第96話 アリサの本性
「やっぽ~~~~~♡ おっ弁当届けに来ましたぁ~~~~~~~♡」
生徒会室。
長机と扉の間で、ブンブンと手を振るアリサ・オフィリア。
割烹着姿で学園に乱入して来たので、すっかり注目を集めてしまっていたので、生徒会室に来てもらったが、そこでも相変らずにハイテンションだ。
「帰れ」
「ひっど~~~~~~~~~! せっかくお姉ちゃんがお弁当を届けに来て上げたのに!」
「聖ブライトナイツは食堂がある。そこで貴族であれば専属のシェフが昼食を作り、平民でも食事の支給はある。
元々、オセロット家専属のシェフが作っていたのだが、俺は彼らを帰らせた。
料金がかかるとか、貴族としての特別待遇が気が引けるというわけじゃない。
単純に食事に時間がかかるからだ。
ただの昼食なのにコース料理のように順番に料理が出て、長時間机に拘束される。
それが嫌だったのだ。
先月はモンスターハント大会の運営で忙しかった。なので、ルーナと共に平民用の適当な煮物とライスがプレートに乗っているだけの食事に切り替え、生徒会室で短時間で終わらせるような習慣に切り替えたのだ。
妹との二人きりでの粗末な食事。
最初は単純に時間効率のために始めたことだが、今ではすっかりルーティンの一つになり、ぽつぽつとルーナとの会話ができる時間でもあるので、変化させたくない。
「ぶ~~~~、せっかく家庭的な部分を見せてシリウスちゃんに女として見てもらおうと思ったのに!」
唇を尖らせるアリサ・オフィリアだが、どこまでもドスドスと俺の毎日のルーティンに侵入してきているので少し苛立ってくる。
「……え、リサさん。今なんて言った?」
ずっと不機嫌そうに腕を組んでいたアリシアが聞き逃せないと口を挟む。
「え? 家庭的な部分を見せて?」
「その後!」
「女として見てもらおうと思ったのに?」
「そこぉッッッ!」
バンッとアリシアが机を叩いて立ち上がった。
「どうして
「あ、それもう解消されたから」
「「ウソォッッッッッ⁉⁉⁉」」
アリシアとミハエルの声がハモる。珍しい光景だ。
「あ、あ、あ……アリサおばさん⁉ 聞いていないんですが……!」
傍観者に徹していたミハエルもそれは流石に聞き逃せないと身を乗り出す。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「言ってません!」
「ごめんね~ミハエル皇子。実はそうなんだよね~……だからもうあたしのことアリサおばさんって呼ばないでね」
「呼び方なんてどうでもいいです! それなら、プロテスルカ家とオフィリア家の親戚付きあいはどうなるのです⁉」
「ああ、安心して! ウチの妹のナミちゃんがミハエル皇子のお嫁さんに行くって話が上がってるから。黒髪巨乳のお嫁さんゲットよぉ~♡ 良かったわねミハエル皇子♡」
「いりません! あんな暴力女! あいつは僕を刀で殴ったんだぞ‼」
多分このやり取りをナミ本人が聞いてたら、今度は
「どうして……どうしてこうなってしまったのです、アリサおばさん! 僕はまだ……」
チラチラとミハエルがアリシアを見る。
その若干恥じらいがこもった視線の意味はアリシアに伝わったが、アリシアはミハエルに応えず、複雑な表情を浮かべて顔を伏せた。
「どうしてこうなったって。全部ミハエル皇子のせいじゃない?」
キョトンとした表情で、アリサがミハエルを指さす。
「は? 僕の?」
「アリシア王女との婚約は解消した。だけど、ガルデニア王国との同盟は
アリサが俺を見る。
彼女の顔は無表情で……それからも
「アリシア王女との婚約解消の経緯を聞くと、どうやらシリウスという立派な人格者のおかげ、」
「は⁉ 貴様今なんと、」
「口を挟まないでシリウスちゃん。今、あたしが喋ってるから———で、」
とは言われても、‶シリウスという立派な人格者〟などというトンでもワードが発されてしまえば、悪役貴族として口を出したくもなる。
今は、話が進まないからとりあえず放置してやるが……。
「で———ミハエル皇子とアリシア王女の婚約が解消されたのは残念だけど、今まで意志薄弱だったミハエルが自分から何かしたいと言い出し、人格者シリウスの元でしっかりと学んでいきたいと言ってきた。それはいい傾向であるとプロテスルカ皇帝は、」
「ちょちょちょ、待ってアリサおばさん! その言い方は語弊がある! あくまで僕は親元から離れて自分を見つめなおすために———、」
「口を挟まないでミハエル皇子。今、あたしが喋ってるから———で、」
どうやら……というかやっぱりこのアリサ・オフィリアという女は強引に物事を進めるきらいがあるらしい。
顔を赤くした自国の皇子も押し留めて、淡々と自分が見聞きした状況だけを述べていく。
「で———そんな立派な人格者のシリウス・オセロットにプロテスルカ有数の貴族であるところのオフィリア家の長女を嫁に出し、国交を深めていこうと。ついでに貿易も。魔法石の輸出と魔道具の輸入に更なる力を入れて両国にとってwin-winの関係を築いていきたい―――ってわけ☆」
「そんな話、
「言ったよ?」
「言っていない! この———たわけがっ!」
𠮟りつけられ、アリサ・オフィリアがビクッと肩を揺らす。
人格者? 嫁に来る?
