第123話 アリサの懺悔
ナミ・オフィリアは此処まで何があったのかは知らないが、不良少年たちを引き連れてきていた。
体のどこかしらに打撲の痕があったり、服が破れている不良少年たちを。
ナミの後ろにいる彼らは———アリサと同じような格好に見えた。
「お姉ちゃん……アリシア王女に負けた……の?」
「—————ッ」
校舎裏全体を見渡し、ナミは何が起きたのかを察した。
砕けた蛇腹剣と、焼け焦げた服に髪も乱れている姉。
それに対して王女、アリシアは毅然とした様子で背筋を伸ばして立っている。
「そっか……そっか……」
何度もナミは「そっか……」と言いながら胸を撫でおろしていた。
その様子に、アリサはカッとした様子で歯をむき出しにした。
「な、何よ……ナミちゃん……馬鹿にでもしに……!」
「———良かったぁ……アリシア王女……勝ったんだぁ……頑張ったんだねぇ……」
本当に、心の底から感動したかのように、ナミは目の端から涙を零していた。
「————ッ!」
「あれだけ強いお姉ちゃんに勝つため……ずっと頑張ってたんだもん……勝てないかもって思っていたけど……勝ったんだぁ……良かったぁ……」
何度も、何度も、ナミは‶良かったねぇ〟という言葉を繰り返す。
姉のアリサがどんな顔をしているのかも知らないで———。
「っざけんなよ……」
「え?」
「ふざけんなよッ! いい加減にしろよッ!」
アリサが、剣を投げ捨てる。
「いつまで買いかぶってんだよ! いつまで昔の私だと思ってんだよ! いつまであたしを
そして震わせる両手を見下ろすと、やがてグッとそれを握りしめナミへ向かって駆け出していった。
「え———?」
「あんたは………!」
アリサは拳を振り上げて、ナミへ向かって殴りかかる。
ナミは突然の姉の行動に戸惑い、怯え、ギュッと目をつむる。
が———、
ポフっとその拳は力なく、ナミの胸に叩きつけられた。
「え……え?」
「………あんたは、あたしにないもの全部持ってる……強さも、性格の良さも、本当の
「え、えぇ~……?」
ナミは混乱していた。
怒った姉に殴られ、叱られると思っていたが、その拳は震えて力が入っておらず、痛くもかゆくもない。
それなのに———アリサは何度も何度もポフポフと繰り返す。
「十歳になる頃にはとっくにあたしは剣の腕であんたに抜かれてて……‼ それからどんなに頑張ってもあんたとの差は埋められなくて……それでもオフィリア家の人間だから、剣仙を継ぐものだから……充分強いんだと自分に言い聞かせたのに、
殴る手をいったん止め、手を開き、その掌を見つめる―――綺麗な形をしている、‶剣ダコ〟一つない手を。
「それなのに……そのことに、気づきもしないであんたは……!」
また拳を握りしめて、力のないパンチをナミの胸にぶつける。
ナミはそれを受け止めることしかできない。
やがてアリサの肩が上下に揺れ動き出す、そして、ポロポロとその頬から水滴が落ち始める。
―――涙だ。
「お姉ちゃん……」
「頑張るなよ……! 熱くなるなよ……! 世の中には……あんたやアリシアちゃんみたいに頑張れば絶対に結果が付いてくるような人間ばかりじゃないんだよ……どんなに頑張っても……頑張っても……! 全然結果が付いてこなくて惨めに地べたを這いつくばるしかない人間もいるんだよ……そんな人間は虚勢を張って生きていくしかないんだよぉ……!」
「ごめ、ごめんなさい……お姉ちゃん……!」
ナミは戸惑いながら、アリサの身体を両腕で包み込んだ。
ただ手を回して、その身体に触れているだけのような不格好な
だが、それでも確かに妹が姉を想う家族の抱擁の形だった。
「よくわかんないけど……辛かったん、だね……だよね?」
「……わかんないけどって、わかるでしょうがぁ……ほんと、ばかでふしあななんだから……」
「うん、ご、ごめんね……お姉ちゃん……」
「だけどね、ナミちゃん……」
アリサもナミの身体に手を回し、彼女の身体をギュッと握りしめた。
求めるように———。
「辛かったよぉ…………」
子供のように泣き言を漏らした。
それからは、アリサは子供の有様だった。
わんわんと泣き
————ごめんなさい。
誰に対してか、何のことに対してか、それはわからない。
ただただ———アリサは泣きながら謝り続けた。
「…………ししょう、行こうか」
クイクイと袖を引かれるとアリシアが目でこの場を去るように訴えかけてきた。
「二人きりにさせといたほうがいい」
「ああ、そうだな」
俺はアリサが投げ捨てた剣を回収すると、ナミについてきた不良たちにアイコンタクトを送る。すると彼らは空気を読んでゾロゾロと解散していった。
ここに連れてきたリタも……
この場に彼女はふさわしい人間だと思った。
妹に癒されながら泣き続ける姉。
散々泣いて泣き疲れた後は、ともだちの手が必要だろうと思った。
だから、アリシアと俺はその三人を残して、静かに校舎裏から立ち去った。
「———虚勢を張り、仮面を張るのもいい。だが、それを付けっぱなしにしていると……自分が本当に何が好きで何がしたいのかもわからなくなるぞ」
「ししょう? 誰に向かって言っているんだ?」
「もう、言う必要のない相手に向かって———だ」
アリシアに剣を渡す。
首を傾げながら、彼女は剣を受け取った。
そしてそれを鞘にしまう音が、後ろから響く泣き声をかき消していった。
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