第103話 魔物はどこから来るのか?

 修行のさなか。

 10体目を討伐したところで、太陽が丁度頭の上まで昇った。


 ウォータースライムも出現しなくなったので、俺達は昼食をとることにした。焚火たきびを囲んで白飯ライス羽根つき兎フェアリーラビットの肉を食べる。

 アリシアの修行時間中、ナミが捕まえてきた小型の魔物の肉。

 現実のウサギがどんな食感なのかは知らないが、この世界の羽根つき兎フェアリーラビットは、鶏肉とほとんど変わらない食感だった。


「大丈夫か?」


 兎肉を骨から引きちぎりながら、アリシアに尋ねる。


「え?」


 彼女は膝にライスが盛られている皿を乗せ、右手に焼けた骨付き兎肉を持っている。が、それに口をつけようとはせず、ボーっと虚空を見つめていた。


「食事が進んでいない様子だが?」

「あ、いや……違……ちょっと疲れてて。それにあと6日しかないのに100体までは程遠い……もうそろそろ慣れてペースアップできるかなと思っていたんだけど……」


 そう言ってアリシアは湖面を見る。

 彼女の討伐ペースは昨日と変わらない。一日と少し時間を費やして、討伐できた数は10体だ。

 そして、彼女は明らかに疲労していた。

 目に覇気はないし、今のように空き時間に虚空を見つめることも多くなっている。


「……ナミ。やはりこの修行メニューはアリシアには厳しすぎるんじゃないのか?」 


 彼女には合っていない。

 そう進言してみた。

 アリサの剣術を知るナミが課したメニューなのだから、こなせば確かにアリサに追い付けるのだろう。だが、そもそもこなせなかったら意味がない。

 ナミは俺に視線を向けず、刀を持って立ち上がった。


「まぁ、大丈夫だとは思いますよ。確かに少しペースは遅いかなって思いますけど……人間なら誰でもこなせないことはないと思うので……」


 そして、真っすぐ湖面へ向かって歩き出していく。


「それはお前が天才だからそう思っているのではないか?」


 ナミの背に問うてみる


「そう……かも……でも、この方法ぐらいでしかお姉ちゃんの剣に勝つ方法は思い浮かばないですから……」


 ナミが刀を構える。

 彼女は俺との会話にそこまで意識を向けておらず、別のことに集中していた。


 そして———泉の上である現象が起きた。


 空間に———〝黒いあな〟が突然出現した。


 その中から黒い雷がバチバチとほとばしり、湖の水に当たり、跳ね返る。


魔孔まこうか……」———と俺はその黒いあなの名称をつぶやく。


「はい……今はアリシア王女が休憩中ですので、私が潰します……あれを放置していると———」


 ナミが刀を振るう。


 すると―――その振った刃の先から空気の〝揺らぎ〟が生じる。


 を描いた真空波———それは一瞬で黒い孔まで到達し、真っ二つに斬り割く。


 彼女が発生させたのは〝飛ぶ斬撃〟だった———。


 漫画でよく見るような技をナミはたやすく発動していた。


 ザザ~……。


 黒い孔は消失した————。


 が、その真下から水面が盛り上がりゲル状の魔物———ウォータースライムが出現した。


「———魔孔まこうは魔物を出し続けます、ので!」


 再びナミが飛ぶ斬撃を飛ばすと、ウォータースライムのゼリー状の身体をたやすく貫き、そのコアをまた真っ二つにする。


「こうやって―――潰さないと駄目なんです……」

 そして、たった今出現したばかりの魔物はこの世界での生涯を一秒とも経たずに終え、ゲル状の身体が黒ずみ、塵と化していく。


「すまない。ここいらの地域は日中は魔孔まこうが出現しやすいんだったな」

「それにこの泉には魔力粉まりょくこを撒いてますからね……アリシア王女の修行のために」


 俺とナミの言葉を聞いていたアリシアが———、


魔孔まこう———魔物を発生させるゲート。そこから魔物が出現する……魔物はその黒い孔の〝中から出る〟のか、それともあの孔から発せられる黒い雷によってこちらの物質が〝魔物化〟しているのかはわかっていない……」


