第121話 さりげなく、とんでもない力を手にしたアリシア

「あの力は…………!」


 俺は———アリシアが発した光の力に驚嘆きょうたんしていた。

 背中のリタも身じろぐ。


「あぁ………っ」


 蛇腹剣スネークソードが———砕け散る。


 アリサの身体の中心で起きた爆発の衝撃が、腕を通して剣に伝わり、特殊な剣を破壊するまでに至ってしまったのだ。


「……アリサが、負けた」


 リタの呟きには諦観の念がこもっているようだった。

 こうなることが———わかっていたかのような。


 吹き飛び、アリサは大地に仰向けに倒れる。


 その手に武器は———ない。


「ボクの……勝ちだ……」


 アリシアはわなわなと手を震わせ、グッと拳を握りしめる……!


「ボクの……勝ちだ~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ‼‼‼」


 空に向かって———吠える。

 勝利の雄たけびを。


「あの力に……アリシアが目覚めるとは……」

「何か……知っているの? さっきの技のこと……」

「あぁ……いや……」


 アリシアが今やった、光の爆発———あれこそはまさにこの世界の主人公であるロザリオが習得するべき、真の創王気そうおうきの力だった。

 ただの光による身体強化、物質強化術ではない。


 光エネルギーそのものの具象化ぐしょうか

 聖なる高熱の魔力の放出———それこそが———、


「光魔法———だ」


「光魔法……?」

「あぁ、失われたと言われる究極魔法……過去に存在したと言われる‶魔族〟を滅ぼす唯一手段と呼ばれた魔法……まさか、使える人間がいるとは……」

「ま……ぞく……」


 一応、ここではリタとの会話という体なので、あくまでシリウスが知識として知っていたという体で話す。

 本当は、この世界の外———現実世界でゲームをプレイして知っている知識だ。

 古の魔王は通常魔法も攻撃も効かない無敵の存在———。

 それを傷つけることができるのは———光魔法だけ。


 そして、その光魔法を使える血筋を持つのは‶古の勇者〟の血を引く―――このガルデニア王族だけ。


 本来は主人公、ロザリオ・ゴードンだけが習得し、従妹であっても才能のないメインヒロイン、アリシア・フォン・ガルデニアはその力に目覚めることはできずに闇落ちするというのが『紺碧のロザリオ』メインヒロインルートのお話……。


 それを———アリシアは自力で捻じ曲げた。


「———師匠‼」

「え?」


 ドッと俺の俺の身体に重みが加わる。


「見ていてくれていたんだな!」


 すぐ下にアリシアの顔がある。

 頬から血を流し、顔に泥を付けた王女とは思えない、まるで腕白わんぱくな少年のような顔が。


「ああ……見に来た。心配でな」


 素直にそう言う。

 まだアリサの策が残っていると思い、急いで戻って来てみたが、杞憂だった。

 

「へへ……ボク、強くなっただろ。師匠のおかげで」

「たわけ。オレは何もしていない。礼を言うならナミに言え。あいつがお前に教えを授けたから、先ほどの真王気しんおうきは使えるようになったのだろう?」

真王気しんおうき?」

「あっ」


 やべっと思わず口に手を当てる。

 これはいわゆるネタバレだ。

 ゲーム・『紺碧のロザリオ』でロザリオ・ゴードンが悪役貴族シリウス・オセロットを倒すときに覚醒した力に与えた名前。

 主人公が心の底から湧き上がってきて、唱えた名前を———俺がつけてしまった。


真王気しんおうき……そうか……こんどからあの技は真王気しんおうきと名付けよう」

「ああ、いや、違……!」

真王気しんおうき……真王気しんおうき……! ボクの新しい技!」


 真王気しんおうきとは———光の魔力を外に放出する力全般を言うので、さっきの光の爆発だけを言うのではない。

 それを訂正したかったが、テンション高くはしゃぐ今のアリシアに言っても野暮やぼ であると思い、思い留める。

 本来、シリウスが知っているのもおかしいし、これでいい———か。

 今は彼女に勝利の余韻に浸らせる方が———最優先事項だ。


「ボクは勝った! 格上の相手に勝って! 師匠を勝ち取ったぞ~~~~~~~!」

 

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに空に向かって拳を振り上げる。


 無邪気だ……。


 思わず、こちらもほころんでしまうほど。


 ズゾ………――――っ、


「—————ッ⁉」

 

 突然、心臓を掴まれたような感触が襲う。


 何だか……猛烈に嫌な予感がする……!

