第97話 我儘

「け……っとう……?」


 生徒会室にいる全員の注目がアリシア・フォン・ガルデニアに集められた。

 涙目で、プロテスルカの客人アリサ・オフィリアに喧嘩を売った第三王女に。


「あ、あ、あ……アリシア! 君は今何を言ったかわかっているのか⁉ シリウスをかけてアリサおばさんと決闘⁉ さっきのおばさんの話を聞いてなかったのか⁉」


 大慌ててミハエルが口を挟む。


「僕と君、アリシアとの婚約がなくなっておばさんはシリウスとの婚約をすることになったんだぞ! それをまた君がひっくり返すのか⁉ それこそ———いや、今回こそ国際問題になるぞ!」


 確かに、これは大きな問題だ。

 アリシアとミハエルが原因で、俺とアリサの婚約という話が持ち上がったのだ。それをアリシアが再びちゃぶ台返しをしようとしている。

 例えアリシアがこの後、撤回したとしても、吐いた唾は飲み込めない。既にアリサに国の王女として国の政治の話に干渉する行為だ。


「アリシア! 手袋を拾え! 決闘を撤回しろ! そして、アリサおばさんに謝罪するんだ……」


 ミハエルが汗をダラダラ流して動揺するのもわかる。

 アリシアは王女として、この国の未来を背負う者として致命的な間違いを、今犯しているのだ。

 それを他国の皇子とは言え、好きな相手だからこそミハエルは心配している。


イヤだ! ボクはこの人が気に入らない! 親から言われたことを素直に受け入れて、自分の意志を持とうともしない。それを人に押し付けようとするこの人が、ボクとして受け入れられない! だから、決闘してこの人から師匠を、シリウス・オセロットを勝ち取る!」

「……オレの意志は無視か?」


 ちょっと放っておかれているようなので口を挟む。

 すると、アリシアがバッと俺を見て、


「師匠はリサさんと一緒になりたいのか⁉ やっぱりビッチ好みなのか⁉」


 売女ビッチ呼ばわりされて、アリサの眉がピクリと動く。


「いや、そうではない。トロフィーされているこの状況が気に食わんと言っているのだ」

「じゃあ、ここで選んでくれ! どっちが好きなんだ! ボクか⁉ それともリサさんか⁉ 師匠はどっちと結婚したいんだ‼」


 ズイッと迫られる。

 何それ、プロポーズ? 

 というか、その二択おかしくない? 

 そりゃアリシアは『紺碧のロザリオ』このせかいでのメインヒロインで顔が抜群に整っている王女様だが……この状況で選びたくはない。

 俺は困ったように視線を逸らすと、ロザリオと目が合った。

 彼は微笑を浮かべて肩をすくめていた。

 何を見ているんだ……本来、アリシアはお前のメインヒロインだろうに……!

 本当にこの主人公はすっかり牙を抜かれてしまっていた。


「たわけが。オレオレの道を行く。それを貴様らごときが縛られると思うな」

「い、意味が分からないぞ師匠! 誤魔化すな!」


 誤魔化すしかないだろう、この状況!

 何で普通に生徒会での日常を送ろうと思っていたらこんなドタバタラブコメに巻き込まれなきゃいけないんだ……!

 この状況をもたらした元凶である、アリサ・オフィリアに恨みがましい目を向けると、彼女はニコッと笑った。


「あの~……まだあたし何も言ってないんだけど、いいかな?」


 手を上げて発言したアリサに、全員の注目が集まる。


「あ、アリサおばさん……どうか穏便に……アリシアだって気の迷いで言ってしまっただけで本気では……」

「ごめんね~皇子……アリシアちゃんのことまだ好きなんだろうけど……大事おおごとにさせてもらうわ♡」


 笑うアリサを見て、ミハエルの顔が一気に青くなる。


「これは重大な国際問題だよ。シアちゃん。あんまりワガママ放題を言うと、あんたのお父様が黙っていないし、ウチの家の名誉だって傷つけられちゃうんだから……」


 カッカッカと足音を鳴らしてアリシアに歩み寄り、その顎を掴んで顔を近づける。


「……ねぇ、シアちゃん。お父さんの機嫌を損ねたくないでしょう? 王女なんだから。第三なんてただでさえ立場が低いんだから。どうせあんたも、男に嫁ぐことしか能がないんだからさ」

