第98話 一日後、in黄昏の森にて

 夜————。


 ギャア、ギャア……!

 

 どこかで鳥の魔物の泣き声が響き、木々を騒めかせる。

 外が真っ暗な中、魔光ランプの明かりが〝テント〟の中をぼんやりと照らす。


「ス~……ス~……」


 隣には、寝袋にすっぽりと収まっているアリシアが寝ている。


「うぅ~……うぅ~ん……」


 更にその反対側には寝苦しそうに寝返りをうつナミ・オフィリアがいた。

 俺は———シリウス・オセロットは一つのテントの下で王女と学園最強に挟まれて寝ころんでいた。

 後ろ手を枕に、俺はテントのフレームにるされた魔光ランプの光をボーっと見つめている。


「どうして……こうなった?」


 ここは———『黄昏の森』。


 先日モンスターハント大会で生徒を鍛えるために俺が連れてきた森の中を、今度は三人でやってきている。


「どうしてこうなったのだ⁉」


 再び、答える者のいない疑問をぶつける。

 両隣で寝ている二人は昼間の激しい運動のせいで疲れ切っていて起きる気配がない。

 どうしてこうなったのか―――本当はわかり切っている。

 修行だ———。

 一週間後に控えたアリシアとアリサの決闘のための———。

 それにどうして俺が付き合わなければならなかったのか?

 どうしてナミ・オフィリアまでここに居るのか?

 話は、38時間———巻き戻る。


 ◆


 38時間前———。


「本当にアリサおばさんと決闘だって……⁉ そんな、何て大変なことをしでかしてくれたんだ! アリシア!」


 動揺するミハエルが手を振り回してアリシアを糾弾する。


「僕が言うのもアレだが————本当にこれはワガママが過ぎるぞ! 君は王家の立場を、国家というものを何だと思ってるんだ⁉」

「うるさいな……ボクだって過ぎたことだってことはわかってるよ。だけど、あの人は気に食わない。リサさんは、間違ってる。国同士の戦略とか、同盟とかいろいろ彼女の方が正しいのはわかっているけど……あんなに気持ちのこもっていない人間の行動が……正しい結果を呼び込むとはボクには思えなかったんだ……」


 唇を尖らせて言うアリシア。


「まるで意味が分からないぞ! アリシア! どうしてだよ! 昨日一緒に踊っていたじゃないか! あんなに仲良さそうにしていたじゃないか⁉」


 

「あの時はあの時だ! リサさんとは仲良くなれると思ったんだ! 気さくで楽しくて……だけど、少し近くにいるだけでわかった。あの人は———空虚なんだ。虚しいんだ……上手く言葉にできないけれども……あの時に見せた顔は……上っ面な気がする」

「……アリシア! 君はとんでもないことをしている! 政治的な問題もそうだが、アリサ・オフィリアがナミ・オフィリアの姉ということを忘れていないか? 学園最強の姉だぞ! 昨日のシリウスとの決闘での刃が君に向くんだぞ⁉ 勝てるわけがない……」

「————ッ!」


 アリシアの目が見開かれる。

 そのことをすっかり忘れていたかのように。


「アリサおばさんは妹ほど目立ってはいないけど、強いんだ! 特別な遠距離からでも届く剣を使う……なんか僕も見たことないからよく知らないけど……剣が伸びるらしい! それで彼女は〝処女剣聖しょじょけんせい〟なんて呼ばれている!」

「処女剣聖?」


 何だか珍妙にさえ聞こえる二つ名に、アリシアが首を傾げる。


「絶対に触れられないって意味だ! アリサおばさんと戦う人間は彼女に指一本触れられずに負ける! それだけの相手なんだよ彼女は……下手すると、アリシア、君は命を落とすかもしれない……怒ったあの人は、何をするかわからないからな……」


