第114話 救出

 そういえば———妹のルーナ・オセロットは飼育クラブに所属しているのだった。

 飼育という穏やかなのは名前だけ。

 活動内容は———魔物の育成だ。


「お兄様! 私の腰にしっかりとおつかまり下さい!」


 飼育クラブで手なずけている飛竜ワイバーンの上から伸びた手を取り、一気に引き上げられると、ルーナはすぐに自らの身体に俺の手を添えた。


「うむ……!」


 妹という関係とはいえ、年頃の女の子に抱き着くのは抵抗がある。

 それでも戸惑ってはシリウス・オセロットらしくないと飛竜ワイバーンの背骨を跨いで、ルーナに体を密着させる。

 彼女の長い髪が鼻先をくすぐる。


「行きます!」


 ルーナが手綱を引くと、人の身をすっぽりと包むほどの大きさの蝙蝠こうもりがた両翼りょうよくをはためかせ———ぎっしりとした真紅の鱗が固まった鎧のような硬質の肌で風を切り———飛竜ワイバーンは空高く舞い上がった。


古代兵ゴーレムに探らせたところ……まだ、そう遠くへは行っていませんでした!」


 びゅうびゅうとした風音かざおとに声が所々、かき消される。


「どこだ⁉」

「ハルスベルク郊外の道の上———馬車でプロテスルカ方面へ向かう道の上です!」


 足元に広がる都市の光景は、まるで四角いミニチュアが並べられているようだ。

 その上を飛竜ワイバーン悠々ゆうゆうと通過し、都市と平原を隔てる壁も、そのはるか上空から難なく超える。


 目の前に、緑の大地が広がる。


「あれか!」


 西のプロテスルカへと続く道の上を、一台の馬車が進んでいる。

 大きな馬車で、見覚えがある。


「先ほどアリサが学園に乗って来ていたモノだ……それをそのまま使ったというわけか……!」


 計画的な犯行だということだ———つまりは、アリサは最初からアリシアと試合などするつもりはなかったということだ。


「…………前に降りて、道を塞げ! あの馬車を止めるんだ!」


 何とも言えない悔しさに歯噛みしながらもルーナに指示を飛ばす。


「そ、それが……申し訳ありません、お兄様……!」

「何だ⁉」

飛竜ワイバーンが興奮した様子で……私の命令を聞こうとせず……!」


 ギャア—―――――――――――――――――――――――――――――――‼


 その大きな口から方向が発せられる。

 そして———真っすぐ馬車へ向かって矢のように、落ちていく。


「これは……命令を聞いているのではないのか⁉」


 速度はあるが、確実に馬車へ向かって接近している。


「これは———あの馬車へ向かっていますっっっ!」

「それでいいのではないのか⁉」


 馬車との距離は縮まる———すぐ、そこまで。


 ギャア―――――――――――――――――――――――――――――――‼


 咆哮————。


「———ぶつかります!」


 俺はルーナの言葉の意味を反射的に捉え、彼女の身体をしっかりと握りしめた。


 轟音。


 飛竜ワイバーンは馬車の横っ腹に突撃し、その車体をバラバラに砕け散らせた。


 そして、前の方では「ヒヒン!」と鳴く四頭の馬。引いていた馬たちだ。飛竜ワイバーンは彼らを怯えさせて野に放ってしまった。


「く……荒々しいな……!」


 俺は、竜の背から吹き飛ばされることもなく、なんとかその場にとどまった。ただ、前に座っているルーナはぶつかった衝撃が竜の背からもろに尻に伝わってしまったのか、痛そうに腰を押さえていた。


「ふ、普段はこんな子ではないのですが……」

「だ、大丈夫か……?」


 顔をしかめて腰をさするルーナに対して、俺は全くの無傷だった。相当の衝撃が竜の背中の上には走ったのだろうが、シリウスの特殊能力である魔力の壁がその衝撃からこの肉体からだを守ってくれたようだ。


「大事ありません……! それよりもアリシア王女を!」

「あ、ああ……!」


 飛竜ワイバーンの背から飛び降り、アリシアを探す。

 竜の突撃によって瓦礫と化した散らばった馬車の破片———。

 先ほどの衝撃は死んでもおかしくはない。


「どこだ! アリシアッッッ‼」


 名を呼ぶ……だが、反応がない。


 もしかして———本当に殺してしまったか? 

 居所が悪くて、竜の直撃をまともに受けてしまったのか———?


「アリシアッ! 返事をせんかァッッッ!」

 

 どんなに声を張り上げても———返ってくるのは沈黙のみ。

 視界に映る光景は無残に破壊された瓦礫のみ。


 これで———終わりか?

