第93話 パーリーな夜。

「「「ウェ~~~~~~~~~~~~~~~~イッッッ‼‼‼」」」



 収容人数500人を誇るハルスベルクの社交場———『ハムリア館』の大広間が埋まっている。


「みんなぁ~~~~もっりあがってる~~~~~~~~~~~~~~⁉」

「Foooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo‼」


 壇上に立つアリサ・オフィリアの声に応える500人近くの荒くれ者たち。

 身なりが物々しく、ここはダンス会場だと言うのに鎧を装備していたり、斧やハンマーを振りかざしている。モヒカンやハゲや髭面、顔に傷がある連中も多く、明らかに見たものを威嚇する意図のある外見をしていた。


「今日は楽しんでってね~~~~~~~~~~~~~! 私のカワイイ妹が開いた、私の歓迎会だから~~~~~~~~~~~~~~~~!」

「Foooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo‼」


 その荒くれ者どもがアリサの振り回す扇子に合わせて踊り狂っている。

 『ハムリア館』の大広間は熱狂の渦に包まれていた。


「これは凄いな……」


 俺とナミは広間の端に追いやられていた。

 あまりのパリピな雰囲気に押されて、居場所を失っていたのだ。

 アリサが「この会場を埋めてやる」と宣言して街へ繰り出してから、すぐに続々と人が集まってきた。

 そしてものの30分もしない間に、この広間が満杯になってしまった。


「ハハ……やっぱりお姉ちゃんは凄い……学園にいた頃の友達、一瞬で連れてきちゃえるんだもん……」

「そういえばアリサ・オフィリアは聖ブライトナイツの卒業生だったな……」

「お姉ちゃんは一度会ったらお友達になれるんです。アリシア王女だって、ほら」


 身を縮こめているナミが壇上を指さすと、アリサに「一緒に踊ろ! シアちゃん」と手を引かれたアリシアが「あ、はい! リサさん!」と純粋な笑顔を浮かべて壇上でくるくると踊っている。


「確かにこれだけのことができるコミュ力の化け物を見てしまえば、お前が卑屈になるのもわかる気がする」

「ハハ……ですよね」


 こんなのが身近にいたら憧れるし、比べた自らをダメだと思うようになってしまうかもしれない。

 それだけ、アリサ・オフィリアが作り出したこの空間は楽しげだった。

 アリシアを始めとして、ミハエルも踊り狂っているし、ロザリオも踊りこそしていないが、クールな笑みを浮かべてぱっつんヘアーのロリと談笑していた。


「ん……? あいつどこかで……」

 

 ロザリオと話している背の低い銀髪の少女は見覚えがあった。

 俺がじっと見ているとその彼女は俺の視線に気が付いたようでテトテトとこちらに向かって走り寄って来る。


「や……っほ……シリウスもいたんだ……」

「………お前! リタ! 『スコルポス』のリタか!」


 俺が記憶を手繰り寄せて名前を呼ぶと、マフィア『スコルポス』の構成員、大斧使いのリタがこくんと頷く。


「何……そのりあくしょん……もしかして、私の事忘れてた?」

「い、いや……そういうことではないが……どうして貴様が此処ここにいる?」


 本当に忘れていたわけではなく、彼女がこの場にいることが予想外過ぎて記憶の線と線を結ぶのに時間がかかってしまった。

 彼女には以前開催したモンスターハント大会の実行委員としてお世話になった。『スコルポス』から生徒たちの安全を確保する、言ってしまえば警備員として雇い、何度か話したことがある。

 そして実はロザリオの師匠でもある実力者の彼女が、こんなパリピ空間にいることに違和感を禁じ得ない。


「リタさんも聖ブライトナイツの卒業生なんですよ」


 ロザリオがニコニコした顔を張りつけながら、リタの隣に並ぶ。


「そうだったのか……」

「ええ、しかもリタさんだけじゃなくてここに来ている半分ぐらいは『スコルポス』の人間ですよ。『スコルポス』は聖ブライトナイツを卒業しても、コネや運が悪くて騎士になれなかった人間の受け皿になってますからね」

「このフロアの半分の人間……そんなに聖ブライトナイツを卒業してマフィアになる人間がいるのか?」

「ええ、実は」


 と、ロザリオは肩をすくめた。


「そうか……」


 なんだか、現実の厳しさを実感する。

 そりゃ、今は戦争をしていないのだから軍人というものは多く必要とされていない。だから、騎士という職業の人間はたくさんは要らない。

 騎士になって輝かしい未来を歩む人間もいれば、何者にもなれずに路頭ろとうに迷ってしまう人間もいる。

 ここはそんな現実に打ちのめされた奴の吹き溜まりで、アリサはそんな辛い現実を忘れさせてくれる女神のような存在なのかもしれない。


「だが、そうだとしても意外だな」

「何がです?」


 俺はリタを見る。


「物静かなリタがあんな騒がしいアリサ・オフィリアの呼びかけに応えるとは。こういう大騒ぎは苦手そうに見えるが」


 リタは現マフィアで、アリサは悪い奴は大体友達と言っていた。だからそういった人間をここに集めたと言うのはわかる。が、リタとアリサは性格的に真逆で相性が悪いように感じたのだが……。


「親友らしいですよ。リタさんとアリサさんって」

「そうなのか?」


 ロザリオの言葉を確認するようにリタへ話を振ると————彼女は首を振った。


「違うと言っているぞ?」

「え、でもさっき学園にいた頃は仲良かったって……」

「私とアリサは親友じゃない———好敵手ライバル

「ライバル?」

「昔はあんな感じじゃなかった」


 リタはステージで踊るアリサを、感傷めいた眼差しで見つめていた。

 その瞳はどこか寂しそう気に、俺は感じた。


「いえ。昔からあんな感じでしたよ」

「………………」


 だから……空気を読まないナミの言葉を無視した。


「イエェェェェイ‼ それじゃあ、見せちゃおうかな! 宴会魔法・百花繚乱ひゃかりょうらん 早着替はやきがええ!」


 アリサが扇子を振り回すとステージ上で花びらを伴った旋風せんぷうが巻き起こった。

 花びらの竜巻でアリサとアリシアの姿が隠されたと思ったら、すぐにそれは立ち消え、アイドルのような桜色のドレスに身を包んだパリピの姉と、ガルデニアの王女が姿を現す。


「あ、あれが宴会魔法か……」


 初めて見る。まるで魔法少女の変身シーンみたいだった。

「…………わたしもッ!」


 ガタッとステージへ向おうとするナミの首根っこを掴む。


「たわけが。いい加減懲りて身の程を知れ。お前はああいう人間やつではないだろう?」

「は、はいぃ……」


 シュンと落ち込むナミの背中を、微笑むメルルが寄り添い、さする。


 アリサとアリシアはステージ上で歌い始める。

 いつのまにやら宴は二人のアイドルコンサートに変わり、夜は更けていった。

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