第116話 ミハエルと、ナミの闘い

 聖ブライトナイツ学園、円形闘技場———。


「———大地よ踊れ! 全て捕える腕とれ! 百土手ハンド・ハンド!」


 そこでは激闘が繰り広げられていた。


 リングと観客席の間のいわゆるリング外と呼ばれている芝生の大地———そこが盛り上がり、土の手を構成し———数多あまた作られた魔法の手が筋骨隆々の武装集団へと迫っていく。


「この程度————‼」


 荒くれ者の一人、髭を伸ばしっぱなしのマッチョマンが斧で砕く。


「ク—―――ッ……!」


 土の手の操り手であるミハエル・エム・プロテスルカは歯噛みする。

 杖を振り回し、魔法で作り出した土手どしゅを操り、何人かのマヌケの手・足を掴み拘束することはできたが、あの髭面マッチョマンのような手練れは簡単に潜り抜けて来る。


「僕を守れ! 百土手ハンド・ハンド!」


 後退しながらも巧みに土手どしゅを網むように組み合わせ―――即興の盾を作る。

 

 多勢に無勢だった。

 

 ミハエルはたった一人で『スコルポス』の軍勢を相手取っていた。

 『スコルポス』の軍勢は19名———。

 シリウスが殴り倒したのが一人で、二人はなんとかミハエルが自力で倒した。

 それでも1vs19———それに、相手はマフィアで経験値がある。

 ミハエルはこの学園では『そこそこの強者つわもの』である証のAのランクを格付けされている、土魔法のエキスパートだ。


 それでも———この数を相手取るのは厳しい。


「それでも……! 頭の上で勝手に戦争の話を進めさせてたまるか! この僕はプロテスルカ帝国の皇子だぞ‼ ————大地よ! 哀れなわれに巨神の力をあたえ給え‼ 岩土巨神グランタイタン‼」


 大地が隆起し———山を作り出す。

 その山はボロボロと所々がげ落ちて、‶人〟の形を作り出す。

 ミハエルは構成されつつある腕に当たる部位を駆けのぼり、その肩にまでたどり着くと、指揮棒のような杖を———『スコルポス』の軍勢に振るった。


「———僕は何も聞いていないんだぞ! この皇子に話を通さずに、僕の元婚約者を殺そうとするなんて! ふざけたおすにもほどがあるだろう!」


 岩石の巨人の拳が———荒くれ者たちの中心に降り注いだ。


 その闘いの光景を、リングの上からつまらなそうに座って見物している女がいた。


「…………ねぇ、加勢しなくていいの?」


 アリサ・オフィリアだ。

 彼女が問いかける先は———隣に立つ妹、ナミ・オフィリア。

 彼女もまた、アリサの隣でただミハエルと『スコルポス』が争っている様を見つめていた。


「まぁ……私が行かなくても何とかなると思うので。それに……正直なんで皇子が今戦っているのかよくわからないし……」

「冷たいこと言うのね」

「だって、シリウス会長はもうアリシア王女を助けに向かってもうここを離れて長いですし、単純な足止めなら十分に果たしているかと……あとはミハエルも、あの『スコルポス』の皆さんも解散すればいいのに……って思って」


「————ほんと、そういうところだよ」


「え?」

「よっこいしょ……!」


 アリサは立ち上がり、ミハエルたちの戦いに背を向け、歩き出す。

 リングの外へ向かって。


「お姉ちゃん? どこ行くの?」

「ナミちゃんの言う通り。解散するね☆ せっかく武器とか防具とか買い与えてやったのに。あいつらシリウスちゃんの足止めもできないどころか。ミハエル皇子にすら苦戦するんだもん……もう———戦争とか無理っしょ。シリウスちゃんがこの闘技場から抜け出せた時点で———あたしの負け。ゲームオーバー。だから、怒られないうちに帰るね」


 ひらひらと手を振りながら、シリウスが走り抜けた逆側の通路入口へ向かってスタスタと進みゆく。


「そ、そんなあっさり諦める……の?」

「そ。あっさり諦めるの。あたしは大人だから、負けたって思ったらすぐに切り上げるの。そしてまた別の手を考える。一つのことにこだわるなんて。子供のやることよ」


 アリサは全く足を止めずにリングに付けられている階段に足をかけた。


 ガッ—―――。


 その肩を———一瞬で距離を詰めたナミに掴まれる。


「ナミちゃん?」

「ダ、ダ。ダ、ダメだよ……行かせない……アリシア王女が……アリシアちゃんが来るまで……ここに居てもらう……! そのために……あの子は頑張ってきたんだから!」

「ナミちゃんに関係なくない? だって———シリウスちゃんもアリシア王女も他人じゃん?」


 ―――振り返る、アリサの眼は冷たく凍っているような色をしていた。

 ナミの肩が、大きく上下に揺れた。


「あ……お、おね……ちゃ、ごめ……おこんない、で……!」


 思わず謝ってしまいたくなるほどの恐怖を受けてしまう。


「ねぇ、ナミちゃんはバカだからよくわかってないと思うけど。ナミちゃんにはこの話は全く関係ない話なんだよ? ナミちゃんはこの場において他人。プロテスルカとガルデニアが戦争になったとしても———シリウスちゃんとあたしが婚約するかどうかの話も———あんたには関係ないでしょ? 強くて無敵で才能もあって友達がいなくても平気な———あんたなんかに」

「———————ッ!」


 身が、すくむ。

 アリサの肩を掴んでいる手の力が緩むほど———。


「わかった? じゃあ、一人でなんでもできて、いつまでもぼっちで生きていけるナミちゃんはこの手を放してくれるかな♡ お姉ちゃんは他にやることがあるの。忙しいの。国に帰ってもやることがあるの。なんせ、あんたと違って———友達多いから」


 バッと、思いっきりナミの手を払いのけ、アリサは階段をカッカッと音を立てて降りていく。

 ナミは、ブルブルと唇を震わせ一歩下がった。

 恐怖に彼女の心は支配されていた。

 

「ごめ……ごめん……おねえちゃん……!」


 遠のいていくアリサの背中を———ただ眺め続けていることしかできない。

 そう———以前なら諦めていた。


「———だけど!」


 足裏に力を込めてダッとリングの上を蹴り、一歩踏み出した。

 ガ—―――ッとアリサの肩を再び掴む。


「……ナミちゃん、しつこいんだけど?」

「ご、ご、ごご……‼ ごめんなさいお姉ちゃん! だけど、行かせない……よ!」


 彼女に、姉に、アリサに酷いことが言われるのがどうしても怖くて、涙が零れ落ちそうになる目を必死に上げる。


「————と、とと……友達の……ためだからッ‼」


 掴まれた服の肩の部分が、クシャリとしわが寄る。

 それを、アリサは不快そうに眺め、


「うっざぁ……」


 言いながら、右手をゆっくりと上げていった……。

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