 ―――魔孔まこうがなんであるのかを独り言のように呟く。

 アリシアのその言葉にナミも呼応し、説明を繋げる。


「そう、ですので……アリシア王女の修行のためにウォータースライムを大量発生するべく、この湖に大地の魔力を増加させる粉———魔力粉まりょくこを撒いて、魔孔まこうを2つ、3つと同時に発生させていたんですが……」

「……………」


 一度に大量に出現するウォータースライムにアリシアは対応できなかった。

 触手にからめとられて動けなくなり、にっちもさっちもいかなくなっているところを、ナミが先ほどと同様の真空波で助けるという光景が、修行の開始直後にあった。

 やはり、この修行メニューはアリシアには無理なのではないか……?

 改めてそう思えてきた。


「でも……今私がやったようなことを……要はやればいいんです……」

「え?」


 刀を収めながら、ナミはアリシアの方を向く。


「アリサお姉ちゃんは伸びる剣を使います。つまり、単純にリーチが長いんです……そのリーチの長い攻撃が当たる前にこっちの攻撃を当てないと勝つことができません」


 当たり前の理屈を前提としナミは言う。

 彼女は指を二本立てる。


「そんな相手に勝つ方法は二つ。その攻撃の合間をかいくぐって肉薄する。昨日からアリシア王女がやろうとしている方法です。リーチの長い攻撃の最大のリスクは接近されたら何もできないこと。だから、ウォータースライムの触手を伸びる剣の代わりに練習を……その、させているところです。私だったら、お姉ちゃんの剣をそうやって対処します……」


 次にと、ナミは指を一つ折って続ける。


「そしてもう一つが、こっちの方がリーチの長くて速い攻撃を繰り出せばいいんです。さっきの……私が使った……一応、こっちで言うところの斬撃魔法・衝波剣ショック・ブレイドみたいに……」


 先ほどの真空波の名称を、なぜだか自信なさげに言うナミ。


「にょーん、って伸びるお姉ちゃんの剣より、ざんっ、って飛ぶ斬撃を放てば、それでも勝つことはできます。あまりにも触手を避けるのが難しいなら、アリシア王女はそういう方法を取ればいいんです……要は、速く相手に着弾する魔法を発動すれば斬撃魔法じゃなくても……アリシア王女得意魔法って何ですか?」

「得意魔法?」

 

 そんなのがあるのかと、俺が尋ねると、ナミの注意がアリシアから俺へと向けられる。


「はい……私は風属性が得意魔法で……そういった生まれつき魔法が、才能みたいなのがあるんです。ミハエルみたいな……」

「あ、あぁ……」


 そういえば、あいつは土魔法のエキスパートで頑なにあればかり使っている。

 それは、好みでもあるのだろうが才能でもあるということか。

 そして、ナミは体内の魔力を使いこなし、常人では目で捉えることも難しい肉体の動きを可能にしているということか……。


「アリシア王女にもあるんじゃないですか? ……もしもまだ見つかっていないとしても火・水・雷・土・風の基本属性魔法なら簡単な遠距離攻撃魔法がありますし……それでなんとかするという手も……」


 昨日、修行が始まる前にしてやれというアドバイスを今更ながらアリシアに送るナミ。

 近頃愛読している【バカでもわかる基礎魔法】。

 それの最初の方に書いてある『炎の珠フレアボール』を始めとした、基礎的な自然現象を玉として飛ばす魔法。

 俺はまだ不慣れだから、攻撃として応用ができないが、魔法の熟練者ならば銃弾のような攻撃に使える―――そういう感じで書いてあった。

 その……にょ~んとかいう剣に対しても、ミハエルのように土魔法の弾丸が使えることができるのなら、手としてありなのではないかとアリシアを見やるが———、


「ハハ……実は……その……ボクな……」


 彼女は渇いた笑いを浮かべて、言う。


「———ボク、実は魔法……使えないんだ。そういった才能、ゼロなんだ」


 驚きの告白を———した。

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