第120話 アリシアvsアリサ

 蛇腹剣スネークソード

 小さな刃と小さな刃を細身の鎖を通し繋ぎ合わせた———刃を付けたむち


 収めている限りはただの長剣に見えるが、伸縮自在の刀身は剣の間合いの遥か外から相手に届く。


「近づけない————!」


 アリシアはこんな相手と戦うのは初めてだった。


「ハッ—―――! どうしたの~~~~~~~、シアちゃ~~~~ん。威勢のいいことを言った割には……防戦一方じゃなぁ~い!」


 アリサがブンブンと蛇腹剣スネークソードを振り回す。」

 長い刃のついた鞭が素早く、広い範囲で動く。振れれば当然傷がついてしまうそれ・・が巨大な蛇のように空中を這いまわっているだけで、アリシアは翻弄されて全く近づけない。

 それに下手に剣で防御しようものなら―――。


剣仙分流けんせんぶんりゅう蛇ノ太刀へびのたち————蛇絞鞭じゃこうべん‼」


 ガチャリと接触してしまった。

 アリシアの剣にアリサの蛇腹剣がぐるりと絡まり、横に引っ張られる。


「しま———!」

「決闘のルールその一ィ! 相手の武器を破壊、もしくは手元から取り上げ使用不能にすれば勝ちィ! ほらぁ! 剣をよこしなって~~~!」


 片手で握っていた剣がその手からすっぽ抜けそうになるのを両手で柄を掴み、抜けないように必死で握りしめる。


 そのおかげでアリシアの身体はバランスを崩し、アリサに引っ張られるがままに地面をずささ、と引きずられる。


「ク……ッ、イタタ、ひざりむいた……」


 頬についた土を拭いながら、血が流れる膝を見つめる。

 それでも———アリシアは剣だけは離さなかった。


「なっさけなぁ~い! アリシアちゃん王女なのに血だらけ泥だらけじゃなぁ~い。全然綺麗じゃないし———泥臭くてカッコ悪いよ」


 ジャララと蛇腹剣を収めながら、アリサは挑発をする。


「ねぇ、アリシアちゃ~ん……よくよく考えてみてよ。君はもう決闘に負けてるんだよ。遅刻してきちゃったんだから。それに、腐っても私はオフィリア家の人間だよ。ナミちゃんが強いのは皆知ってるでしょ~。あたしそのお姉ちゃん♡ だから、ただのお姫様のあんたが勝てるわけなんてないんだから、もう剣を捨てて諦めなよ~。頑張ったって意味なんてないって~」


「綺麗じゃないとか、泥臭いとか、そんなこと———どうでもいい。ボクはあなたに勝てれば、それでいい……」


「あん?」


 痛む膝に力を込めて立ち上がり、剣を前に向けて瞳に闘志を宿す。


「師匠が、ナミ先生が、ボクのためにこの一週間力を貸してくれたんだ! それなのに、ここで頑張らなかったら――――いつ頑張るっていうんだ‼」


 果敢にも立ち上がるアリシアに対して、アリサは———、


「うざ……熱血かよ。そんなの流行んないんだよ……」


 蛇腹剣スネークソードの柄を後方に大きく引き絞り、刃を腰に当てて、全身を引き絞る弓のように———しならせる。


「頑張ってもさぁ、上には上がいる―――そんな現実がわかんないガキなら死んでもかまわないよ———ね‼」


 アリサはつるぎを前に突き出す。

 すると鎖で繋がれた刃節が伸びて、飛ぶ鳥のような速度でアリシアへと迫る。

 その———目を狙った攻撃が———。

 だが———、


「もうそれは———見た!」


 アリシアは足に創王気そうおうきを、光を集めた。

 そして地を蹴り、前へ向かって加速する。


「え———⁉」


 伸びる刃を避けて、アリサへ接近する。

 ナミから習った———剣仙源流の歩法、‶陰ノ歩〟というものだ。


 一度着地して、創王気そうおうきを再び足の裏に集めて、大地を蹴る。

 爆破が起きたような焦げ跡を残し———アリシアは加速し、アリサの眼前まで迫る。


「リサさん‼」


 これで終わりだ———と剣を振り上げたその瞬間、


「甘いんだよォォ!」


 額に玉の汗が噴き出ているアリサは手首を捻り、無理やりアリシアの剣に蛇腹剣スネークソードを接触させた。


「しま———っ!」


 ガチッと刃節と刃節の間にアリシアの剣が挟まったと思ったら、瞬く間にグルグルと蛇腹剣スネークソードが絡まり、拘束する。

 そして———その先端がアリシアの喉元までに接近する。

 その様はまるで生きている蛇の様だった。刃の身体を持つ蛇の如く―――。


「あたしは魔力を剣に込めて、自由自在に操ることができるの……懐に入ったところで、勝ちを確信してたんだろうけど……残念だったわねぇ~~~……!」

「ク………ッ!」

 

 アリサの指先がアリシアのあご先を撫でる。

 アリシアは完全にアリサを自らの剣の射程内に捉えていた。

 だが、その寸前で剣をがっちりと振り上げた状態で拘束されて、首元に切っ先を突きつけられている。

 アリサの伸びる剣は接近さえすれば勝てると思っていたが———これは計算違いだった。


「ほんっとうに残念だったわね。アリシアちゃん。でもまさか、あの剣仙源流の歩法を習得してるとは思わなかったわ……あたしでも一年かかったのに」

「え?」

「でも、ここで終わり。あんたの武器はもうあたしの蛇の剣のお腹の中———、」


 アリサは拘束されている剣を見上げ、


「———そして、その柔らかい首筋には蛇の牙が突きつけられている」


 魔力を込められて浮遊する蛇腹剣スネークソードの先端を、満足そうに見つめる。


「チェックメイト。これで完璧に終わり。こんなに弱かったなら、別に何の策も張り巡らせなくて大丈夫だったかも~~~~!」

「………終わりじゃないよ」


 ぼそりとアリシアが呟いた。


「は? 終わりでしょ? どうやって反撃するっていうのよ?」


「ボクは無能王女って呼ばれていた……魔法もろくに扱えないし、剣術もろくに知らない。人より劣っている無能だって。だけど———幸運なことに王家に生まれることができた。魔法は使えないけど、創王気そうおうき っていう、熱を持った光の魔力を扱えることができたんだ」


 アリシアは拳を握りしめる。


「……いきなり何をべらべらと一人語りをしているの?」

「それを今まではうまく扱うことができなかった。だけど、ナミさんに教わった。一か所に集める方法を……」


 アリサの言葉を無視して、アリシアは淡々と語り———輝く左手をかかげた。


「ナミさんから教わった‶陰ノ歩〟。ボクの場合は創王気そうおうきっていう特別な光の魔力を使っているから、足元で爆発が起きるような現象が起きるんだ。それを———手元に集めるとどうなるかな……」

「まさか……!」


 アリサはアリシアが一度、‶陰ノ歩〟で着地をした地面を見つめる。

 黒く焼け付いた焦げ跡を———。

 通常の魔力を使った‶陰ノ歩〟ではつかない、その焦げ跡を———。


「やめ———!」


 既に、アリシアの左手はアリサの胸の中央に置かれていた。


創王気そうおうきッッッ‼‼‼」


 アリサの胸元で———光の爆発が起きた。

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