第122話 シリウスvsアリサ

 アリサは足を止めて首だけこちらを向いている状態だったが、ゆっくりと全身を向ける。


「あたしとシリウスちゃんが、決闘~……? 理由が、なくない?」

「あるだろう。戦争がしたいのだろう。そのためには火種が必要だ。学園の領主、王立魔導機関の主任———そのギガルト・オセロットの息子のシリウス・オセロットだ。殺せば火種ぐらいにはなろう。例え、それが決闘という形でも。扱い方次第でな———アリシア、剣を」

「え、あぁ……」


 手を伸ばすと、アリシアは戸惑いながらも俺の手に剣を置く。

 それをそのまま———アリサの手元に投げ放つ。


「それを使え」

「何が……したいの……?」


 いぶかし気な視線を俺にやりながらも、剣を抜くアリサ。


「弱いものいじめだと言っただろう。貴様がここにいる人間の中で一番弱い。だから、その弱い者をいじめたい――—ただそれだけよ」

「——————ッ!」


 アリサの全身の毛が逆立つ。

 だが、彼女はその感情を必死で抑え込める。


「ちょ、挑発してんのぉ~……そんな安い挑発に乗ると思うぅ~……? それにさっきあたしはアリシアちゃんと決闘したばかりで、ボロボロなんだよ———、」


 アリサは、先ほど受けた光の爆発により、少し焦げた胸元を指差す。


「———シリウスちゃんは、そんな手負の相手をいじめるほど、酷い人間なのかなぁ~?」

「奇遇だな。俺も手負ておいだ———、」


 俺は、リタの大斧の一撃を受けて折れた右腕をプラプラと揺らす。


「———それに誤解してもらっては困るが、オレは元々非道な人間だ。そんな人間が、手ぶらで、手負という圧倒的な不利な状況でも勝つことができない人間———それが貴様だ。アリサ・オフィリア」


 びしりと指を突きつけると、再びアリサの毛が逆立つ。

 今度は先ほどよりももっと激しく、全身を震わせて―――、


「……馬鹿にすんなよ。ガキが」


 抜き身の剣を鞘に納めるように足の付け根に添えて、腰を低く落とす。


「そこに立ってろ―――ぶった切ってやるからよォ!」


 アリサが大地を蹴る———、


 一歩、二歩、三歩……俺と彼女の間にあった十メートルの距離をその歩数で縮めた。

 三歩も———使って……。


 キィィィィィィンッッッ!


 俺の肩口で金属音が炸裂する。

 アリサが袈裟斬りを叩きこんだのだ。だが、その一撃はシリウス・オセロットの魔力の壁に阻まれる。


「な……! っんだよそれっ……!」

「単純な魔力の壁だ。オレは人より少々体内保有魔力たいないほゆうまりょくが多いらしくてな。勝手に体から漏れ出てしまった魔力が壁となり、攻撃を防いでくれる」

「そんなの———ズルじゃねぇか!」


 もう姉の仮面も何もなく、アリサは感情任せの動物じみた激高を見せつける。


「そうだな。だが、オレはここから一歩も動かないし、武器も———指一本……いや、何も使わない」


 人差し指を立てかけて……やめた。

 うっすらとだが、既視感デジャヴを覚え、以前と同じこ戸をしても仕方がないしそれにアリサ相手には———、


オレは一切手を出さない。それで貴様はオレを殺せたら―――勝ちだ。それで対等———ズルではあるまい?」


 腕を組んで憮然として胸を張る。

 ———彼女相手には、これだけで十分だ。これ以上は必要ない。


「舐めやがってェェェェェェェェェェェェ‼‼‼」


 アリサが再び剣を俺の身体にぶつけるが、魔力の壁が斬撃を再び阻む。


「この、この、この、このぉ‼ このぉ‼ このおぉぉぉぉ‼」


 最初こそ威勢が良かったが、段々とキンキンキンキン……と力なく、アリサの一撃が軽くなり、全身で息をし始める。


「できるわけないじゃん―――こんなの!」

 

 やがて諦めたように剣を振り下ろし、ダンッと足を踏み鳴らす。


「お前の妹はできていたぞ」

「—————ッ」

「お前の妹はナミ・オフィリアはたやすく魔力の壁を切り裂き、オレに血を流させていた」


 首筋がうずく。

 俺は先日のナミとの決闘で付けられた傷を思い出してしまう。


「それはあの子に才能が……!」

「才能がないアリシアは、一週間で剣仙源流けんせんげんりゅうの歩法を習得した。いや、正しくはその半ばだが———十メートルを二歩・・で詰められるようになった」

「………え?」


 アリサは背後を振り返る。

 地面に三つ・・跡が付いている自分が足を踏みしめた道筋を。

 アリシアと自分との差を、感じているのだろうか愕然とした表情をして俺に向き直る。


「お前の能力が低いのは、衰えか?」

「…………」

「それとも―――最初からそうなのか?」

「—————ッ」

「お前が‶そう〟なのは、単純にお前の努力不足だ! 上には上がいると諦め、一人で勝手にひねくれていたに過ぎん! 戦争だお遊びだと嫉妬を周りにぶつけるよりも、もっと他にやることがあるだろう‼」