 ミハエルはこうしてはおれないと扉へ向かって歩き始める。


「何処に行くんです? 皇子?」


 ちょうど近くにいたロザリオが尋ねる。


「アリサおばさんのところだ! 決闘の取り下げを受諾するように説得する。アリシアとアリサおばさんを戦わせてたまるもんか!」

「やめろ! ミハエル余計なことをするな!」


 バタンと、アリシアの言葉は届かず、ミハエルは出て行ってしまった。


 そして、シン……と生徒会室の中に沈黙が訪れる。


「それで、どうするつもりなのだ?」


 この状況、生徒会長のシリウスが口を開かなければ状況は動かないだろうとアリシアに問いかける。


「勝てる算段はないだろう? アリシア、お前は王女とは言えまだ普通の騎士学生だ。この剣聖王の姉であることは勿論もちろん 、この学園の卒業生なのだ。家に戻り多少のブランクはあるかもしれないが、普通のお前が明らかに上の人間である彼女に敵うと思うのか?」

「………………ッ」


 アリシアは悔しそうに歯噛みすることしかできない。


「仕方がない……決闘はオレが引き継ぐ」

「え、師匠が⁉」


 俺は立ち上がり、ミハエルの後を追おうとした。


「元々これはオレとアリサの問題だ。いきなり婚約者だと親から決めつけられたのだからな。それをオレは飲んだ覚えもない。だから、オレの手でケリをつける」


 アリサ・オフィリアは美人だし、結婚とすると言うのも魅力的な話ではあるが、シリウスは悪役貴族でいずれ死ぬ運命にある。

 それに、魔王や魔剣の秘密などがシリウス絡んでいる可能性もあり、どんな存在かもわかっていない以上、アリサ・オフィリアとの婚約という話は俺にとってはノイズでしかない。

 だから、ちゃんと俺が自分自身の手で恋愛ごとにうつつを抜かすつもりはないと突きつけてやろうと思った。

 が———、


「待ってくれ! それはダメだ! そこまで師匠に迷惑をかけられない。ここまで事態を大きくしたのはボクなんだ。それにこんなことまで君に頼りたくはない!」


 袖をギュッと摘まみ、アリシアが引き留める。


「それに……ミハエルとの件はなんだかんだ言って君が解決してくれたじゃないか。ボクがあれだけ悩んでいたことだったのに……今度はボクが君を助けたいんだよ」


 泣きそうな顔で、そう言ってくる。

 泣くなよ……。

 そんな涙を見せられてしまえば、俺の気持ちは揺らぐ。


「いいんじゃないですか?」


 と、横から口を挟まれる。

 ロザリオだ。

 彼はこの緊迫した状況に全く心動かされた様子もなく、ニコニコとした笑顔を浮かべている。


「ロザリオ……いいとは、何のことだ?」

「いい機会じゃないですか? と言ったんです。アリシア王女は常日頃から〝強くなりたい〟と言っていましたし、会長のことを師匠と慕っていたじゃないですか? 偶には師匠らしくしたらどうです?」

「それはアリシアが勝手に……」

「それに……実は俺はこの決闘に関してはアリシア王女が適任だと思っています」

「何?」


 ロザリオが賛同すると思わなかった。

 彼はアリサが去った扉を見つめながら、


「俺も、ああいう人は嫌いなんですよ。ああいう自分が絶対的に立場が上だと思っている人間が。そういう人間は下だと思っている人間にボコボコにされた方がいいんです。俺はそういう光景を見たい」


 思ったよりゲスな理由で賛同していた。

 元・いじめられっ子の嫌味なのだろうか。

 そのことに対してアリシアは肩を落とす。


「ま、まぁ賛成してくれたことは嬉しいよ。ロザリオ」

「だが現状、アリサとアリシアの実力差は歴然としてある。それではボコボコにするどころか、逆にボコボコにされるぞ?」


 ロザリオが若干サディスティックな笑みを浮かべてアリサが打ちのめされている様子を脳内で思い描いているが、そんなことはできないだろうと俺は言う。

 

「え、何を言ってるんです? さっき言ったじゃないですか?」

「何を?」

「会長に師匠らしいことをしてくださいって———会長がアリシア王女を鍛えるんですよ」

「何だと?」


「———修行・・です」


 全く笑みを崩さず、ロザリオは言う。

 

 …………いや、何で俺が?

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