第108話 ロザリオの調査。そして……、

「アリサさんは何かを企んでいます」


 都市ハルスベルクの裏通りで、ロザリオはリタと会っていた。


「うん……それはわかる」


 リタも同意する。

 この数日間———。

 頻繁に『イタチの寄り合い所』の裏事務所に出入りするアリサをロザリオとリタはこっそりとつけ、調べまわっていた。


「アリサさんは昔の聖ブライトナイツ学園卒業生に声をかけて集まりを開き、それも日に日に大きくなっています。大通りの酒場では毎日そのアリサさんが主宰する宴会が開かれているようで……でもそれも表向き。店を貸し切りにして中に入れないようにしています……」

「それに———プロテスルカ帝国から大量の武器が届いた」

「武器?」


 リタは頷く。


「魔法杖に……剣に……簡易魔法府……それらが『イタチの寄り合い所』に昨日届いて……表にも出ずにため込まれている」

「表に出てない? ボスはなんて?」

「何も言わない———聞いても念の為の備蓄だって」


 大量の武器の使用用途を、タルラント商会のボスであるグレイヴが明らかに誤魔化して言っている。

 商会のトップであるなら、商人としての基本になるべき人間である。

 そんな人間が、売れるものを売らずにただため込ませている。

 そんなの別の目的があるに決まっている。

 ということは———、


「ボスも、その企みに一枚噛んでいる……」


 リタが無言でうなずき、


「そうなった場合……私はボスの手足だから、従わざるを得ない」


 拳をギュッと握りしめて俯く。


「え?」

「例え―――アリサの企みがロザリオや、シリウスのような普通に生きている市民に害をなすことだったとしても、それがボスに認められているであれば、私は手が出すことができない。その上ボスも協力しているとしたら、私も協力せざるを得ない……」

「…………そうですか」


 ロザリオはリタがそういう人物だと言うことはわかっていた。

 彼女は親切で温かみのある性格ではあるが、『スコルポス』という組織に心酔している人物でもあるのだ。

 これがアリサ一人で、『スコルポス』の内部をかく乱させるような、街の治安を乱すだけの企みだと———ロザリオは踏んでいた。

 小規模なからめ手だと思っていた。

 喧嘩を売ってきたアリシア王女に対して、悪い噂をまき散らし、学園での立場を失くさせる。

 イヤらしい姑息な手を使ってくると思っていた。


 だが———実際はもっと大胆で、大きな思想が絡んでいそうだ。


「ロザリオ様……」


 薄汚い裏路地には似つかわしくない、ふわっとした雰囲気の少女が現れた。


「ルーナさん、わざわざこんなところまですみません」


 ルーナ・オセロット———聖ブライトナイツ生徒会の現副会長で、外道会長シリウスの妹。傍若無人な兄と兄妹とは思えないほど慈悲深く優しい人間だ。

 少女に、ロザリオはあることを頼んでいた。


「学園の方はどうでしたか?」

「はい……アリサ・オフィリア様は度々学園に訪れ、今の学生たちを集めて指導している様子で御座ございます」


 学園内部の調査だ。

 アリサは度々学園敷地内に出入りしていた。ロザリオも見ている限り様子を追っていたが、その目が届かない場所や生徒の噂集めのような調査はルーナに任せていた。


「指導……ですか。アリサさんは卒業生とは言え部外者ですよね。教職員からは何も言われないんですか?」

「言われてはいるようですが……軽い注意程度で、それにアリサさまは教職員からも人気があり、普通であれば問題行動なのですが黙認されているようでして……」

「ふぅ~ん……人気……か」


 アリサは愛嬌がある。

 だから、教職員と言えども味方になり、多少のことを見逃していると言う事なのだろうか。


「はい、健全に先輩として指導されているご様子でした。ただ……」

「ただ?」

「アリサさまが、指導のために道場に集められている方々……ガラの悪い、素行の悪い生徒ばかりなのが気になりました。追加指導なので当然と言えば当然なのですが、成績不良者ばかりで……先日のナミさまの百人斬りの被害者。それに該当する人物が多く……狙って集められたように感じました」

「……ありがとうございます。何かありましたらまた連絡します」


 ロザリオはルーナに手を振ると、ルーナはうやうやしく一礼し、去っていく。


「…………やっぱり、何かありそうですね」

「ある、の?」

 

