第115話 シリウスvsリタ

 バサバサと翼をはためかせ———飛竜ワイバーンは高度を上げていく。


「————飛び立たせない!」


 その飛竜めがけて、リタは自身の持っている大斧を投げ放った。


 巨大な凶器の円盤———くるくると回転しながら弧を描いて飛竜へと向かうが。


 ド――――ッ。


 壁に、阻まれる。


 空中に突然現れた木の壁。それに大斧はぶっ刺さり、勢いを失くして地へ落ちる。


「飛び立たさせてもらう。言っただろう。お前の相手はオレがしてやると———」


 馬車の壁だ。破壊された馬車の側面の壁。飛竜の突撃の被害が少なかったのか、反対側のその部分は、ほぼ無傷で丸々残り―――いい盾になってくれた。

 俺は、シリウス・オセロットはそれを馬鹿力で空中に投げ放ったのだ。


「————あんたの……相手をしている暇は……ない!」


 リタが徒手の状態で駆け、俺に格闘戦を仕掛ける。

 唯一の武器である大斧は手元にない、距離がある。だから、他に選択肢がないのだろうが———背の小さな少女相手に後れを取るシリウス・オセロットではない。


「いいや! 相手をしてもらうぞ……大斧使いのリタよ! お前はこの野原で元気にオレのようなおおきな大人に遊んでもらえるのがお似合いだ!」

「………あん?」


 突き出された拳を難なく躱す。

 俺にはシリウス・オセロットの記憶は、ない。つまり戦闘のプロなんかじゃない。

 リタが次々と繰り出してくる裏拳、回し蹴りもプロの技量が上乗せされている。キレと速度があるその攻撃を、かわすことなどできはしなかっただろう。

 数か月前の俺なら———。

 この世界で覚醒したばかりの俺なら———。

 今は———違う。


「貴様のような戦争ごっこをしたいだけの餓鬼ガキ相手に、この天衣無縫の生徒会長様が時間を作ってやっているのだ———感謝をしろ!」


 リタの踵落かかとおとしが振り落とされ———前腕うででガードする。


「うざ……」


 心底見下すようなリタの目が降り注がれる。

 

 腕がビリビリする……。

 強力だ。

 経験値が足りていない盆暗ぼんくらであれば、防御ガードなんてまるでできずにただ翻弄されて殴られるサンドバックになっていただろう。


 それだけ、リタの格闘技術は洗練されていた。


「フ……ッ、諦めろ。リタよ、お前ではオレに勝てん。オレは聖ブライトナイツ学園で五本の指に入るSランクの能力を持っている。マフィアとはいえただの大斧を振り回す力自慢に勝てるものかよ」


 元々———シリウスの肉体のスペックは高い。 

 この世界で悪役として、主人公のボスとして君臨するレベルの能力を持っている。


 それでも———この状況でプロの戦闘員であるリタを赤子のように捌けるようになった要因は、俺がこの世界で経験を積んだからだ。


 土魔法のエリートに———魔剣使い―――学園最強の剣士———。

 

 それらと戦った記憶がこの頭にしっかりと刻み込まれている。


 その経験があったからこそ、リタの攻撃の一手一手を目で捉えることができ、予測さえもできるようになっていた。

 だからこそ―――この虚勢も様になる。


「———何がSランクだ……! 所詮は学生レベル……!」


 眉尻を上げたリタがバッと距離を取る。

 格闘戦はあくまで前座。このための隙を作るためのものだと言わんばかりに———大斧の元へたどり着く。

 柄を握りしめ———、振り上げる。


「私は……『スコルポス』なん……だぞッッッ‼‼‼」


 先ほどの馬車の壁が刺さったままの大斧を、こちらめがけて一気に振り下ろしてきた。


 速い————。


 広い面積のある木板が付いたままなのだ。普通に空気の抵抗をもろに受けて威力も速度も落ちる。だから賢い人間なら外してから斧を振り下ろすだろうに、リタはそれをしなかった。

 それは彼女がズボラなのか———それとも―――。


 ――――――――――――ドォォォォォォン‼


 大きな地鳴りと共に、大地が震える。

 

 俺は振り下ろされる一撃を、間一髪のところで飛んで躱した。

 だが———砕け散った壁の破片が散弾銃のように俺に襲い掛かってくる。


「ク……ッ! 何たる馬鹿力……!」


 大地が、まるでクッキーのように割れていた。

 強い衝撃を受けて、下から突き上げられた大地の破片———その上を軽やかにリタは駆け、邪魔な壁は砕けて散った大斧を、グルンッと振り回し、空中にいる俺に向かって二撃目を放つ———!

 

 避けられ————、


 ガァン!


