第110話 アリサの姦計

 ついに決闘の時間となった———。


 アリサ・オフィリアはリングに上がり、赤い軍服を着ている。


 プロテスルカ帝国軍のものだ。彼女は将軍の娘らしく、一応軍に所属しており、こういう決闘の場では軍服を見に纏う、らしい。

 腰にはい刀が収まっていた。


 異様な刀だ。


 通常は細く長い形状をしているが、彼女の持つのは中世海賊が持っているイメージの太く、大きく湾曲した形の刀。

 鞘に収まっているので、どのような刃をしているのかわからないが———あれが伸びる刀か……。


 聖ブライトナイツの円形闘技場は観客である生徒で埋まっていた。

 歓声が空間を包み、熱狂している。

 卒業生のアリサと王女であるアリシアの決闘というのでたいして人は集まらないと思っていたが、俺の予想に反して多くの生徒が集まっている。

 観客の雰囲気はなんというか、浮かれている感じだ。

 全体的にほんわかとした応援の雰囲気。


 アリシアに対するものだ。


 彼女の健気さと美貌は、当然と言えば当然だが全校生徒から注目を集めており、男の隠れファンが多い。

 そういった———アイドルに対する応援のような空気が観客全体を包んでいた。

 

 それにしても……。


「遅いな……」


 決闘開始時刻まで一分もない。


 なのに———アリシアが現れない。


 このままでは、遅刻だ。


 決闘に遅刻した場合の明確なルールはない。

 というのも基本的にこの学園では決闘というのは、もめごとが起きた時に突発的で短絡的な解決手段の一つと考えられており、原則その場で行う。あるいは数分後に別の場所に換えてから行うようなものなので、このように日付を決めて大々的にやる決闘は少なく、それに遅れるなど想定外の事だ。

 

「ねぇ……シリウスちゃん。私が卒業したときは相手が5分経っても現れなかったら不戦敗ってルールが、裏ルールとしてあったんだけど。今の時代はどうなってるのかな? もしかして、あたし一日、二日も待たなきゃいけないの?」


 アリサがからかうような口調で聞いてくる。


「そんなに待たせるわけがない。オレ とアリシアとはついさっき別れたばかりだぞ? こんなに遅れるはずが……」

「会長———」


 ナミが俺の元に走り寄って来る。


「———時間になりました」


 困ったような顔をして、伝える。

 アリシアが———試合開始時間になっても現れなかったという事実を。


「バカな、アリシアはどこだ?」

「それが……控室を見に行ったんですけど、どこにも……その姿がなくて……」

「なん……だと……」


 アリシアが、いない……?


「あっれれ~? アリシアちゃんどこにもいないの~? せっかくアリシアちゃんをボコボコにできると思って、私の専用武器まで用意したのに~……あ~あ、ざんねぇ~ん……」


 アリサが体を揺らし、こちらに向かってくる。

 その———顔に浮かべる笑みが、何処か邪悪じみて見えた。


「アリサ……貴様、何か知ってるのか?」


「知るわけないじゃ~ん☆ 決闘前にビビって逃げた相手の事なんて」


「貴様……ッ!」


 カッと衝動的に腹が立ち、彼女の襟首をつかむ。


「何? 暴力でも振るうつもり? シリウスちゃん」

「必要があればな。貴様……何か知っているな? アリシアに何をした?」

「何々? あたしが何かしたっていうの~……どこにそんな証拠があるっていうのよ? そんな証拠もないのに人を疑うなんて———ダッサいよ」

「…………クソッ!」

 

 彼女を突き飛ばす。

 確実にこの女が何かをしているのはわかりきっている。だが、話してもらちが明きそうにない。


「ルーナ‼」


 観客席下で待機をしていたルーナに指示を飛ばす。

 ただ名前を呼んだだけだが、彼女はすぐに俺の言わんとしていることを理解したようで頷いて会場警備に当たらせていた仮面をかぶった古代兵ゴーレムを外に走らせる。


 古代兵ゴーレムをアリシア捜索に当たらせたのだ。


「この決闘は無効だ! 後日改めて……!」

「えぇ~後日ぅ~……? あたしさぁ、プロテスルカから使者として来ただけだから、短期滞在予定なんだよね。だから、時間がないの~……この決闘が終わったらすぐに帰らなきゃいけないぐらい」