 ルーナからの報告を聞いて、ロザリオは顎に手を当てて考え込む。


「そう思います。マフィアとのつながり、学校の不良少年との頻繁な接触……もう少し、僕も踏み込む必要があるかもしれません。ここからは僕一人で調べてみます」

「いい、の?」

「ええ、リタさんは『スコルポス』の中枢の人間です。僕は一応『スコルポス』に所属してるとはいえ、新参ですから。そこまで忠誠を誓っているわけではないですし……もしも会長や王女が危険だとしたら、警告ぐらいはしておきたいので

 

 ロザリオは『イタチの寄り合い所』の裏手口へ向かって歩き出す。


「どうする……つもり?」

「決定的な証拠を掴みます。アリサさんが何をしようとしているのか。その情報を———」

「見つけてどうする……の? 危なくない?」


 心配するリタに向けて、ロザリオは親指を立てる。


「大丈夫ですよ☆ 僕はこう見えて結構強くなりましたから、あなたのおかげで———それに、やっぱり僕って〝正義の味方〟を諦めたくないんですよ。だから、こう裏でコソコソやって身の周りの人間に危険が及びそうだったら、それを防ぐために全力を尽くしたい。それだけなんです」


 そしてリタに向けて手を振って去っていった。

 その背中を——リタは心配そうに見つめることしかできなかった。

 悪い予感がしていた。

 

 予感は的中していた———次の日、ロザリオは学園に登校せず、行方知れずとなった。


 ◆


 修行七日目———。

 アリサとアリシアの決闘前日。

 日が傾き、あと数時間もすれば赤くなり始めるという頃———『黄昏の森』にて。


「100体目————ッ!」


 アリシアが空中でウォータースライムのコアを切り裂き、撃破する。

 そして水に着水し、立ち上がり、両腕を天に掲げた。


「やっっった~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼‼‼」


 アリシアは最初の目標である一週間でウォータースライム100体撃破を最終日にして達成した。


「凄いな……」


 正直、できるとは思っていなかった。

 最初は一日でどう頑張っても5体しか倒すことができなかった。それから数日で一日に30体以上平気で倒せるようになり、めきめきと討伐スピードを上げていった。


「まぁ、これぐらいは……」


 と言いつつも、アリシアが喜んでいる様を微笑んで見つめているナミ。


「これもお前の指導の賜物だな」

「え……⁉ 私の?」


 俺の言葉に大げさに驚くナミ。


「そうだろう。お前がいなければ、お前があの歩法を教えなければ、スライム100体討伐などアリシアには到底達成できない目標だった。お前がちゃんと丁寧にアリシアに向き合ったからこそ———あの笑顔がある」


 ジャブジャブと水をかき分けて近寄って来るアリシアの笑顔は晴れやかだ。


「そう……ですか……」

「ありがとう! ナミさん―――いや、ナミ先生!」

「せんせい⁉」


 湖から上がり、服を絞りながらアリシアは言う。


「うん! ここまで教えてくれたんだからな! 流石に敬意は持つさ。あぁ、だけど、ボクの第一の師匠は———そこのシリウス・オセロットだから。二番目の‶先生〟ってことにさせてくれよな」


 何だか偉そうなところが王女アリシアらしい。

 若干上から目線で尊敬してやると言われても、嬉しくはなく、ただただ反応に困るだけだと思うが。


「せ、先生……王女様から……親し気に……嬉しい……ふひひ」


 当の本人であるナミは嬉しそうにニヤニヤ笑っているのだから良しとするか。


「これで二人目だな」

「え?」

「ナミ、お前には二人目の友達ができた。そうは思えないか?」

「あ———」


 ナミは元々、友達の作り方を生徒会に相談しに来ていた。

 いろいろあったものの、ようやく彼女もその作り方というものを実感できたのではないだろうか。

 同じ時間を共有し、心を開いて話し合あえるようになった関係性。

 それをアリシアとナミは一週間で築いていた。


「そう……ですね……」


 ナミがアリシアを見つめる瞳は何処か―――気安い。

 重い感情がこもっておらず、ただただ気安い好意のみがそこにはあった。


 もう、心配いらないな。こうやって自然と友達を作ればいいというのが分かったのだから。


「よし———帰るぞ! 明日は決闘だ!」


 それに向けて、これからしっかりと休まねばならない。

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