第118話 校舎裏での戦い

 アリサ・オフィリアは———学園敷地内を駆けていた。


「ハァ……! ハァ……! ハァ……!」


 ある場所へ向かって一直線に。


 中庭を通り、校舎の入り口前を通り、校舎と魔道具を溜めこんでいる倉庫との間の誰も知らないような通路を通って、目的地まで———。


「こちとら卒業生なんだ。裏道の裏の裏まで知り尽くしてるんだよ……!」


 その道中、何人かの生徒や教師たちとすれ違う。


 ———闘技場で大変なことが起きているらしいぞ。

 ———部外者が入って乱闘騒ぎだって。

 ———王女様が決闘するんじゃなかったの?

 ———おい、誰が止めた方がいいんじゃないの?


 遠くでは、大騒ぎの声が聞こえる。

 わあああああ! と響く、歓声のような声。

 闘技場ではミハエルとナミが落ちこぼれ達相手に、まだ大立ち回りを続けているに違いない。


「ダサいんだよ……どいつもこいつも。決闘、決闘、馬鹿みたい……そんなものに一生懸命になったところで、得られるものなんて何もないのに……!」


 アリサは一度、顎に力を込めて上と下の歯を強くかみ合わせた。

 歯にひびが入るのではないかと思うほどの形相だった。

 だが、すぐに表情を変えて———笑顔を浮かべる。


「ま―――! いいけどね♡ 馬鹿は馬鹿で扱いやすいし、そういう馬鹿を賢く使う奴がこの世界で生き残っていくんだよ……慎ましくね」


 聖ブライトナイツ学園の裏庭———。

 小さな湖とテラスがあり、貴族のちょっとしたお茶のみ場のような場所だが、校舎裏という場所で教師の目が届きにくく、治安の悪い場所として有名である。

 昔は、アリサはここをたむろ場にしていたものだ。


 テラスの近くの薔薇園から「ヒヒン!」と声が聞こえる。


 迷路のように綺麗に刈り込み、デザインされた薔薇園。

 その入り口は鉄の門が取り付けられ、片方の柱には紐が巻き付けられており、その先には繋がれた茶色毛の馬が一頭、大人しく待っていた。


 アリサは繋がれている紐をすぐさま解くと、背中のあぶみにまたがった。


「あぶなかった……」


 そう小さくつぶやいいた彼女の頬には一筋の汗が伝っていた。

 そして手綱をパチンと、馬に打ち付け鳴らした。


 パチン—―――ッ。


 手綱の音。

 二度目の———音。


 その音はアリサの手元からではなく———上空から聞こえてきた。


「———————」


 アリサの全身が凍り付いたように動かなくなる。


 バッサバッサという羽ばたきの音が、上から聞こえる。


 ————迫る。


「……………ッ、ハァ~……」


 アリサはギュッと目をつむった。目元がくしゃくしゃになるほどほど強く……、そしてピクピクと眉頭まゆがしらの筋肉を震わせたかと思うと、フッと力を抜いて———大人っぽい、余裕の笑みを浮かべた。


 上空を———見上げる。


「ほんっと、ダサいんだよ……どいつもこいつも……」


 アリサの視線の先には、飛竜の上に立つ第三王女、アリシア・フォン・ガルデニアの姿があった。


「……やっぽ~~~☆ シアちゃんどうしたの? こんなところに~、こんな校舎裏何て不良が来るとこ。王女様にはふさわしくないんじゃない?」

「どこに行こうというんだ? アリサさん。ルーナが飛竜ワイバーンで連れてきてくれなかったら、上から見ていなかったら、気が付かないところだったぞ」

「そうなんだ」


 飛竜ワイバーンは薔薇園の手前に着陸する。

 アリシアはルーナに礼を言いながら、その背中から降り、馬に乗るアリサの前に立ちふさがった。

 アリサは「チ……ッ!」と小さく舌打ちをし、


「ごめんね~、お姉ちゃん用事ができちゃって。もう時間がないの。だから、そこ通してくれるかな?」

「そうか。じゃあ、その前に‶約束〟通り―――決闘をしてもらおうか」


 アリシアは剣を抜き放ち、既に戦闘態勢に入っている。


「……話聞いてなかった? 私は貴族で忙しいの。こんなところでのんびりしている時間が無くなっちゃったの。アリシアちゃんが決闘の時間に遅刻しちゃったおかげで」


 言葉の最後の声音を低くする。

 アリシアを責めて、怒らせる意図があった。

 だが、アリシアの表情は揺るがず平然としている。


「それは申し訳ないことをした。だけど時間は取らせない。一瞬で終わる。終わらせて見せるから」

「……どういう意味?」

「言葉通りの意味だよ、アリサさん。ボクとあなたの決闘は一撃二撃、打ち合いをする間に終わる。だから———降りて剣を抜け、アリサ・オフィリア」


 剣を少しだけ揺らがせて、瞳に殺気を宿らせる。


「ナミ先生の教え……! 師匠が作ってくれた時間……! それを、忙しいとか時間がないとか―――そんなつまらない理由で無駄にされてたまるか!」


 ―――言葉はもういい。いいから、その馬から降りろ。 


 アリシアの瞳がそう言っていた。


「何それ……ナミ先生って……ナミちゃんが何か言ってたの? 私の事……」

「ああ! この日のために、アリサさんに勝てるように! 特訓したんだ、ナミ先生に教えを受けて!」

「————そう」


 クンッとアリサ・オフィリアの眉尻が上がる。

 そして———、


「わかった。じゃあ受けてあげる♡ 決闘———」


 アリサは馬から降りる。

 降りながら———腰に収まった剣を抜いて着地する。


「———だけど餓鬼ガキの相手をしている時間はないからっ、直ぐに終わらせちゃう、ねッッッ‼」


 言い切る瞬間———アリサはアリシアに向かって突きを繰り出した。


「—————ッ⁉」


 アリサとアリシアの間には当然———距離がある。

 十メートルほど、五歩は使う距離だ。


 だが———アリシアの眼前に———アリサの刃の切っ先は———あった。


 剣が伸びたのだ。


 一瞬のうちに十何メートルも伸びた刀身は、アリシアの頬をかすめて後ろにながれていった。

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