「うるせえええええええええええええええええええええええええええええええ‼」


 アリサが剣を振りあげ、俺に叩きこむ。

 何度も何度も。

 そこに技などない。 

 ただ棒で叩くが如く。子供のような動きで、ひたすら滅茶苦茶に出鱈目な太刀筋で剣を振るう。

 その一撃一撃は全て魔力の壁に阻まれ、金属音と欠ける刃が宙に舞う———。


「あんたに……あんたに何がわかんだよ! あんたには特別な妹がいたことがあんのか⁉ 広い世界だとどんなに自分がちっぽけな存在なのか、絶望したことがあんのか⁉ ―――わかんないんだよ! あんたは所詮特別だから‼ 何だよ‶魔力の壁〟って! あたしと同じように……自分が普通の人間なんだって突きつけられたんじゃないのかよ!」


 アリサは慟哭する。

 ひたすら、感情のままに言葉を発し、感情を乗せて剣をぶつける。

 俺はただ、その剣を受け止め続ける。


「偉そうに説教なんかしてるんじゃねぇよ……特別な力を持っている分際で。あんたらはいいよな。生まれついてのイージーモードで……あたしみたいな凡人はハードモードを歩むしかない。どんなに頑張っても、どんなに剣が好きでも……剣の腕には限界がある。そしてその限界を軽々と越えていく化け物がいる……!」


 俺に剣をぶつけるのをやめ、アリサは一歩二歩と下がり、距離を取る。


「あたしは剣仙源流けんせんげんりゅうを五ノ太刀までしか習得できなかった……たった半分。そんな‶落ちこぼれ〟は親の言うことを聞いしかない。他人の道具になるしかない。自分一人で生きていけない、クソみたいな人生が始まるんだよ。あんたにはわかんないでしょうねぇ~! そんな人に使われるだけの人生なんて! だから、使ってやろうとした! あたしの手で全てをひっくり返そうとした! それの何がいけないの! 何が悪いっていうの!」


「———オレにはお前を悪いと言う資格はない」


「え———?」

「所詮オレは外道の悪役貴族だからな……ただ、決して長くはない人生経験でこれだけはわかる———」


 特別でない、他人に使われるだけのクソみたいな人生。

 そんなのわかるに決まっている。

 わかりすぎるに決まっている。

 この世界に来る前、シリウス・オセロットになる前、世界がどんなに複雑で自分がちっぽけな存在でなのか痛いほど突きつけられた。

 そして、それが全人類共通しているということも痛いほど理解している。


 だからこそ―――、


「———それでも、もっと他に‶やること〟があるだろう」


「え……?」


 アリサは———凡人だ。


 ここにいる誰より普通で———どこにでもいる人間だ。


 上の人間に嫉妬し、下の人間を見下す。そんな面は誰にでもあるし、自分にはないと言わせない。

 そして、人間はいじけた時そのマイナスの感情を吐き出してしまう。そうすると安心感を得る。人間というものは、生き物というものはそういう風にできている。

 アリサに才能はない。だから突出した個人として人を引き付ける能力はない。だけど、人に合わせる協調性はある。

 周りに合わせてマイナスの感情を吐き出して、周りと一緒に安心感を得て、共感し仲間を作る。その輪を広げる。

 アリサにあったのはその才能だが、それは天然ではなく、努力の上で作り上げたもの。

 価値のない凡人の自分が生きていくために、集団の輪を乱さないよう、個人の感情を押し殺して集団の歯車として振舞う。振舞わざるを得ない。

 そんな自分を———アリサは嫌いなのだ。

 

 だからこそ―――、


「————弱くて無様な自分を許してやれ。そうやって‶見栄〟ばかり張っているから、息が上がるのだ」


「————ッ!」


 アリサは全身で息をしていた。

 当然だ。

 アリシアとの決闘の後、そして何度も何度も俺に斬りかかり弾かれていたのだ。疲れが溜まらないわけがない。


「アリサ・オフィリア。お前の妹はいまだにお前のことを強くてカッコいい姉だと思っているぞ」

「……ふぅ~ん……だから何? 相変わらずナミちゃんが馬鹿だって、あの子の目が節穴だって……言いたいの?」

「もう———そんな見栄を張るな。それでもお前の妹は変わらずお前を愛してくれる。お前はここに何をしに来た?」

「………………」

「戦争をしに来たのか? 違うだろう。‶妹が心配で見に来た〟———その言葉は本心のはずだ」

「———なわけないじゃん。あたしは……!」

「周りを見ろ」

 

 アリサは素直に俺の言葉に従い、顔を上げて周囲を見渡した。


「リタ……」


 まず、旧友が心配そうに見つめていることに気が付いた。

 アリサはリタの視線に何か後ろめたさでも感じたのか、逃れたそうに顔を逸らした。

 そして———、次にふと何かを感じたように眉が動き、身体をぐるりと回してある方向へ視線をやった。

 

「お姉ちゃん……」


 ナミ・オフィリアが、その視線の先にはいた。

 アリサの妹が茫然と立ち尽くし、こちらを見ていた。


「ナミ……ちゃん……」

「お姉ちゃん……どうしたの……そんなボロボロで……」


 言われ、アリサは恥ずかしそうに胸元を押さえた。アリシアに攻撃されて焦げ跡が付いた胸元を———敗北の証しを。

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