第104話 無能王女

「アリシア王女が……魔法を使えない?」


 ナミがアリシアの言葉を復唱する。

 それに、静かにアリシアは頷く。


「でも……その……光る剣を使っているじゃないですか? 創王気そうおうきという名前の……」

創王気そうおうきは王家にだけ使うことを許された特別な力———身体能力を強化して、高熱の魔力を纏うことができる。ボクはそれを使える。だから———誤魔化してた」

「誤魔化して、いた?」

「うん、普通の五大基礎属性魔法も、そのほかの応用無属性魔法も僕は使えない。偶にいるんだろう? そういう魔力に愛されなかった人間が———それがボク」


「〝ヴィクテム〟……」


 ナミがぽつりとつぶやいた。


「そう、ボクは世間一般で言うところの〝ヴィクテム〟。人間でありながら魔法が使えない———他の人間に魔法の才能をあげちゃったせいで、自分の才能を持たずに生まれてきた———そう考えられている、生贄ヴィクテムって呼ばれる人間だ」


 アリシアは魔法の才能がゼロの人種———〝ヴィクテム〟である。

 これの設定を、俺は知っていた。

 原作ゲームの『紺碧のロザリオ』でのアリシアの秘密。彼女はそれをコンプレックスに思っていた。だからこそ、自ら強くなろうとがむしゃらに努力していたし、結果が伴わなくて常にイライラしていた。


「ハハ……でも、王家に生まれたことは幸運だったよ。基礎魔法は使えなくても創王気そうおうき があったから、普通の騎士たちと同じような身体能力強化が使えた。体内の魔力を操作する騎士の身体強化術士活法しかつほう———活魔法かつまほうとも呼ばれる、それの似たようなことはできたから……何とか誤魔化せてはいるんだけど……自然の物を操るような、自分以外の存在に干渉する魔法は———無理なんだ」

「————ッ」


 ナミが手で胸を押さえ、俺を見る。

 どういう反応をすればいいのか、戸惑っているようだ。

 かける言葉が、ナミには見つけられないのだろう。

 だが、アリシアはせきを切ったように、自らの弱みを告白し続ける。


「だから、実はボクは王家での立場は———ないんだ。元敵国であるプロテスルカのミハエルへの嫁入りが早々に決められたのもそのせい。魔法の才能がまったくないのに魔法騎士を育てる聖ブライトナイツ学園に入れられているのもそのせい。本当にミハエルと仲良くなって貰うためだけに学園にいるんだ……ハハ、笑っちゃうだろ? 何の才能もない無能な王女は政略結婚にしか使えない。城ではみんな、ボクのことを陰で〝無能王女〟———って呼んでる。王女なんて名ばかりの女なんだよ。ボクは———」

「アリシア王女……」


 アリシアの言葉に、ナミはただただ胸を抑えることしかできない。

 渇いた笑いを漏らし続ける彼女が、今までどれだけの仕打ちを受けてきたのか、それは想像することしかできない。できないが、その日々は簡単に笑い飛ばせるようなものではなかっただろうに。

 それでも、彼女は自虐めいたものではあるが———笑顔を浮かべて語り続ける。


「でも、ボクはそんな運命に逆らいたいんだ。強くなって、立派な騎士になって、この国の役に立てると父様に証明する。ボクを、アリシア・フォン・ガルデニアを認めてもらう……そのために、ボクは何でもするつもりだ……例え、無茶な特訓だろうとも……」

 

 椅子から立ち上がる。

 だが、その足にはまだ疲れが残っているようで若干のふらつきを見せる。


「さぁ、もう充分休息をとった……修行再開だ」


 剣を携え、湖を見据え、ウォータースライムが出るのを待つ。


魔孔まこうが出るまで、少し待たなきゃいけないか……」

「アリシア王女……少しよろしいでしょうか?」

「ん?」

創王気そうおうきというのは……体内魔力と同じように、活魔法として身体能力増強に使えるんですよね? つまり、騎士としての基本的な〝動き〟はできる———と?」

「ああ、そうだ。だから、結局ボクがアリサさんに勝つ方法は一つで———触手のように伸びる攻撃をかいくぐって接近するしかない。そのために結局は地道に訓練を積み重ねるしかない、だろ?」

「そうではあるんですが……少し、私から提案があります。本当は———これはオフィリア家以外の人間には教えてはいけない技なんですが……」

「え?」 


 ナミがアリシアに背を向け、刀を抜きながら歩く。


「お教えします。門外不出の剣仙源流けんせんげんりゅうの技を———その一ノ太刀いちのたち———雷花らいか、を」

「剣仙源流……ナミさんの剣聖王の剣術を……直々に教えてくれるってことか⁉」


 ナミはコクリと頷き、森の中へと歩いていく。


「湖から離れましょう。魔物がいては教えづらい」

「教えづらい……? 魔物に対して技を披露した方が、わかりやすいんじゃないか?」


 まだ、魔孔まこうは出現しておらず、練習台に丁度良さそうなウォータースライムもまだ出てきていないが。

 それに対して見本の技をぶつけた方がいいのではないかとアリシアは指をさす。


「いいえ……王女には体で直接覚えてもらいます———手合わせ……です」


 その言葉に、アリシアの背筋がピンと伸び、空気が張り詰め始めた。

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