第119話 シリウス、決闘の場所へ向かう。

 聖ブライトナイツ学園、正門前———。

 

 俺は、シリウス・オセロットは急いで帰って来ていた。


 リタとの戦いをあっさりと終え……というか無理やり終わらせ、近くで彷徨っていた馬を捕まえて乗り、速攻で戻ってきた。

 その馬から降り、空を見上げる。


「あいつ……何処に降りているんだ?」


 視線の先にはゆっくりと地上に降りていく飛竜ワイバーンの姿。その背には小さなアリシアとルーナの姿を確認している。


「決闘場に……どうして降りないんだ?」


 決闘場からは、「わああああああああああああ!」という声が上がっている。歓声が上がると言うことはまだ人がいる証し、アリサはまだあそこにいるんだろうと、この学園に辿り着いた時には思っていた、が———ルーナは全く別の場所に降りたとうとしている。


 あの場所は———。


「校舎……裏……だね……」


 耳元で聞こえる。


 ざわざわと胸騒ぎがしながらも振り返る。


「り、リタ……もう、起きたの……か?」 


 俺は、大斧使いのリタを一緒に連れてきていた。眠っている彼女を俺の背中にもたれかかららせ、落ちないようにと互いの腰にひもで縛りつけて固定している。


 だから、馬から降りている現状、俺は彼女をおんぶしている状態になっている。

 リタは両腕を俺の肩の上にのせて、だらんと垂らし、俺の首元に頭を寄りかからせている。全体重をあずけているので当然密着している。


 こんなに———早く彼女が起きるとは思わなかった……。

 だから道の上に放置するのは忍びないと連れてきたのに……完全に無防備な背中を彼女に晒してしまっている。

 

 このまま首をいきなり絞めつけてきてもおかしくはないのだが……。


「睡眠薬……なんて……卑怯……おかげで指一本動かせない……」

 

 だらんと垂れる指がしびれたようにぴくぴくと動くが、背中にはまだずっしりとした重みを感じる。

 筋肉に力がこめられずに、全体重を俺に預けるしかないのだ。リタは。


「あぁ……、お前と遊んでいる暇はなかったのでな。何しろ、オレの婚約がかかっている決闘があるのだから」


 ホッと胸を撫でおろしながら、決闘場へと歩き始める。


「……そんなのどうでもいいくせに……過保護……」

「黙れ。だが、念には念を———だ。決闘で勝つために『スコルポス』をそそのかして誘拐騒動まで企てるほどの女だ。もしかしたらまた別の姦計を敷いているかもしれん。だから、ちゃんとアリシアが決闘できるように、早くここに戻ってきたかったのだ、オレは」


 そのアリサがいるであろう、決闘場へ歩く。

 

「だけど、決闘場に……もう、アリサはいないと思う……よ」

「何?」

「あの竜が降りた場所———そこが答え……アリサは多分、校舎裏に……いる」

「どうしてわかる?」

「よく、私たちはそこで待ち合わせをしていたから……教師の目の届かないあそこに馬をこっそりつないでおいて……こっそり抜け出していた」

「今回も、それをやっていると? 抜け出している、と?」

「…………」


 首元でリタの髪が擦れる感触がした。

 頷いたつもりだろうが、首にまともに力が入らず、頬を俺に擦り付けるだけとなってしまっている。


「そうか———校舎裏だな」


 俺は歩みの方向をそちらへと変更させた。


 コツコツコツと石畳を踏み鳴らしながら、向かう。


「———それに」


 道中、リタがぽつりとつぶやき始める。


「アリサが決闘に勝ちたいから、君との婚約を取り付けたいから、こんな騒動を起こしたっていうのも……間違い……アリサは君のことなんて……どうでもいい」


 内心、そうだろうなとは思っていた。


「ならば何だ? 本当に戦争なんてものを起したかったのか?」

「それも———アリサの本当の目的じゃない。アリサの本当の目的は……逃げること」

「———逃げる?」

「アリサは……いつも、一番嫌なことからは逃げていた。今回もそれをしたかっただけで……今回も、私はそれに付き合っただけ……なんだかんだで、私とアリサは……不良……だったから」


 不良……か。

 俺も、そんな時代はあった。誰にでもあると思う。

 勉強も部活も嫌になって、逃げだしたくなる時が。

 一度壁にぶつかると、そういう気持ちになってしまう時が誰にでもある。

 そこから———抜け出せる人もいれば、抜け出せずにいつまでもいる人も、いる。


 アリサ・オフィリアは……もしかしたら―――。


 ◆


 校舎裏に辿り着くと、ザンッ! ———と、校舎裏の地面が刃でえぐり取られる音がいいきなり耳についた。


 大斧使いのリタの言葉通り―――アリサは本当に校舎裏にいた。

 そこで柱に繋がれている馬が、居場所なさげに嘶いていた。


「決闘が……既に始まっている……!」


 そして、その馬に乗って逃げるだった人間は———伸びる剣を鞭のようにしならせて、アリシア・フォン・ガルデニアを攻撃していた。


「ク……ッ!」


 少し離れた場所にいる俺にも聞こえるほどのうめき声を発するアリシア。

 だいぶん苦しそうだ。

 それもそのはず———、


「あの剣は……!」


 アリサは特殊な剣を使っていた。


 その刀身には刃の関節———‶刃節〟があった。

 刃が等間隔で分かれ、その間を鎖で繋ぎとめて、伸縮しんしゅく自在じざいにしている———蛇のようにうごめしなる、その剣は、形状が蛇の腹に似ていることから、こう名付けらていた———。


蛇腹剣じゃばらけんじゃねぇか……!」


 伸びる剣ってあれのことか……! 

 どうして、あんな特徴的な剣をナミは「みょ~ん」の一言でしか表せないのか怒りを覚えた。

 あんな、変わっていてカッコいい剣……もうちょっと多くの印象を持つだろう……もうちょっと何か思うだろう……自分でも使おうと思うだろう……!


 ———現にアリシアは蛇腹剣じゃばらけん を鞭のように使いこなすアリサ相手に、全く近づけずに歯噛みをしていた。

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