 

「アリサ……」


 リタが呟く。

 その視線の先、アリサ・オフィリアの身体がむっくりと起き上がり始めていた。


「フッフッフ……あ~ぁ、負けちゃった……」


 肩を震わせ、頭を掻く。

 あれくらいで気絶するとは思わなかったが、全く平気そうに立ち上がる。


「ああ、アリサ・オフィリア。貴様の負けだ」

「シリウスちゃん……! いたんだ……」


 ずいと俺が前に出ると、アリサが一瞬目を見開き、自嘲じちょう 気味に笑う。


「ああ、いた。見届けさせてもらったぞ。貴様の敗北するざまを———これで婚約の話は正式になしということだな」

「…………そうだね。あぁ~あ、残念だなぁ~。シリウスちゃんと婚約出来たら、もっと面白いことができたはずなんだけど。ガルデニアと、もぉ~と仲良くなって力をつけて」

 

 チェッと小石を蹴るような、悔しそうな仕草をする。


「ハッ、嘘をつけ。貴様はオレを殺そうとしていたのではないか?」


「……………」


 ジトっとアリサの目が細められる。


「戦争を求めているのだろう? 大事を求めているのだろう? そんな貴様が素直に家の、プロテスルカの命令を聞いて、ガルデニアの貴族の俺の元に嫁いでくるとは思わん。オセロット家の財を搾り取れるだけ搾り取り、オレを殺して、ガルデニアとプロテスルカの戦争の火種にしようとしてたのではないのか?」

「やっぱりィ~……気づいていたんだ……」


 アリサは首元を撫でる。

 そこには、治りかけの痣があった。少し浅黒い、強く絞められたような跡のような……。


「貴様の言動を考えればな———そんなに戦争がしたかったのか?」

「———そんなに戦争がしたかったんだよ。学園の決めたルールの上の決闘で最強だななんだかんだと言ってる、ただのスポーツで勝った負けたで喜んでいる馬鹿どもによぉ~……! 現実見せつけたかったって話なんだよォ~~~~~!」

 

 アリサの語気が、荒々しく豹変ひょうへんする。

 まるで二重人格者のような変貌へんぼうだったが……おそらくこれが本性なのだろう。

 彼女はそれを何十もの仮面で押し殺していた。

 少しだけしか話していないがその程度のことはわかった。


「でも———これで終わり。あ~あ……したかったな、戦争。剣と魔法の学園で必死に頑張って頑張って、強くなった奴が……不意打ちで一瞬で死んでいくところ。見たかったなぁ~……」


 肩をすくめて踵を返す。

 そのまま後ろ手を組んで歩き出す。


「あ~あ、蛇腹剣スネークソードなんて使い慣れてない奴、使わなきゃよかった……伸びる分だけ壊れやすいあんな剣さえ使わなければ……シアちゃんみたな雑魚ざこに負けなかったのになァ~……」


 アリサと俺たちの間に距離ができる。


 彼女の野望は終わった。


 ただ、暴れたい。大騒ぎをして、多くの人を困らせたいという、癇癪じみた騒動はアリシアの誘拐の失敗と彼女の決闘の敗北で完全に幕を閉じた。

 だから、負け惜しみを言い続ける彼女の背中を、このまま見送っても良かった。


 だが———、


「リタ、降りろ―――」

「え、あ、うん……何をするつもり?」


 俺は腰ひもを解き、背負っていたリタを地面に降ろすと、胸ポケットから白手袋を取り出して———思いっきりアリサへ向かって投げつけた。


 ビュン、と風を切り白手袋はアリサの顔の横を掠めて通過する。


「……何?」


 アリサが振り返る。


「———決闘だ」


 ———このまま、アリサを見送っても良かった。

 これ以上やったら、死体蹴りになる。

 それはわかっている。

 だけど———、


「アリサ・オフィリア。貴様にオレとの決闘を申し付ける。今———ここでこの場所で」


 ———どうしても、彼女をこのまま行かせるのを許したくはなかった。


 何も認めずに、全てを傷つけるような彼女を、このまま全てを投げ出すような形で逃がしたくはなかった。


「あたしとぉ~、シリウスちゃんがぁ~……どうしてぇ~……?」

「元々、これはオレ とお前の婚約の問題だろう? 悪いがその問題を蒸し返させてもらう! オレは貴様に興味がわいた」

「えぇ~……何それぇ~? 好きになっちゃったってことォ~?」


 アリサの言葉とは裏腹に、表情は全く嬉しそうではない。


「ああ……、オレは鬼畜外道の生徒会長。弱いものいじめが大好きだからな」

「———どういう意味?」


「アリサ・オフィリア—――貴様はオレが出会った全ての人間の中で一番弱い」


「…………あ?」


 アリサの瞳に、殺気が宿った。


「元々……オレを殺すつもりだったのだろう、その機会を与えてやる———さぁ———オレを殺してみろ」

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