第105話 陰キャの歩法を学ぶ

 湖から少し離れた、森の中。

 道をあるいて少し横幅が広い地点でナミは足を止め、アリシアに向き合った。


剣仙源流けんせんげんりゅう一ノ太刀いちのたち雷花らいか……それは恐ろしくシンプルな技で、言ってしまえば〝高速移動をして近づいて斬るだけ〟です……」

「はぁ……」


 それができたら苦労はしないと、アリシアはとりあえずゆるっと剣を構えた。

 ナミとアリシアの間は十メートルほど離れている。

 だから、アリシアはナミの接近には時間がかかると思い油断し、剣に力を込めていなかった。


「いきます。よく見ていてください」

「うん……」


 目にギュッと力を込め、ナミの全身を観察する。


「え———」


 観察していた———はずだった。


 次の瞬間、アリシアの剣が———宙を舞った。


 きぃん、という音が遅れて聞こえてきた。

 ナミの位置はアリシアの眼前———そこにいて、刀を振り抜いている。


「見えましたか?」


 ナミが弾き飛ばした剣が、地面に刺さる。


「う、ううん……」


 自信なさげで、何とも曖昧なアリシアの答え。

 そう答えたくなるのもわかる。

 確かにナミの〝動き〟は———見えた・・・見えなかった・・・・・・


 ―――彼女は十メートルの距離を一歩で、刹那のに詰めたのだ。


 瞬きをしていたら、場面が変わったようにナミの場所が移動しているように感じただろう。

 瞬きをしていないくても、一瞬で十メートルという長い距離を移動したので脳みそがバグる。

 自分の網膜を通して脳に伝えられた光景が正しいのか? もしかしたら錯覚をみせられたんじゃないか? と脳が混乱し続けている。

 それぐらい―――ナミの居合術は常人離れしていた。


「これを……やってください……」

「えぇ……」


 無茶ぶりだろうとアリシアは肩を落としかけるが、直ぐに首を振って頬を両手で張る。


「いや! これぐらいしないと……ナミさん! やり方を教えてください!」


 一度地面に刺さった剣を走ってとり、、前に突き出すようにして構える。

 腰のラインに手を置いて構える―――日本の剣道でいうところの中段の構えに近い。

 両足をがに股に開き、左肩を前に突き出し、身体を斜めに向ける体勢は、真正面に相手を捉える剣道とは違うが、これがこの世界の騎士のスタンダードの構えなのだろう。


「それ……違います……あ、あぁ……ちょっとお体をさ、触りますよ……」


 ナミはそれを否定し、アリシアの身体に陰キャ全開のおどおどした手つきで触れ、構えの体勢を変えていく。


「え……っと、この構えコレ、ナミさんと同じじゃないか……」


 腰を深く落として剣を鞘にしまい、利き手の逆、左の手で鞘を握りしめる。

 そして利き手である右手を———そっと剣のつかに添えさせる。


「は、はい……そうしないと……駆け出しにくいですから……フ、フヒヒ……」

「?」


 ナミは「は、初めて王女様に触った……い、いい匂いした……」と気持ち悪い独り言を言っていたが、幸運にもアリシアにはそれが単純によくわからないリアクションと映り、気持ち悪いと言う感情を抱かせなかったようで、純粋な表情で首を傾げるだけだ。

 そして、ナミはアリシアに向き直り気持ち悪い笑みを、顔から徐々に消しながら説明する。


「剣仙源流は……い、一歩———た、たったの一歩いっぽで相手の懐に入る必要があります。そこまで爆発的な力を持つ踏み込みをするには体内魔力を操る〝士活法〟がカギとなります。全身全霊の魔力を踏み込むたった〝一歩〟に込めるのです」

「一歩に、込める……」


 ナミが指さす、自らの足元にアリシアの目が集中する。


「足の爪先から———頭の髪の一本まで宿る〝魔力〟を踏み込む左足の親指一本だけに———込める!」


 瞬きをしている間に———ナミの姿が消えた。


 彼女は、自らが先ほど説明したやり方で、地面を蹴り移動したのだ。


「———これが剣仙源流剣術の基本になります。一瞬で相手と自らの間の距離を詰める足遣い―――〝いん〟と呼ばれるものです……」


 ナミは移動した先、アリシアの真横で説明を続け「いつの間に真横に———⁉」と驚かれ、飛びのかれている。

 引かれたことにちょっとショックを受けたような顔をしながらも、ナミは続ける。


「魔力が使えない。自然界の魔力を操ることができない才能ゼロ———〝ヴィクテム〟でも、体内魔力は操ることはできると聞きました……その……創王気そうおうきでも、魔力を一点に集中させると言うことは……できるんじゃないですか?」


 同様に、と最後に説明を付け加えて「———以上で説明を終わります」と丁寧にお辞儀をするナミ。

 そして、また〝陰の歩〟とやらで瞬く間にアリシアから距離を取って、かかって来いと言わんばかりに刀を前に、切っ先をアリシアに向ける形で構える。


創王気そうおうき を魔力と同様に一点に……できる……と、思う……創王気そうおうき!」


 アリシアは青い光のオーラを全身から発し、


「ふぅん―――――!」


 目と目の間に皺をよせ、ほっぺを膨らまし、全身に力を込める。


 わずかに———青のオーラが頭から消えていき、足が大きく輝き始める。


「お―――!」


 思わず俺は声を上げてしまい、ナミは目を見張っていた。

 体内魔力というのは、外からは見えない。

 ―――いや、見えにくいと言う方が正しい。その名の通り生命の身体の中にあるもので外から見えるほどの発光現象にはならないのだ。


 だが、アリシアの創王気そうおうきは青く、強く光る。外から見える。


 だから———、一目ひとめで彼女の力が何処に集中しているのかがわかった。


「できた———!」


 アリシアが駆ける。


「できてません……!」


 とん、とん、とん、と三歩地面を蹴ってナミに到達するアリシアを刀でいなす。

 刃を自らに向けるように———逆刃さかばに持ち替え、彼女の足元———足の甲に当てて、下から上へとすくい上げる。


「痛—————ッ⁉」


 くるりと空中で一回転した彼女の身体は勢い余って、後ろの気にぶつかった。


「今のは完全に足元へ魔力が集まっていませんでした……頭からは消えていましたが、上半身全体にはまだ散らばっている状態……もう一度です」

「クッ……!」


 立ち上がり、再び足元に創王気そうおうきを集中させようとする。

 訓練には、魔力よりもあのオーラの方がいいかもしれない。

 周りから見て何処に魔力が宿っているのかわかりやすく―――、


「はぁ———!」

「まだです! まだ、下半身全体に散らばっています!」


 くるんっ!


 また、アリシアの身体が宙を舞った。

 ———指導がし易い。

 もしかしたら、これはアリシアにとって、剣術を身に着ける大きなアドバンテージになるのではないかと俺は思った。


 完全に———師匠の座は盗られたな、と思いながら。


 少しだけ……寂しい。

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