第107話 修行の日々は目まぐるしく過ぎていく
修行の日々は3日目、4日目、5日目、6日目と矢のように過ぎていった―――。
「———69体目ッ!」
アリシアのウォータースライム退治に使える時間は午前の4時間程度、太陽が昇って、頭の真上に登る間だけ。
それなのに彼女はめきめきと実力をつけていき、一瞬で討伐できるようになっていった。
それもナミから剣仙源流剣術の歩法———〝陰ノ歩〟という体内魔力活用術を教わったおかげだろう。
魔力———アリシアの場合、正確に言うと
それにより背の高いウォータースライムの頭部にある
戦闘時間が短くなれば、当然体力の消耗も少ない。
その分休憩の時間も少なくて済む。
そして午後は———ナミへ向けての打ち込み稽古。
十メートル離れた場所からひたすらナミへ向かって突進し、一歩で、一瞬で到達出来たら〝よし〟なのだが———。
「———ダメです! もう一度……!」
アリシアはどうしても、十メートルの距離を一歩で到達すると言うことができない。
どうしても途中で足をついてしまい、それがタイムロスになる。
中々、その一歩一瞬ということができない。
二歩で到達することは習ってから一日目でできたが、そこからが大きな壁だった。
今日も———アリシアはひたすらナミへ向かってぶつかっていく。
足に
―――その光景を背に、俺は一人森の中へ入っていった。
少しだけ荒い獣道を進む。
伸びっぱなしの草木を鬱陶しく思いながらも、歩みは止めない。
しばらくそうやって進むとざーっと静かな滝の音が聞こえてきた。
「まぁ、修行と言えば……ここが定番だろう……」
滝だ。
アリシアらがいる湖の上流にある、人二人分の高さしかない小さな滝。
そこで俺は———修行しようと思った。
完全に、アリシアに感化された。
これを機会に、シリウスの身体を、そのスペックを見つめなおそうと思った。
「ふむ、まずは……」
じゃぶじゃぶと川の中に足を踏み入れて、滝の流れの下に立つ。
「滝でも、割って……みようか、な!」
拳を振り上げる。
すると―――俺の拳から暴風が吹き荒れ、たやすく滝は二つに割れた。
「普通にできた……」
そのことに少し引く。
「やっぱり、攻撃時には思ったように魔力は応えて、思ったように拳の先に攻撃力として発揮される。それこそ———騎士が使うような〝士活法〟というやつで……」
やがて割れていた滝が一つに戻る。
その流れ落ちる水に手を入れてみる。
「……この程度でも、魔力のバリアは発動するみたいだな」
シリウスの身体の表面には魔力の薄い膜があり、それが全身を覆い、攻撃が来ると反応してバリアになってくれる。
普通に物を触る時や、人に触られる時には発動しないので、ある程度の〝圧力〟によって発動するとは思っていた。
やはり、高所から流れ落ちる大量の水の圧力———その程度でも発動するらしい。
ほんのりとだが———。
「全く手に水が当たってる感触がしない……」
滝に手を突っ込んでおきながらも、全く水で押されている感触がしない。触れている感触がしない。
全て、手の表面で滝の水を遠ざけているためだ。
俺は「ふむ」とうなり、滝から遠ざかる。
そして次の訓練だとばかりに、遠くにある岩に手をかざし、
「————水よ!」
と、手から水の弾丸が飛びでるイメージをしてみた。
何も……起こらない。
静かに滝の音が響き続けるだけだ。
俺は「ゴホンッ!」と咳払いし、誰も見ていないことを確認しつつ、岸辺へと戻った。
そこに、キャンプ地から持ってきていた本を置いていた。
―――【バカでもわかる基礎魔法】。
この世界で、魔法知識の何もない俺にとって助けとなる聖典と言ってもいい本だ。
「やっぱり、俺は詠唱しないと基礎的な魔法も使えないか……何々?」
中を開いて、初めの方のページを読む。
「———〝訓練をつむか、その人の資質に適応する属性であれば無詠唱で魔法を発動することが可能……人間という生き物には一つだけ資質に合った属性の魔法がある。それを得意魔法という言い方もする〟……得意魔法、ねぇ……」
声に出しながら読む。
ナミは風属性と言っていた……斬撃などを空気を使って飛ばすから、剣豪にとっては最も必要なものなのだろう。彼女はやはり生まれながらの剣の天才というわけだ。
じゃあ———シリウス・オセロットは?
「こいつの得意魔法なんて知らねー……ゲームで見た時は……いろんな魔法を使っていた気がするけど、全部詠唱していたような気がする……戦い方だって、大量に魔力がある無敵の肉体頼り―――〝
こいつの得意魔法って……何だ?
俺は、本にある〝属性〟の項目を読む。
「———〝自然界にある基礎五属性以外にも、活魔法とも呼ばれる生命に宿っている生きる力に紐づけられた魔力を生命属性と呼び、既に滅びた魔族のみが使える光・闇の属性を含め、過去には基礎七大属性と呼ばれたいた〟……か」
その一文を読みながら、俺は〝闇属性〟という項目に注目した。
「闇属性……ロザリオの持っていた魔剣の
ロザリオは魔剣に操られ、魔力を影のように形造り、俺との決闘では使っていた。
俺はジッと自分の手を見つめる。
「あの、夢で見た精神世界が本当なら、魔王は俺の中に……そして、魔剣も俺の中に……」
以前、不思議な夢を見たことを思い出す。
そこで、魔王を名乗る少女と出会ったことを———。
「なぁ、答えてくれ。魔王、シリウスの得意魔法って何なんだ? シリウスってそもそも何なんだ?」
虚空に問いかけてみるが、聞こえてくるのはただ滝の音だけだった。
◆
ある日の夜———。
『イタチの寄り合い所』の裏手、『
その組織のボスであるグレイヴ・タルラントはワインを片手に大口を開けていた。
「ガッハッハ! 相変わらず面白い嬢ちゃんだ!」
「ウチのワインを気に入っていただけて何よりです~、百年ものなんですよ~」
グレイヴが置くワイングラスにすぐさま次のを注ぐのは、アリサ・オフィリアだった。
「それで———何度も何度もウチにきちゃ上等な手土産を送ってくるが……そろそろ本題に入ってもらおうか? いい加減、国としての使者という理由だけじゃあるめぇ? お前は何がしたい?」
部屋の雰囲気が変わった。
グレイヴは注がれたワインに口を付けることなく、値踏みするようにアリサを見つめている。
アリサも、雰囲気を変える。ニコニコとした仮面のような笑顔は貼り付けたままだが……どこか冷たい感じになっていた。
「———そうですね。少し……兵隊をお貸し戴けないかと思いまして」
「兵隊? そんなもの何に使う?」
「いえね……ちょっと〝大事〟にしたいことがありまして」
「卑怯な裏工作って奴か? 悪いが儂の身内にそんな汚ねぇことをさせるわけにはいかねぇ」
「卑怯な真似だなんてそんな! ちょぉっと……お姫様に酷い目に遭ってもらうだけですよ」
「お姫様?」
アリサの張り付いた仮面からは、感情が全く読み取ることができない。
「そんなことをして何のメリットがある?」
「メリットとかそういうのは———置いといて、全部、滅茶苦茶にしたくなる時ってありません?」
「………………」
「私にとってのメリットはともかく———『
「今後……か」
「ええ……今後……です」
そのように密談を重ねる二人を———扉の隙間からロザリオ・ゴードンがこっそり見つめていた……。
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