「……………ッ!」

「だから、親の決定には黙って従っておいて……隠れてパーリーでアゲアゲしてこ? 賢い人間って言うのはそうやって生きていくんだって☆」


 アリサが手で狐を作ってアリシアの眼前でフリフリと揺らす。

 笑うアリサにと対照的に、アリシアは怒り心頭の様子だった。

 アリシアの拳が震える。

 一瞬、ビンタするかな、と思ったが何とかアリシアはそれをグッと押し留めた。

 そして泣きそうな顔でアリサを睨みつけている。


「リサさん……あなたは騎士でしょう⁉」

「は?」

「この学園の卒業生で、ここは剣の腕が物をいう学園で、師匠はここの生徒会長だ! その学園の敷地内なら決闘が全ての物を言う! 決闘が絶対のルールの世界に生きておいて、あなたは逃げるんですか⁉ リサさんは逃げて、家の力に頼るんですか⁉」

「………………」


 アリシアの挑発に対して、アリサは息を深く吸い込んで、


「だっさ」


 と———言った。


「何、マジになっちゃってんの? そんなワガママだと友達いないでしょ?」

「私に友達がいないことは今、この状況と全く関係ないと思います」


 二人の女性がにらみ合う。

 俺たちはかたずをのんで見守ることしかできない。


「逃げるんですか?」


 アリシアがダメ押しの挑発をする。

 それに対して、しばらく表情を凍らせていたアリサだったが、


「…………いいよ。わかった。決闘。受けてあげる」


 クイッと口の端を歪めて、答えた。


「じゃあ、今からバルコニーで……」


 アリシアが以前に俺と決闘した場所へ、アリサを案内しようとするが、


「ちょっと待ってシアちゃん。あたし武器持ってないんだ」


 そう言って手をブラブラさせる。

 確かに、彼女は軍服のような服こそ着ているものの、腰帯には鞘も刀も刺さっていなかった。


「あぁ……じゃあ学園の物を……刀が良ければナミ・オフィリアに……」

「ごっめ~ん☆ あたしナミちゃんと違って、けっこー特別な剣を使っててさ。それプロテスルカ帝国から運んでもらう必要あるんだよね~……だから、ちょっと時間頂戴? 時間をくれたら、さ。本気でボコボコにしてあげるから☆」


 ギラリとアリサの目が光る。


「わかりました……どのくらい時間が必要ですか?」

「一週間ぐらいかな……? それぐらい経ったら、みんなの前で叩き潰してあげるから。それができると思うと、この決闘を受けた方がウチにとって得だね。だって、衆人環視しゅうじんかんしの下、ガルデニア王国がプロテスルカ帝国の下なんだって証明できるんだからさ」

 

 アリサがくるりと背を向ける。

 話しは終わりとばかりに生徒会室の扉へ向かって歩いていき、


「バイバ~イ☆ でも気を付けてね、シアちゃん。リサお姉さんだって、オフィリア家。とーっても強いんだから。下手したら殺しちゃうよ~ん♡」


 妹とは似ても似つかない凄惨な笑みを最後に向けて、彼女は部屋を出て行った。


――———————————————————————————————————

※11/4日、本文修正報告。

・一部の最後の「第77話」をタイトル含めて内容を大幅に変更しています。

 また、修正する可能性もありますが、今後違和感が出る可能性がありますので報告しておきます。

・ミハエルの「王子」が間違っていると今更ながら気が付きました……気づき次第修正していきますが、量が多すぎるので時間がかかります。

 これからは「皇子」で統一していきます……!

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