第113話 アリシアの元へ急ぐ

「この馬車は一体どこへ向かっているんだ?」


 聖ブライトナイツ学園からはるか離れた馬車の中で、アリシアは縛られた身をよじらせながらリタに尋ねる。


「プロテスルカ……」

「プロテスルカ帝国に?」


 アリシアにはこの誘拐の目的も意味も全く分かっていない。

 その情報集めと、リタの注意を引く目的で話しかける。縛られた後ろ手を、この空間唯一の見張りであるリタから見えないように。


「プロテスルカ帝国であなたは私に殺される……」

「そんなことをして何の意味が?」

「ガルデニア王国の王女が、他国の地で暗殺される。それは何がどうあろうと争いの火種になる。それこそが……私たちの目的。私たちボスの目的」

「そんなに戦争がしたいのか?」

「…………」

 

 リタは少しためらった様子を見せた。

 沈黙し、瞳を伏せてやがてコクリと頷いた。


「……それも、ある」

「それも?」

「フィストや他の若い騎士のなりそこないは、自分の活躍の場を求めている。戦うために鍛え上げて、そのために自分の青春を費やした。そんな奴らはその鍛えた意味を求めている。ただ鍛えて、衰えていくだけの日々は虚しすぎる……そう思っている人は多い」

「その口ぶりだと、リタさんはそう思っていないように聞こえるけど?」

「……………」

「なぁ、やめないか? リタさんはそんな———馬鹿なことのために全てを投げ捨てたいわけじゃないんだろ? 今すぐにでもボクを開放してくれないか?」


 少し、「馬鹿なこと」という単語を発するのには勇気が要った。

 国を守るための騎士になるために学園に入った人間が、国に必要とされずに路頭に迷う矛盾。その事実をアリシアは学園に入って知った。

 一部の貴族とのコネクションがある人間以外は騎士でい続けることはできない。裏世界の用心棒になるか、割と命を落とす確率が高い夢見る冒険者になるか。


 人の役に立つ騎士を目指した人間が、全く見向きもされない惨めで孤独な人生を歩まざるを得ない現実を———王族であるアリシアは学園に来て知った。

 