 

 こんなつまらない、くだらない事故で、全てが終わるのか?

 あの一週間の彼女の努力は———全て終わったと言うことか?

 そんなの———許せるわけがない。

 許せるわけがあないだろう————!


「アリシア! 早く返事をせんか! このオレが、師匠であるこのシリウス・オセロットが直々に貴様を迎えに来てやったのだ! 貴様の相手は闘技場で待ちくたびれているぞ! いつまで寝ているつもりだ! 眠れるお姫様気取りかこのれ者がっ――――!」


 俺は、アリシアを何としてでも起こしたかった。

 立ち上がらせて、決闘場へ向かわせたかった。

 だから、必死で言葉を並べた。

 彼女が———反応しそうな言葉を、怒って反応しそうな言葉を。

 例え―――死んでいたとしても起き上がってきそうな言葉を。


「いい加減———おもてを上げんかこの‶ビッチ〟がッッッ!」


 ガィンッ! 


 俺の———頭に何かがぶつかり、魔力の壁がそれを弾いた。


 瓦礫だ———。

 どこからか投げつけられた、大きな木片。


「誰が———売女ビッチだってぇ⁉」


 砕けた木箱の破片で出来た山が下からドッと突き上げられて、中にいた人物が姿を現す。


 金色の髪をなびかせた第三王女———アリシア・フォン・ガルデニア。


 キッとその意志の強そうな眼が俺を睨みつける。


「死ぬかと思ったよ……」

「ああ———オレも死んだかと思った……」


 破片と埃で汚れた頬を拭いながら、歩み寄って来る。

 その凛としたたたずまいに、俺は目を奪われてしまう。

 彼女は例えゴミにまみれていたとしても、気高さがにじみ出ていて美しい。

 

「とっとと返事をせんか、このビッチが……」


 まぁ、彼女の姿に見惚れていたなどと、悪役貴族として、シリウス・オセロットとしてわからせるわけにはいかないのでおくびにも出さないが———。


「そっちこそ、もうちょっと穏便に助けることはできなかったのか? 師匠。ボクのが自由に使えてなかったら、流石に死んでたぞ」


 そう言いながら、焼き切れたような縄をポイッとそこら辺に捨てた。


 あの縄は一体……?


「そう言うな。せっかく迎えに来てやったのだ———ルーナ!」


 いろいろと彼女の状況に疑問はあるが、それは今は置いておく。

 そんなことは道すがら詳しく聞けばいい。

 俺はくるりと振り返り、飛竜ワイバーンに乗るルーナに向き直った。


「アリシアを見つけた。共に闘技場まで連れて戻るぞ! アリサ・オフィリアが待ちくたびれている!」

「アリサさんはまだ闘技場にいるのか?」


 ビックリしたような顔で尋ねるアリシア。


「ああ———とどめておいた」

「————そうか」


 そして、前を見据える。

 その瞳には———闘志が宿っていた。


「アリシア王女……お手を……」

「ああ、ありがとう」


 ルーナの伸ばす手をアリシアがとり、飛竜ワイバーンの背に———、


「ま……て……!」


 ガラガラと馬車の瓦礫の中から、もう一人の少女が出現する。


 『スコルポス』の構成員———大斧使いのリタだ。

 

 彼女はブルブルと首を振り回し、顔についた汚れやら埃やらを吹き飛ばし、ある程度綺麗になったところでこちらに向き直り大斧を構える。


「行かせ……ない……アリシア王女は……私がプロテスルカへ連れて行く……それがボスの、『スコルポス』の役割……」


 静かに、だが燃えるような闘気がリタから立ち上る。


「リタさん……」

「行け、アリシア。構うな。お前はお前のやるべきことをしろ」


 俺は飛竜ワイバーンの腹をポンポンと叩くと、ルーナが察したように手綱を振った。

 

 バサリ—――と飛竜ワイバーンがはためく。


「行かせ……ない!」

「いいや、行かせてもらう‼ なぜならば――――、」


 飛び立つ飛竜を止めようと駆け出す、リタの眼前に俺は立ちふさがる。


「————オレの弟子には‶決闘〟という大事な用事がある。戦争だの陰謀だのの小事しょうじにかまけている時間はない」

「シリウス……オセロット……!」


 普段、鉄面皮のように表情を動かさないリタの目頭が———怒りでピクピクと痙攣し始める。


「貴様の相手はこのオレがしてやろう———『スコルポス』のリタよ!」

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