第99話 修行へ向けての準備

 32時間前———。


 都市ハルスベルクの大型商店『イタチの寄り合い所』にて。


「ししょー、テントと魔光ランプは前回のモンスターハントで使ったものを流用できるとして……非常食と水と紙と……あと何が要るかなぁ?」


 アリシアがメモ紙を持って、棚の前を歩いている

 『イタチの寄り合い所』の壁に立てかけられている木製の棚に雑多につまった商品群。ドロップのような子供が喜びそうなお菓子もあるし、料理で使うリンゴもある。そして、魔法の触媒に使うのだろうか薬品漬けにされているトカゲの手なんかもある。

 その中には木炭や携帯用の紙など、キャンプ用品と呼べるようなものも陳列してあり、ジャンルの幅広さがうかがえる。

 だが———、


「アリシア……」

「ん……?」

「どうしてオレが、お前の買い物に付き合わねばならんのだ⁉」

「だってボクたち、明日から『黄昏の森』で修業をするんだし……」


 買い物かごを振り回す。

 どうして俺、シリウス・オセロットとアリシア・フォン・ガルデニアは……悪役貴族と王女が二人っきりで仲良く買い物をしなければならないんだ。


「だから、どうしてオレがお前を修行を……! もっと適任がいるだろう⁉」

「誰のことだ?」

「そりゃ……ロザリオとか……」

「彼には断られたじゃないか」


 ロザリオ曰く―――『え、嫌ですよ。俺人を教えることに向いてないですから。それにアリシア王女の気持ちが大事なんじゃないですか? アリシア王女は会長に教えてもらいたいと言っていたんですから』


 そう言って、ウィンクをしていた。


 俺を応援しているかのように———。


 お前……この世界がお前の世界だって知ってる?

 この世界はお前の思う通りになる『紺碧のロザリオ』ってギャルゲの世界なんだよ?

 何、俺会長の恋愛応援していますみたいな面をしているの?

 何、俺イケメン親友キャラですからみたいな面して満足げに俺達がショッピングに行く背中を押しているの?

 お前が、何とかするべきところだろう?


オレは貴様を鍛えるのに適任ではない。ロザリオが教えるのが下手なように、オレも人に剣術など教えたことがない」

「そんな……」


 はっきりとアリシアに事実を突きつける。

 だが、本当に適任ではない。

 というか一度でも俺が剣をまともに振るっているところを見たのか?

 全部、シリウスという元々とてつもない量の魔力を持っているチートキャラの力を乱暴に振るっているだけだ。

 技術も糞もあったものではなく、ただひたすらにやりたい放題にやってみたら何とかなっていただけ。

 アリシアはよくもそんな人物に剣を習おうと思えるなと考えたものだが、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らした。


「……でも、まぁいいんだ。ボクは師匠の傍にいるだけで、強くなれる気がするから。一緒にまた、モンスターハントができればそれで」

「モンスターハント……ねぇ……」

「あぁ、この間の大会は楽しかった。みんなでキャンプして、魔物を倒して経験値を積んで……」


 修行の内容は『黄昏の森』へ行き、そこでひたすら泊まり込んで魔物を狩り続けて経験値を積み、剣術と魔法のレベルアップを図るというものだ。

 だいぶ前の話ではあるが、ロザリオはそうやって強くなった。

 俺にハッパをかけられて、ひたすら戦いの経験値を積んで強くなったと言うので、それにアリシアも倣おうというわけだ。

 魔物との戦いを経ても対人戦では使い物にならない経験しか詰めないのではないかと思ったが、そこは剣と魔法の世界。

 ―――〝魔力〟というものは戦いを積み重ねるにつれて増加するという存在らしい。

 それをこの世界に生きる人間は体内に個人個人で持っている存在モノなので、強い敵と戦えば戦うほど、魔力が強力になり身体能力も増強される。

 要はステータスが確実にアップするのだ。

 

 その効果をアリシアは狙っているが———一週間で満足いく能力値まで到達できるかどうか……。


「でもいいんだ。例え一週間でリサさんに勝てるほど強くなれなくても、師匠と二人きりでいることができれば……それで……」

「…………」


 アリシアの頬がほんのりと赤い。

 前々から思っていたが……アリシアは本当にこの俺のことを、シリウス・オセロットのことを……。


 ———いいのか?


