第117話 リベンジマッチ

 アリサはナミの姉である。

 そこには上と下という生涯越えられない壁が存在し、ナミがどんなに成長しようが、‶家族〟という関係性の上ではアリサの立場はナミの上に絶対的に存在する。

 だから———ナミはアリサが怖かった。

 彼女の嫌われるのだけは何としても避けたかった。


 嫌われた場合、どんなことをして挽回すればいいのか、わからなかったから。


「————ッ」


 振り上げられた右手に怯え、ナミはギュッと目をつむる。

 アリサの肩を掴む手を放さないようにして———。


 パチンッ—――――、


 空気の音が鳴る。


「え———?」


 てっきり、ナミは頬を張られると思った。

 アリサに引っぱたかれた後、罵倒されるのを覚悟していた。

 それでも彼女をここで食い止めなければ———そう思っていたのに。

 

 アリサの右手はビンタのためではなく、指をパチンと鳴らすために振り上げられていた。


「—————お前らぁ‼‼」


 何が何だかわからないナミの視線の先で、アリサは声を張り上げる。

 観客席に向かって。


「今だ! 暴れろ―――――――――‼」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ‼


 見物に来た生徒たちが座っている観客席の至る場所から怒号のような声が上がり、剣を抜き放ち、天へ掲げる人間が現れ始める。


「え……あの人たち……」


 その数は100人余り。

 ほとんどが男子生徒———いかつい顔立ちをしていて、俗にいう不良生徒と呼ばれる人たちだった。


「暴れろ! お前ら‼ どうせこのガルデニアにはお前らのろくな就職先はないんだ! 力を見せつけたらあたしがプロテスルカで取り立ててやる! あんたらだって活躍の場所が欲しいんだろ! 戦争の機会が!」

「お姉ちゃん……何を言って……」

「特に! ここにいるあたしの妹———ナミ・オフィリアを倒した奴にはとびきりでかい報酬を与えてやる! 全員でかかれ!」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ‼


 どたどたと観客席から一斉に不良生徒たちがリングへと飛び降り、ナミへ向かっていく。


「これは……どういうこと? お姉ちゃん……」


「ナミちゃん。ゴメンね。あんたの相手をまともにしたくなんてないの。それに———」

 

 迫りくる不良少年を見渡して、アリサは歪んだ笑みを浮かべる。


「———いくらあんたでも、100人相手だと無様に負けるでしょ?」

「え?」

「戦いって言うのは数なのよ、ナミちゃん。どんなにあんたが強くても———、一対多には勝てない。あたしはこのためにこの学園の馬鹿ども100人に声をかけた。金と将来を約束させて、ね。お金と人望って言うのはこういうふうに使うんだよ♡」


 わらわらとリングへ向かって不良少年たちが躍り出て来る。

 そのうちの先頭集団が、もうすぐこちらへと到達する。


「ほら、早く構えなよ、ナミちゃん……反撃ぐらいはすれば? 100人相手だといじめみたいになぶられちゃうかもしれないけど~~~~~!」


 サディスティックに微笑むアリサに対して、ナミは逡巡するように視線を左右に走らせた。


「…………‶また〟かぁ~! 何分で出来るかなぁ……片手で出来るかな……?」


 ナミはアリサの肩に視線をやり、その掴む手を放すか放すまいか逡巡している様子だった。


「……ナミちゃん、何言ってんの? ふん? 片手かたて? 100人相手だよ。あんたでも死ぬ可能性あるんだよ? つーか、何立ち向かおうとしてんの? 逃げた方が……」


「————あぁ、もう! お姉ちゃん逃げないでね!」


 ナミは———決めた。

 アリサの肩を掴む手を放して、万全の体制で100人を迎え撃つことを。

 彼女はくるりと不良少年たちに向き直り、鞘を持ち上げ、柄を握りしめる。


「5分……! 今度は5分で100人斬りを達成して見せるから……!」


 その言葉に———今度はアリサが「え?」と声を漏らした。


「リベンジマッチ! ———お願いするでごわす‼」

「————今じゃないッッッ‼」


 一番先頭に立っていた熊のような巨漢の男の一撃を、ナミは刀であっさり受け止め、逆の手で鞘を振り回し、彼のあご先に直撃させる。

 ナミの何倍もの体格を持つ不良熊はその一撃で意識を失い、リングの上に崩れ落ちる。


 一人目を倒したナミの元へ、次々と剣を抜いた不良たちが殺到する。


「お願いします!」

「お願いします!」

「お手合わせ―――お願いします‼」


 皆、真剣なまなざしで———ナミに、学園最強に一撃入れようと挑みかかって来る。


 それに対し———ナミは、


「今じゃあ……ないッッッ‼‼‼」


 姿を捉えられないほどの速度で駆け、彼らの剣の振り回しよりも早くに懐に入り込み、次々と峰打ちや鞘を使った打撃を叩きこんでいく———。

 

「何、それ……」


 茫然と見ているアリサが瞬きしている間に、10人の不良生徒が倒れてしまった。


「お願いしまあぁぁす!」

「今じゃ、ない!」

「リベンジするために、あなたの姉上から指導を受けたんです!」

「今じゃないって……言ってる! あ、でも確かにお姉ちゃんの剣筋! 懐かしっ!」


 かかって来る不良生徒たちを難なく、本当に難なく、ナミは撃退していた。

 

「何……楽しそうにしちゃってんの……」


 クシャリと髪の毛をかき上げるアリサ。


「いや、相手100人なんだから……そこは、びびって逃げなさいよ。惨めにボコボコにされなさいよ……マジで……そういうところが———ダサいんだよ……」


 くるりと背を向け、彼女はトボトボ歩き、その場から離れ始める。


 聖ブライトナイツ学園円形闘技場————。

 リングの上とその周辺で繰り広げられているミハエルとナミの大立ち回りに会場中の人間は熱狂し、アリサがいなくなったことなど、誰も気がついていなかった。

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