第95話 アリシアの嫉妬

「それで———アリサ・オフィリアは、リサさんはまだ師匠の屋敷にいるのか?」

「あ、ああ……」


 朝の一騒動を終え、俺は普通に登校し生徒会としての仕事を始めている。

 そんな中、ふとミハエルが「アリサおばさんがオセロット邸にいるのは本当か?」と言い出してしまったので、今朝の顛末をここにいるアリシアを始めとした生徒会メンバーに説明することになってしまった。


「父の、ギガルト・オセロットと少し国を超えた話し合いをする必要があるのでな」

「ふぅ~ん……領主様とねぇ……」


 アリシアがイマイチ納得できていないような顔をしているとミハエルが口を挟む。


「———僕も聞いたことがある。何でも、新しい事業に使う魔法石をプロテスルカ帝国からガルデニア王立魔導機関開発部主任のギガルト・オセロットに大量に渡しているらしい。多分……アリサおばさんはそのことについて調整にきたんだろう」

「ふぅ~ん……」


 ギガルトが進めているのは魔導兵器———古代兵ゴーレムの大量製造によるオセロット家の保有する戦力の増強計画。なのでことは全て家の外には漏らさず秘密裏に進める必要がある。

 だから、アリサが届けに来た魔法石もギガルトの私用目的のものなので、ガルデニア王国王女のアリシアにどこまで説明したらいいものかと思っていた。だから、先ほどまでの説明も具体的なことは言わずに曖昧にぼかしていた。

 あくまで俺は詳しく知らないが、領主のギガルトとプロテスルカからの正式な使者であるところのアリサが、大事な政治の話を目論んでいると、それ以上のことは知らない……と。

 だが、ミハエルが———、


「プロテスルカは、この大陸で一番の魔法石産出国だからね。戦争が終わってガルデニアの優秀な魔法技師に預けて作らせた‶魔道具〟の大量生産のおかげでだいぶ豊かな国になった。だから、これからも仲良くするためにいろいろ交渉を進めているんだろ?」


 プロテスルカ帝国側の人間として説明してくれる。

 ありがたかった。

 正直、俺はこの世界については何も知らない。『紺碧のロザリオ』というゲーム世界であることは認識しているが、そのゲームを俺はそこまでやり込んでいるわけでもないし、ましてや出ている一人一人の登場人物の個人的な思想しそう知識ちしき などは知るよし もない。

 生憎と俺が転生する以前のシリウス・オセロットの知識が共有されていない以上、この剣と魔法の世界に住んでいる住人としての一般常識が欠如しているのは仕方がない事だろう。

 だから、こういう時は失言するのではないかといつもヒヤヒヤしている。


「それでも……師匠の家に泊まる必要はないんじゃないか? 妹のナミ・オフィリアがいるのだからそっちの家に泊まればいいのに……」


 アリサの話をしているとずっとアリシアは俺にジト目を向けていた。


「俺もそう言ったが……ナミは学生寮にいるから二人だと狭くて嫌らしい」

「何を贅沢言っているんだ……学生寮とはいえ貴族寮。二人で生活するには充分なスペースがあるだろうに……これだから貴族ってやつは……」


 王族のアリシアが何かブツブツ文句を言っている。


「というか、アリシアはなぜそんなに不機嫌そうなんだ? 貴様は昨日すぐにアリサとは打ち解けていたではないか。互いにあだ名で呼び合っていただろう?」

「それとこれとは別! それに……確かにリサさんと一緒に遊んでいる間は楽しかったけど、まだボクは彼女のことを何も知らないし、それに……」


 フッとアリシアの視線が下がり、物思いにふけっているような表情になる。


「それに、何だ?」

「何でもない……それよりも! もしかして、ギガルト氏が屋敷に戻るまでリサさんは師匠の家に居続けるのか?」


 ズイッと身を乗り出して問いただしてくる。


「おそらく、そうなるだろうな……どうやらプロテスルカとしては多くの魔法石を売り込んで金とガルデニアの信用を得たいようだからな……」

「そ、そんな……ずっと師匠と一つ屋根の下、二人っきり……」


 ガーンと衝撃を受けた表情になるアリシア。


「二人きりではない。ルーナもいるし、オセロットの屋敷には使用人もいる」

「若い男女が一つ屋根の下……二人きり……」

「二人きりではない」


 ブツブツと呟き続けるアリシアに俺の声は届かない。


「いったいどうしたと言うのだ、アリシア。今日は様子がおかしいぞ?」

「おかしくもなる! あんな魅力的な女性が師匠の傍にいるんだから……! あ、でも……!」


 アリシアの目がふとミハエルに向けられる。

 ミハエルはその視線の意味が分からずただただアリシアが自分の方を向いてくれたと嬉しそうな表情を作るがその瞬間アリシアの目はこちらに戻された。


「でも———リサさんは既に婚約してるんだもんな! じゃあ、師匠とそういう関係になったとしたらそれこそビッチで……いやでも師匠はボクにビッチ何てあだ名付けるぐらいだからビッチ好き……⁉ ああもうどうすれば……!」


 頭を抱えるアリシアだが、別にどうもしなくていい。


「たわけが。一人で何を踊っている? オレはビッチ好きでも何でもない。お前をそう呼んでいたのは話の流れからそうなってしまっただけで、別にオレは……」


 ガヤガヤガヤ………!


 外が騒がしい。


「何だ?」


 校庭の方からだ。

 人々が「きゃー」とか「うわー」とか騒いでいる声が聞こえる。

 今、生徒会室内で繰り広げられているどうでもいい話を切り上げたかった俺は、窓から身を乗り出して下を見た。

 ふと視界に入ったが、他の生徒たちも同様に校舎の中から頭を出して、下を見つめていた。

 何があるのかと俺も同様に校庭に目を落としたが……驚愕に目を見開いた。


「あ! おぉ~~~~~~い‼ シリウスちゃ~~~~~~~~~ん☆」


 割烹着かっぽうぎ姿の———アリサ・オフィリアがブンブンと俺に向かって手を振っていた。


「おっ弁当届けに来ましたぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡」


 その逆の手には風呂敷に包まれた四角い弁当箱が握られていた。

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