第90話 姉——アリサ・オフィリア

  聖ブライトナイツ学園を内包している巨大商業都市ハルスベルク。

 その中心地にある商業地区と貴族街のある住宅地区の間らへんに小さな城のような社交会場がる。

 ――—『ハムリア館』。

 ガルデニア王国が建てた外国からの来賓らいひんをもてなすための施設。現在はもっと大きくて豪華な社交館を住宅地区側に作ることができたので、その目的では使われていない。

 代わりに貴族や庶民が個人的な客をもてなすために使われている。

 一般化したのでハルスベルクは社交会場などという堅苦しい言い方をせずに、ダンスホール……と呼ぶようになった。


「ひっくひっく……」


 その会場内、大広間で黒髪の少女、ナミ・オフィリアが目元を押さえて泣いていた。


「ここ……友達100人で埋めるはずだったのに……」


 がらんとした広間。

 そこにはナミと俺、シリウス・オセロットを始めとした生徒会の面々、あと成り行きで連れてきたメルル・グレーンの計7名しかいない。

 最大収容人数500人をうたう『ハムリア館』の大広間にたったこれだけの人数というのは余りにも寂しい。

 室内なのにぴゅ~と風が吹き抜けていきそうだ。

 だが、仕方がない。


「たわけ! オレ たちが来ただけでもよしと思え! 見栄を張って偽りの自分でいることに何の意味もないことがまだわからんか!」

「う、うぅ……まだ怒るぅ……」


 ナミは逃げるようにメルル・グレーンの陰に隠れると、涙目で俺を見る。

 彼女には学園から、散々説教をした後だ。

 わざわざ決闘までして、本当の友達とは絆とはなんなのか教えたつもりなのに、最後の最後で結局この女は見栄のために不良集団100人を友達と偽り自らの姉に紹介しようとした。

 そのあまりの学習のしなさに腹を立てて、ガミガミと一時間以上も説教をしてしまった。


「でも、別に良かったんじゃないですか? あの不良軍団を呼んでも。ちゃんとナミさんに会長の意図は伝わっていたと思いますし、今日のこの場しのぎであの不良たちを友達と呼んでも、俺は別に良かったと思いますよ?」


 ロザリオが肩をすくめる。

 あの、剣聖無双事件被害者たちは俺が直々じきじきに言って帰らせた。

 集団のリーダー格の不良熊は少し名残惜しそうにしていたが。


「たわけ。こんなきっかけで友と呼んでも何の意味もないわ。それでは友達という言葉がただの安い称号と化す。そんな上っ面だけの関係を嫌っているからこそ、あの馬鹿は今まで友達を作れなかった。作れなかったのだろうが」


 ナミをあごで指すと彼女はびくりと再び肩を震わせる。


「はは……馬鹿って……仮にもウチの学園で一番強い剣聖王様を……会長は凄いですね」

「お前もそういう気があるだろう? ロザリオよ。ただ表面上だけの付き合いを友達と呼びたければ、もっとお前もナミも周りに合わせて上手く立ち回れたはずなのだ。一人ぼっちにもならずに、いじめられずにも済んだのだ。上っ面そうではない心からの信頼のような物を欲していたからこそ、周りに馴染めずに孤立していたのだろう?」

「はは……そう、かもしれませんねぇ」


 元いじめらっれこのロザリオ・ゴードンは顔を伏せた。

 まぁこいつはこいつで生まれの特殊さや現ガルデニア政権に受けた仕打ちなどがあるから、単純な性格の問題とは言えない部分があるのだが。

 まぁ、とりあえず今はナミだ。


「ナミよ。大事なのは今、ここにいるありのままのお前を家族に見せることだ。いい加減見栄を張ろうとするな」


 わかっているな、と改めて彼女の方へ視線を送るが、ナミは逃げるようにメルルの陰に隠れる。


「ううぅ……」

「大丈夫だよ。ナミさん、頑張ろう?」

「メ、メルルちゃん……」


 メルルが苦笑いをして肩を掴んでいるナミの手に自らの手を重ね合わせると、ナミは安心したように口元を緩ませてメルルを見ていた。

 その光景を見て———安心してフッと思わず笑みが漏れる。


「ところで、姉とはどんな人間なのだ?」


 ナミの姉———アリサ・オフィリア。

 俺が現代日本で『紺碧のロザリオ』をプレイしたときには名前だけは出ていたような気がする。ただ本当にナミルートでポッと出ただけで、あくまでナミが実は妹キャラ属性もあるというステータス情報でしかなく、どんなキャラなのかどんなビジュアルなのか描写すらされていなかった。

 ナミの一つ上で、聖ブライトナイツのOGであるということも初耳だった。


「お姉ちゃんは……何でもできるスーパーマンみたいな人です」

「スーパーマン?」

 

 女性なのだから、スーパーウーマンだろうと言いたかったが、それを突っ込むと話が脱線しそうだったのでやめた。


「座学も、魔法も、剣術も凄くて、女じゃなければ父の跡を継いでプロテスルカの将軍になっていたって……確実にプロテスルカ帝国に大きく貢献できただろうって言われてる凄い人です……」


 チラリとミハエルに「本当か?」とアイコンタクトを送ると、プロテスルカの皇子は少し上を向き、記憶を思い返すような仕草をした後、コクリと頷いた。

 本当らしい。


「それに性格も良くて優しくて、明るくて……私とは全然違う。こうして妹の様子を見に来る過保護なところもあるけど……本当にそれを含めて全然私と違うって言うか……私はただ剣術が凄いだけのダメ人間だし……」


 イジイジと刀の柄に指を這わせて勝手に落ち込むナミ。

 その様子を見て思わずため息をついてしまう。

 自信を持って胸を張れと言い続けているのに、この女は……まぁ、人間そうすぐに変わるものでもないし、隣で微笑み続けているメルルがいてくれれば、時間を駆けたらそのうち何とかなるだろう。

 そう思った瞬間だった———、


 ボォ~~~~~~ン…………!


 広間の大時計が、定刻を告げる鐘を鳴らした。


「時間です……お姉ちゃんが……姉が……来ます」


 バァンッ‼


 ナミ・オフィリアが言葉を言い切るのと、広間の扉が音を立てて開かれるのは同時だった。


「イエエエエエエエェェイッ‼‼‼ ナミちゃぁぁん‼ 元気してたぁ~、ひっさしぶりぃ~~~~‼」


 両手に持ったド派手はでな扇子を広げて、真紅のドレスを着た茶髪の女が現れる。


「あ、あれが……お姉ちゃんです」


 ナミの姉———アリサ・オフィリアは圧倒的パリピ感をただよわせていた。

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