」


 目を見開き、躊躇するように視線を泳がせたが、やがて顔を上げ、


「当たり前だ! さらわれかけたんだぞ! その『スコルポス』とかいう組織のボスに———殺されようとしていたんだ! 怖くないわけがないだろう!」


 真正面から、感情をぶつける。


「アリシア。それでもお前は強くなっただろう?」

「だけど不意をつかれたらなにもできない! 控室で眠らされて、起きた時に馬車にいた時、本当に怖かった。震えて何もできなくなるかと思った……それでも何とか頑張った……それだけなんだ。本当は怖くてたまらない、怖いものは怖い……ボクだって……女なんだよ……」


 驚いた。

 自らを「ボク」と呼んで男らしく強い存在であろうとしていたアリシアが、〝女〟であることを認めた。

 それだけの恐怖を、トラウマを、刻みつけられたのか……。


「……悪かった。もうすぐ飛竜ワイバーンを魔物小屋に預け終えたルーナが来る。そしたらルーナと共に、ここで待ってい、」

「それでも———君がいたから! 頑張れた!」

「む……?」


 アリシアが震えを止めて、一歩、また一歩と歩み寄って来る。

 頬を赤く染めて———。


「君をアリサさんに渡したくないと思ったから、君の弟子らしく、強くあらねばと思ったから、怯える心に鞭を打って震えそうになる足をまっすぐ立たせた。君の……師匠の、シリウス・オセロットの顔を思い浮かべたから……」


 アリシアの目が涙で潤んでいた。

 なんか―――予感がする。

 猛烈に———嫌な予感がする……!


「君が飛竜ワイバーンに乗って助けに来てくれた時、本当に嬉しかった……白馬に乗った王子様かと思った」


 あの時、思いっきり馬車に激突したけどな。アリシアの安全確認もせずに。


オレがそんな小綺麗こぎれい存在やつであるわけなかろう」

「ううん……君はいつもボクを、このアリシアを助けに来てくれる。ミハエルの時も、今回も、ボクを救ってくれた……ボクはやっぱりずっと君と一緒にいたい。君の傍に、居続けたい……」


 首を振り、何やら決意を込めた瞳で俺を見つめるアリシア——―。


 彼女の熱を感じる。肌ではなくて心で感じる……!


 それはマズい、俺はあくまで悪役貴族。

 もうすでに罪を犯している、この世に生きてはいけない悪役貴族なんだ!

 だが、この雰囲気……完全にこくは————っ


「師匠……いや、シリウス・オセロット—――ボクを君の、君だけの」


「待て‼ アリシアそこから先は———」


「———ボクを君だけの、売女ビッチにしてくれ!」


 …………告白、じゃあなかったみたいです。


 こんな告白———、あってたまるか。

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