第92話 姉との対峙———ナミ視点

「あのね———お姉ちゃん、あの……その、ね……あのね———!」


 私、ナミ・オフィリアは弱い人間だ。

 あれだけ生徒会長、シリウス・オセロットに背中を押されてもまだ逃げ出したくなってしまう。


「なぁに、ナミちゃん。緊張しなくていいからゆっくり話して?」


 こ、怖い……。

 姉……アリサお姉ちゃんと久しぶりに話す。

 お姉ちゃんに嫌われないか……怖い……!

 いつも優しい言葉をかけてくれるけど、本心ではこんな妹、面倒臭めんどくさいなぁと思っているお姉ちゃん……。

 伸ばしっぱなしの黒い前髪が目にかかり、視界を塞ぐ。

 鬱陶しい……もう辛い……人間関係めんどくさい……こんな悩みを持つぐらいだったら人間に生まれたくなかった。草や花として生まれたかった。


 ————パチパチパチ……。


 耳の奥で———拍手の音が聞こえる。

 あの時の決闘場での拍手の音が————。


 その音は———私に勇気をくれる。


 前を……向ける。


「アリサお姉ちゃん――—私、友達いないんだ。友達100人は嘘なんだ」


 迷いが、消えてくれた。


「え? そうなの?」

「うん……嘘をついたんだ。アリサお姉ちゃんに心配かけたくなくて……ううん……これも違う……本当は見栄みえを張りたくて嘘をついたんだ。面白くなかった私だったけど、ちゃんと今は面白くなって友達たくさんできたんだって……私でも立派に生きていけるんだって見せつけたかったんだ———でも、けじゃ意味ないよね」

「…………」

「そのことに———気が付いたんだ」


 あの、みんなの拍手の音が気付かせてくれたんだ。

 ナミ・オフィリアは弱い人間。少し剣術が得意なだけで他には何もない空っぽの人間……空洞それを埋めるために嘘をついて、人に嘘をついてるからこそ人の言葉を素直に受け止められなくて———いつも逃げ出している。逃げ出していた私。


 だけど、逃げることなんて本当はない。

 嘘をつかなければ、逃げ出す必要がないって、気づかせてくれた――—。


「それじゃあナミちゃん。まだ一人ぼっちなんだ?」

「うん。だけど今日からは違う、かもしれない……友達できそうなんだ」


 紹介するために‶あの子〟の手を引いて隣に並ばせようとしたが———、


「メルル・グレーンです。初めましてナミさんのお姉さん……!」


 私が手を引くまでもなく、進んで隣に並ぶメルルちゃん。

 おかっぱの髪を揺らして、お姉ちゃんに頭を下げる。


「ナミさんとはまだあんまり話せていないんですが、友達になりたくてその……今日誘ってもらいました……よかったら私とも仲良くしてください……!」


 メルルちゃんがそう言葉を続ける。 

 それを聞いてお姉ちゃんは、


「そうなんだ」


 と、笑みを浮かべた。

 少し――—緊張した。

 がっかりさせたかな……? 失望させたかな……?

 本当にダメな子なんだから———って思われたかな……?


「良かったじゃん。ナミちゃん」

「え———?」


 お姉ちゃんは優しい笑みを浮かべたまま、私を見た。


「友達できて良かったねって言ったの。ナミちゃん、ちょっとは変わったんじゃね?」

「あ、アリサお姉ちゃん――—‼」


 嬉しい……!

 お姉ちゃんが認めてくれた。私が、ほんの少しだけど……成長したってことを認めてくれた。


「お、お姉ちゃん紹介するね! メルルちゃんと友達になれるように協力してくれた生徒会の人たち……シリウスさんとその妹のルーナさんと、役員のロザリオさんと……王女のアリシアさん! 心配してくれて、皆来てくれたの!」

「ハハ……ナミちゃんナミちゃん。シアちゃんとは私さっき挨拶したから改めて紹介しなくてもいいって」

「あ、で、でも……みんな……いい人たちだったから……一部を除いて」


 この広い『ハムリア館』の会場を少しでも埋めるためにわざわざ来てくれた。シリウス会長は怖いし、ミハエルはなんだか首を傾げて「うん? 一部って誰の事?」とか言っているが———みんながいてくれて感謝はしている。


「そうなんだ。私がいなくても結構楽しそうにやってるんだね。ナミちゃん」

「うん!」

「でも……この会場で、え~っと……8人か。たった8人は、やっぱりちょっと寂しすぎるよねぇ?」

「え、あ、うん……」


 アリサお姉ちゃんが両手を広げてくるりと回り、『ハムリア館』大広間を見渡す。


「……お姉ちゃん、私友達100人いるって嘘ついちゃって、ここを貸し切っちゃったんだ……待ち合わせ場所にもしてたから、来てもらったけど……別の場所でお姉ちゃんの歓迎会は改めて……!」


「よし、お姉ちゃんに———まっかせなさい!」


 私の言葉を遮り、お姉ちゃんは腕を曲げて力こぶを作った。


「この会場。お姉ちゃんが埋めてあげる」

「え……そんなこと……」

 

 私が戸惑う中、お姉ちゃんはきびすを返して、出口に向かって歩き出す。


「安心してナミちゃん。ここらへんの悪い奴———大体友達ダチだから」


 そう———ヒラヒラと手を振って、出て行ってしまった。

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