「クッ……!」


 アリシアとアリサの決闘は、もう———叶わない。

 限りなく実現不可能になってしまった。すぐにでも見つかれば話は別だが、アリサのこの余裕を見る限り、それは難しいだろう。


「じゃあ、とりあえずこの決闘はあたしの不戦勝ってことで、いいかな? あたしにも予定があるからさぁ~、実はあと1時間しかこの学園にいられないんだよねぇ~」


 ダメだとはいいがたい。


 この状況———あまりにも俺に情報がない。


 まさか、アリサがこんな卑怯な手を使ってくるとは思いもしなかったし、アリシアがどうなっているのか、気がかりで思考もまともに働かない。

 そんな、内心混乱している俺に対して、アリサはニコニコと笑い、パンと手を叩いた。


「はい! じゃ~この戦いはあたしの不戦勝ってことで☆ ということでシリウスちゃんはあたしのお婿さんに正式になりました☆ けって~い! ここにいる全校生徒が証人になってくれるよね~!」


 アリシアの決闘理由は、俺の身柄みがらを賭けて。

 アリシアが俺とアリサ・オフィリアの婚約に反対しての決闘だった。

 だが、そのアリシアが来ないと言うのであれば……この決闘は……、


「これが貴様の狙いか?」


 ギロリとアリサを睨む。


「なんのこと~?」とアリサはまた気圧されずにすっとぼけ、


「まぁ、でも今時———正々堂々何てダサい真似は……しないよね☆」


 と———人を小馬鹿にするような笑みを浮かべて言った。


「そうか。よくわかった。貴様の魂胆も……貴様がどれだけ腐った人間性の女なのかも」


 妹とは全然違う———彼女は、ただのゲスだ。

 何故、あの妹がいまだに慕っているのかわからないが……そんなことは今はどうでもいい。


「俺との婚約がしたいのなら、好きにすればいい! 貴様で勝手に話を進めておけ! だが、アリシアとの決闘はしてもらう! 必ずだ!」


 俺はリングを降り、会場の外へと駆け出そうとした。


「え~、どうやってぇ~? アリシアちゃんはいないのにぃ~、それにこれだけ集めた生徒の前で何もせずに、逃げちゃうのぉ~? 天下の傲岸不遜、唯我独尊の生徒会長、シリウス・オセロットちゃんが~?」


 が———その背中に冷や水を浴びせられる。


「何が言いたい?」


 安い挑発だ。

 これを聞いてはダメだと頭では理解しているが、どうしても心が足を止めてしまう。


「本当に、このまま婚約を認めてもいいの? って聞いてるの」

「本当は、よくはない。だが、そもそもアリシアとの決闘が貴様の勝利であると認めてもいない」

「そうなんだ。でもさぁ~、とりあえずはこの集まった生徒たちに……何かしらの見世物は見せる必要があるんじゃない? せっかくアリシア王女を見に集まって来てくれた、慕ってきている子たちなんだよ~。何か、退屈しのぎはさせたいよね~……例えば~……あたしとシリウスちゃんの決闘とか?」

「何?」


 この女……何を考えているんだ。

 

 アリサ・オフィリアは明らかに何かを企んでいる、ニヤ~ッといういやらしい笑いを浮かべている。


「そうだよ♡ それがいいよ♡ あたしとシリウスちゃんで今度は婚約の話を賭けて決闘するの。シリウスちゃんは嫌なんでしょ~? あたしとの婚約。じゃあ、今度は当事者同士、シリウスちゃんがその身を賭けて決闘する。シリウスちゃんが勝てば、婚約の話は無効……その上、なんならあたしとアリシアちゃんの再戦を約束してもいい———どう?」


 今度はアリサと俺の決闘……だと?

 アリサは挑発的にリング外にいる俺に向けて手を伸ばしている。


 どういう———つもりだ……?


 ざわざわ……。


 観客の戸惑いの声が聞こえる。 

 確かに、ここで俺が何も言わずにアリシアを探しに行ってしまえば、悪評が立ちかねない。

 俺もアリシアも、アリサ・オフィリアから逃げたという評判が立ちかねない———。

 

 ならば———、


「……そうだな。オレのカワイイ生徒たちの手前……何もしないわけにはいかないか」


 振りむき、アリサを真正面から見据える。


「そうだね♡ なら、リングに上がってきなよ。あたしと、」


「———だが断わる」


 俺は———アリサの誘いをきっぱりと跳ねのけた。

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