 リタもその現実との板挟みにあった人間であろうことは、容易に想像がついたので逆上するのではないかと、少しアリシアは震えていた。

 だが———リタは逆上することなく淡々と答える。


「戦争なんか……本当はないほうがいいに決まっている……理屈でそれはわかっている……だけど、私は『スコルポス』だから……組織の人間だから……」


 大斧を持ち上げ、アリシアの首元に添える。

 きらりと煌めく刃———。

 命の危機が肌が触れるような距離に迫り、アリシアの頬を冷や汗が流れる。


「戦争の先にある———ボスの‶復讐〟のために、王女であるあなたは……今日、死ななければいけないの……」

「復讐……?」


 アリシアはリタの顔を見つめながら———こっそりと両掌りょうてのひら創王気そうおうきを集めた。


 ◆


 聖ブライトナイツ円形闘技場では———。


 『スコルポス』の若き構成員———フィストが頭を地面にめり込ませ、ピクリとも動かなくなっていた。


 その光景を、他の『スコルポス』の構成員は息を飲んで見つめている。


「あの……フィストが一撃で……」

「現役時代は学年最強を誇っていた……‶剛腕のフィスト〟だぞ……」


 ざわざわと、動揺が走っている。


「———では、通してもらうぞ」


 その中を悠々と通ろうと、俺は一歩前に出た。


「い、いや……! ここは通さねぇ! 通してたまるものかよ!」


 モヒカン頭がナイフを構え、額にびっしりついた汗を拭うと、「行けッ!」と近くにいた部下を顎でしゃくった。

 そいつは忠実な奴なのだろう。

 鼻にピアスを開けた幼い風貌の男だった。

 果敢にも槍を突き出し、「うわああ!」と叫びながら突撃してくるが———、


「たわけが! しつこいわ‼」


 槍の先は全く俺の皮膚を傷つけることなくボキリと折れ、戸惑う男の横面を裏拳で張り飛ばした。

 壁に叩きつけられる男に俺は一瞥もやらずに更に一歩前に進む。


「貴様らでは足止めにもならん! 怪我をする前に道を開けろ!」


 いい加減———イライラしてきた。


「ハ……ッ、足止めにはなるだろうがよ! こんだけの数がいるんだ! それにオセロット家のお坊ちゃんがどんなに強かろうと……多勢に無勢だ!」


 モヒカンがニヤリと笑う。


「雑兵を集めたところで———勝てはしないぞ?」

「勝てなくていいんだよ……言ったろ? 足止めさえできればいいって……こんだけの数の相手がいるんだ……全員倒すのに……どのくらい時間がかかるかな?」

「————チッ!」


 確かに———シリウス・オセロットは無敵だが、相手に数がいればどうしても時間がかかる。

 邪魔な二十人程度のこの邪魔者を、広範囲にわたる殲滅せんめつ魔法のようなものを使えない以上———俺が敵を退ける手段は一人一人殴り飛ばすしかない。

 それでどのくらい時間を稼がされるか……。

 歯軋りをしてしまう。


「どうしてそこまでする必要がある? オレの前に立ちふさがると言うことはいわば命を賭けると言うことだぞ? 死んでもいいのか?」


 顎をしゃくり、頭を地面にめり込ませて倒れているフィストを指す。


 ああなってもいいのか―――と。


 いや、多分殺してはないけどね……多分、あいつガタイもいいし大剣振り回すぐらいの筋肉あるんだから……あの程度では死ななないでしょ……。


「命を賭けてすることが———婦女子の誘拐か?」

「ハッ! 誘拐だけじゃねぇよ。アリサが言っただろ? 俺たちの望みは戦争だってな!」

「だけじゃない……?」


 汗をダラダラ流すモヒカンの目は———血走っていた。


「殺すんだよッッッ! この国の王女様は俺達がぶっ殺す! それでプロテスルカとの戦争の幕を開ける……俺たちがっ、開けるんだよッッッ‼」


「な———、」


 に———と応えようとした瞬間だった。


「————岩土大連射砲グラン・ド・ガトリング‼」


 背後から———巨大な岩の弾丸が通り過ぎていく。


 どかどかと打ち出された、岩石の塊———それらは濁流のように『スコルポス』の構成員を飲み込み、俺の前に道を作る。

 振り返る———。


「ミハエル!」


 プロテスルカの皇子———ミハエル・エム・プロテスルカは杖を構えその足元に魔法で土の砲台を作っていた。


「早く行けよ! シリウス! アリシアを殺すなんて事———絶対にさせるな!」


 魔力を込めた杖を振り、大地を操り始める。

 観客席から飛び降りたせいで痛めたのか、足がガタガタと震えていた。


「助かる!」


 言葉少なに———ミハエルにしんがりを任せて一気に闘技場の通路を走り抜ける。

 既に立ち上がり始めている『スコルポス』の横を一瞬で過ぎ去り、外へ―――。


 ———アリシアを殺して、戦争の幕を開ける?


「何を———馬鹿なことを言っているんだ……!」


 先ほどのモヒカンの言葉がどうにも引っ掛かる。

 それは———もうすでに外れてしまったと思っていた『紺碧のロザリオ』の原作、ナミルートでのテロリスト襲撃の目的であったからだ。


 やっぱりここはゲーム世界ってことか……ナミが敵対するルートは外れても、アリサがそれを補う形で今回の事件を起こした。

 ということは、どうあがいてもこの世界を原作ゲームで登場した強力なラスボスが登場する可能性は非常に高いし、本来死ぬべき悪役貴族であるシリウス・オセロットも何らかの形で……。

 

「まぁ……そうなったらそうなった、だ」


 外に出て、全身に陽の光を浴びる。

 これからアリシアを探さなければいけない……が、アテはない。

 走り回っている時間など———ない。

 やたら無暗に走り回っても———無駄に時間がかかるだけだ。


「ク—――ッ!」

「お兄様!」


 バサリ、バサリと大きな羽音が空から聞こえ、強い風が髪をかき上げる。


「ルーナか⁉」

「はい!」


 空の上にルーナ・オセロットがいた。

 彼女は———竜に乗っていた。

 群青色した鱗に包まれた、車ほどの大きさの、翼を持つ飛竜ワイバーンアギトに繋がる手綱たずなを片手で持ち、


「アリシア王女の居場所がわかりました!」


 その逆の手を俺に向けて伸ばした———。

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