 オレはこの世界で生きていても……。

 もう、アリシアの気持ちを受け入れて、シリウスの罪を償うことを受け入れて殺されるなんて〝逃げ〟を選ぼうとしなくていいんじゃないか?

 悪役貴族としての天寿を全うしてもいいんじゃないか?


 そんなことを———思い始める。


「……こんなところかな。行こうか、師匠」

「あ、あぁ……」


 考え事をしていると、アリシアがカウンターへ向かって歩き出す。

 俺は、その後に続こうと一歩踏み出した。


 ズゾゾゾゾゾゾ………。


「————ん?」


 後ろを振り返る。

 何か、今……妙な胸騒ぎがした。

 

 影が———動いたような気がした。


 俺の、俺自身の影が———うごめいたような気がした。


「……気のせいだろう」

「どうした、師匠? 早く!」


 カウンターの前に立ち手を振るアリシアの元へ俺は急いだ。


「ああ、すまん―――」


 そう言って買い物籠を『イタチの寄り合い所』の店員の前に置いた。


 ギロリと睨まれる。


 かなり威圧的な店員だった。

 背はひょろり高く、ピンク色のボーズ頭で三白眼の。

外見は20代前半ぐらいの青年で、不愛想に睨みつけられたら気分が悪い。

 それでも、店員らしく可愛らしいところはある。

 彼はそんな顔立ちにも関わらず、フリルのついた桃色のエプロンをつけていた。


「お会計———490Gガルド


 それだけをボソリと言う店員。

 本当に態度が悪いと思うが、アリシアは気にする様子もなく財布のひもを開いていく。


 ガンッ!


 突然———目の前の店員の首が、くの字に曲がった。

 横からぶっ叩かれたのだ。

 大きな〝斧〟で。


「お客様相手なんだから……もうちょっと愛層良く……」


 彼の隣に立つ銀髪のロリが斧を振りかざして言う。


「お前は⁉ リタ!」

「やっほ……」


 『イタチの寄り合い所』の裏の顔、マフィア『スコルポス』の構成員、大斧使いのリタだった。

 彼女も『イタチの寄り合い所』の店員の証しである桃色のエプロンを付けている。


「こんなところで何を……?」

「私だって……タルラント商会の人間、昼間・・は普通に店に立ってる」


 昼間、という部分を強調するリタ。

 それはそうか……彼女はマフィアだが、マフィアが常日頃から荒事ばかりしているわけじゃない。表の顔もあるのだから、その一員として働くのは当たり前だ。


「今は……新人教育……こいつ新しくウチに入ったフィスト。仲良くして……」

「ウス、どうもッス……」


 ピンク髪のボーズ頭は上司に紹介されると、不機嫌そうな表情のまま頭を深々と下げた。


「新人教育とは、大変だな……」


 前世のことを思い出す。

 会社で初めて後輩ができた時の事。最初は優しい先輩でいようとしたが、上手く教えることができずに、泣かせてしまったことがある。

 それを考えると、本当に俺は教えるのに向いてない……。


「大変じゃ……ない。こう見えても、人を教えるのは得意だし……好き……」


 そう言って、リタは俺に向けてVサインを見せてくれる。


「…………そういえば」


 ロザリオを鍛えたのはリタじゃなかったか?

 『スコルポス』の門を叩いたロザリオを徹底的に鍛えたと聞いたことがあるような。それに彼女はアリサの同級生という話だし、もしかしたら……!


「リタ! 大斧使いのリタよ!」


 俺は自らのおもいつきに興奮し、カウンターから身を乗り出してしまう。

 そして彼女の肩を掴み、


「———お前がアリシアを鍛えてやってくれ!」


 全く言葉が足りていない頼みをする。

 が———、


「おっけー……心得た……」


 無表情のままグッとサムズアップを見せつけるリタ。

 本当に……俺が何を言っているのか、理解しているのだろうか……?

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