ああ、ならいいだろう。
プロテスルカ帝国に変な誤解を与えてしまったせいで、こういう状況になったと言うのなら、別に構いはしない。遠慮することはない。
人格者シリウスとかいうものは———ただの誤情報であると見せつけてやる。
俺はあくまで―――悪役貴族なのだ。
「この
シリウス・オセロットがどんな人間なのか、改めて教え込んでやる。
なんか、こんなこと前にもあったような気がするけど、ちゃんと誤解は解いておかなければいけない。
俺は相手が他国の来賓ということを全く無視して威圧的で傲慢な言葉遣いでまくしたてた。
すると―――アリサは、
「あ、そうだったんだ」
と全く動じていなかった。
あれ……?
ここら辺は前と違うな……てっきり、また誤解を生んで、アリサが全く見当はずれのマンセーを俺に対して始めるのではないかと思っていたが……ここらへんはどっかの王女と違うらしい。
アリサは小さくコクコクと頷いて納得したように見えた。
「……では、アリサ・オフィリアよ。
「うん、シリウスちゃんがプロテスルカ皇帝が思ったような人間じゃないってことは、よっくわかったよ♡」
「そうか、じゃあ
「まぁでも———そんなの関係ないんだよね」
「何?」
肩をすくめて、アリサ・オフィリアは割烹着を脱ぐ。
その下には先ほど屋敷で見た赤い軍服の様なきっちりした服を着ていた。
そして、しゅるるとネクタイが巻かれた首元を緩め、大きく胸元を露出させる。
「これもう上で決められちゃったことだからさ。シリウスちゃんがどんなに酷い人かとか。シリウスちゃんがあたしのこと嫌だとか。そんなんどうでもいいんだよね☆ だから、お願いシリウスちゃん。とりあえず私との婚姻関係を認めなよ。そのためにならあたし、君の奴隷にだってなってあげるからさ……」
今度は上着を脱ぎ、上半身はシャツだけになる。
生徒会室にいる全員があわあわと慌てだす中、アリサ・オフィリアはシャツの
「ねぇ、シリウスちゃん。なんなら、ここで裸になって―――土下座でもしてみようか? そういう屈辱的なことを女にさせるの……男だったらみんな喜ぶでしょ?」
「バカなことを———⁉」
パシ……!
手袋が———アリサの胸元にぶつけられた音だ。
そのどこからか飛んできた手袋は、アリサの首と胸の間に当たり、ストンと服と平らな胸板の間をすり抜けて、床にパサリと落ちた。
「あ」
そこにいる全員の視線が、アリサの足元の手袋に集中した。
何だか気まずい……。
いや、そんな場合ではない。どこから今の手袋が飛んできたのか、方向を探らなくてはと視線を横に滑らせる。
「……リサさん、いや、アリサ・オフィリア!」
いた。
アリシア・フォン・ガルデニア—――この国の王女だ。
彼女は顔を真っ赤にして目に涙を溜めて、アリサ・オフィリアを睨みつけ、
「———決闘だ‼ ボクはあなたに対して決闘を申し込む‼ シリウス・オセロットをかけて‼ シリウス・オセロットが欲しければ、このボクに勝って見せろっ!」
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