第111話 大戦争を———。

 パカラパカラという石畳を馬のひづめが蹴る音で目を覚ます……。


「ん……んぅ……」


 木でできた床が頭にゴンゴンとぶつかって痛い……。


「ここは……?」


 アリシア・フォン・ガルデニアは暗い部屋の中で目を覚ました。

 その部屋はガタガタと揺れていた。


「目……覚める? アリシア王女……?」


 女の人の声が聞こえる。

 ふとそちらの方に目を向けると、何度か顔を合わせた大斧使いのリタがいた。


「リタさん? どうしてあなたが此処に?」


 時間が経つにつれ、段々と頭がクリアになってくる。



「そうだ! 試合! ボクはアリサさんと試合に向かうところだったんだ……! こんなところにいる場合じゃ……ッ!」


 立ち上がろうとしたが、腕が上手く動かない。


 後ろ手に———縛られていた。


「え⁉ 拘束されてる⁉」

「そう、王女は試合に向かうところだった。そこを私に捕まった……そして、ここは馬車の中。試合なんてものはもう……できない」

「————ッ!」


 ハッとする。

 アリシアはようやく今の状況を理解し始めた。

 ここは———馬車の中。そして、自分は今後ろ手に縛られて床に転がされて、目の前には見張りの人間がいる―――。


 誘拐されようとしているのだ。


 ギリリと歯を食いしばる。


「……ッ! 馬車を戻せ! ボクに試合をさせろ! アリサさんはボクと戦うために待っているんだ!」

「さっきも言った……試合なんてできない……それに、もう、そんな次元の話じゃなくなったんだよ……王女様」


 リタがごとりと音を鳴らした。

 その手にはギラリと輝く大斧が握られていた———。

 脅されているのか……?

 だけど———。


「そんな———そっちの事情なんてどうでもいい! ボクは騎士なんだ! そのために修行をした! それなのに……こんなつまらないことで……ッッッ、あの日々を踏みつぶされてたまるかっ!」


 悔しくて、涙が出そうだった。

 始めて格上の相手に勝てるかもしれなかったのに。そのために、血のにじむような努力を積んだというのに。

 こんな―――つまらないことで……!


「つまらなくはない……アリサに言わせれば、決闘の方がよっぽどくだらない……らしいよ」

「……誰に、言わせれば……って?」


 彼女の名前が出たことで、アリシアの心が一気に冷えた。

 もしかして———という疑念が一気に吹き上がって来る。


「アリサは、決闘なんかよりももっと大きいことを考えている。そのために———あなたは犠牲になってもらう必要が……あるらしい」

「何を……言っている?」


「これから———あなたは死ぬ」


「………………」


 まぁ、王女という身の上なのでそういうことに巻き込まれるのは常日頃から覚悟はしていた。

 その日が———ついに来たかというだけだ。

 その日が———頼にもよって今日か、というだけだ。


「死ぬ? 身代金でも要求した方がいいんじゃないか? リタさん。あなたのバックにどなたがいるのかは知らないが、ボクは一応王女だ。殺すと大事になるぞ?」

「あの子はそれを望んでいる……ボスもそれも望んでいる……みんなそれを望んでいる」

大事おおごとになることを———か?」


 リタはコクリと頷く。


「‶大戦争〟を———望んでいる」


 ◆


 同刻———。

 聖ブライトナイツ円形闘技場————リング上。

 そこにアリサ・オフィリアが腰を落として膝を抱くような姿勢で、身を縮こまらせ———リング下にいる俺を見下している。


「断るってぇ~……いいの? みんなが見てるんだよ~……生徒会長として、それは‶逃げる〟ってことにならない?」


 体は縮めているが、彼女の態度は尊大だ。

 ぐるりと回りを見渡し、俺達に注目している生徒たちへ視線を送る。


「それに、いま逃げ出したら~……私が・・何言うかわからないなぁ~……唯我独尊ゆいがどくそんで通っている生徒会長、シリウス・オセロットはアリサ・オフィリアが怖くて逃げ出しちゃった~……って———大声でっ! ……言っちゃおうかな~……?」


「好きにしろ」


「かなぁ~……って、え?」


 余裕の笑みを浮かべていたアリサの顔が、ヒクリと固まる。


「貴様の魂胆は見え透いている。これは時間稼ぎだ。その手には乗らん。何を企んでいるかは知らんが、オレはアリシアを一刻も早くここに連れて来る。そして貴様と決闘をさせる―――それだけだ」


「いいの~……? その探している間に、あることないこと、悪い事、恥ずかしい事、この口が言っちゃうかもしれないよ~……?」


 アリサが唇に指をはわせる。

 少しだけ妖艶に見えるが、それが逆に背筋に怖気を走らせる。


「プライドの高い生徒会長様が~……好き放題悪口言われて、我慢できるのぉ~……‶貴族〟にとって、沽券こけんって何より大事でしょ~……」


「———たわけが。そんなつまらんことにこだわるオレではない。好き勝手言いたければ、好きに言え。それでこのシリウス・オセロットの評判が落ちても、オレは一向に構わん。どうせ———オレは悪役貴族だからな」


 嫌われ者の———な。

 元々、早々に死ぬつもりだったんだ。

 嫌われてヘイトを向けられ、この世界のために殺されるつもりだったんだ。

 嫌われて悪口を言われる覚悟なんて、とっくの昔にできている。


「な・ん・で・す・って~……?」


 アリサの声に明らかに怒りが帯びるが、もうこんな茶番には付き合っていられない。

 俺は最後にアリサに指を突き立てる。


「それに———忘れるなよ、アリサ・オフィリア! 貴様の今日・・の相手はこの国の第三王女・アリシア・フォン・ガルデニアだ‼ 魔法の使えない‶無能〟と呼ばれた王女に貴様は倒されるのだ‼ それにオレとの決闘で体力を消費したと言い訳されたら、たまったものではない! そうならないよう、貴様は貴族らしく―――ここで、座って、大人しく待っていろ!」

 

 言うだけ言って、きびすを返し———闘技場の入り口まで走る。


「ダッサ……何が決闘だよ……馬鹿馬鹿しい……」


 パチンッ……!


 ぼそりと呟きが聞こえたと思ったら、後ろで、指が鳴った。

 構わず、俺は足を止めなかった。

 観客下の出入り口まであと一歩というところ———で、


 ヌッと巨大な人影が前に立ちふさがった。


「貴様———?」

「シ・リ・ウ・スちゃ~~~~ん……あたしとの決闘が嫌ならこんなのはど~う?」


 俺の前に桃色の髪をした巨漢のボーズ頭が立ちふさがる。


 確かこいつは———『イタチの寄り合い所』にいた……修行の前日、アリシアと買い出しに行ったときに顔を合わせた……名前は———フィスト、とかいう。


「決闘じゃなくてぇ————戦争は? 騎士の本懐である———大戦争……って言うのは……ど~う?」


 フィストを筆頭に、続々とガラの悪い荒くれたちが、ゾロゾロと俺の前に現れる。

 ざっと数えても二十人はいる―――『スコルポス』の構成員たち。

 全員が武装し、俺に敵意を向けている———。


 そこで、俺はあることを思い出した。


 本来の『紺碧のオフィリア』での‶剣聖王〟———ナミ・オフィリアのシナリオというものを。


 それは、ヒロイン・ナミが主人公・ロザリオと敵対するシナリオだった。

 アリシア王女を誘拐するために———テロリストを引き連れながら……の。

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