 魔力の壁が発動した音が鳴り響く。

 俺の身体は———地面と平行に吹き飛び、はるか遠くの地面へと突き刺さった。

  

 砂埃が立ち上る。


「私は……いくつもの修羅場をくぐってきた……ボスのために。居場所のなかった私を救ってくれたボスのために……あの人のためにこの程度では止まっていられないの」


「———そんなに組織が大事か?」


「……………」

 

 砂埃の中から俺はリタに問いかける。


「……当たり前……人は一人じゃ生きていけない……そのために群れる。そのボスが戦いを望むのなら……私はそれを忠実に果たす道具となる」


 リタの声色からはやっぱり生きていたかというため息混じりの感じがする。


「……道具……か。意志もプライドも既にお前にはないというわけだ」

「そんなもの———道具である私には不要。誇りや感情なんて……ボスの掲げる大義の前にはゴミも同然。そんなもの……とうの昔に捨て去った」


 段々と、リタの言葉が涙ぐんでいるようにも聞こえてくる。

 本心が、声色から漏れ出ている。


「大義の前では誇りも感情も不要か……お前の大義がなんだろうが、『スコルポス』の大義がどれほどのものなのか、あえてここでは問うまい。だが、大義のためにどんなことをしてもいいというのなら———こちらも‶道具〟を使わせてもらおう」


「…………また……お得意のお仲間召喚? ロザリオからいろいろ聞いたよ? 決闘のたびに‶人間〟を‶道具〟と称して連れくるんでしょう? だけど———ここには誰もいないよ?」


 そうか、ロザリオも『スコルポス』でこのリタの弟子だったか。あいつめ、いろいろ世間話と称して俺の情報をペラペラ喋っているのか……。


「王女も皇子も……妹も……あなたが頼れるお仲間はどこにもいない。あなたは所詮……道具であるお仲間がいないと何もできない‶卑怯者〟。強くもなんともない。そんな嘘だらけの‶偽物〟に———この私が負けるわけがない」


 土埃が、晴れてきた。

 リタは衝撃で凹んだ地面の上でうずくまる俺を見下すように見つめていた。

 そして、ここでの勝負は終わったとばかりに大斧を背中の結束具バインダーに留める。

 俺を戦闘不能だと判断して———。


「その腕一本で見逃してあげる……だから、私の邪魔はこれ以上しないで———」


 俺の右腕は———折れていた。


 シリウス・オセロットには、どんな攻撃でも阻む魔力の壁が体の表面に張り巡らされている。

 だがそれも無敵ではない。

 アリシアやミハエルのような普通の人間に毛が生えた程度の斬撃や打撃は通さないが、ナミやリタのような熟練の戦士が繰り出す重たい一撃は、魔力の壁を貫通し、この肉体にダメージを与える。

 それだけ、彼女の一撃は強烈だった。

 それでも、普通だったら体がちぎれとんでもおかしくないほどの衝撃だった。


 それを何とか腕一本で耐えきってみせた。


「じゃあね……」

「待て」


 街へ向かって駆け出そうとするリタを俺は呼び止めた。


「何? これ以上戦っても……あなたが死ぬだけ……だよ?」


 振り返る彼女に俺は二本指を立てて、


「二つ。貴様の言葉で訂正しておきたいことがある。まず、アリシアもミハエルもお友達ではない。奴らはあくまで俺の部下……所有物だ。そして、もう一つ……俺の‶道具〟は———‶部下〟だけじゃあない」


「——————フッ……フフフフ……ッ!」


 こらえきれないと言うように、リタが吹き出す。


「そこ……? なの……? 訂正する場所は、‶卑怯者〟だとか‶偽物〟とか、そういうところを訂正すると思っていたのに……! 君って……プライドはない……の?」


 どうしても、それがおかしくてたまらないと彼女は口と腹を押さえていた。


「ああ———そこは訂正しない。何故ならば、その程度で傷つくつまらんプライドはこのオレには持ち合わせていないし———貴様は、これからその‶卑怯者〟の‶道具〟で倒れることになるからだ」


「フフフ……! 何を言って———、」


 トス—―――ッ。


「え————?」


 リタの首に小さな矢が刺さった。


 三角錐さんかくすいの形をした、吹き矢・・・が———。


「これ……は……?」


 ドサッとリタの身体が真横に倒れる。

 先端に塗ってあった大型の魔物でも眠らせる睡眠薬が、即座に全身に回ったのだ。


「先日、‶剣聖王〟とかいう化け物と戦うために購入しておいたものだ。貴様の店でな———」


 学園最強であるナミとの決闘のために、事前準備で買ったもの。

 あの決闘の時に、なんだかんだでタイミングを逃して使えなかった吹き矢の筒を俺の左手は握っていた。

 砂埃に紛れてこっそりと取り出していたそれを、元あった制服の内側のベルトへ、挟み戻す。


「———これ以上、‶戦争ごっこ〟に付き合うつもりはない。そんなに戦争がしたければ、夢の中ででも勝手にしているがいい」


 痛む腕を押さえて、リタを見下ろす。

 道端ですーすー眠り続ける彼女の寝顔は、子供のように穏やかだった。

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