第89話 ナミの謝罪、そして……、
広いグラウンドに視線を落とすとずらりと男子生徒たちが並んでいた。
軽く百人近くはいるガラの悪そうな生徒たち。
縦横綺麗に整列しているその不良にも見える男子生徒たちの前で、ナミ・オフィリアが土下座をしていた。
学園最強の女が———土下座をしていた。
「突然襲い掛かってごめんなさいッッッ! 怪我をさせてごめんなさいッッッ!」
彼女が土下座をして謝罪をしている相手は、全員どこか体に負傷の跡があった。頭に包帯を巻いていたり、治癒布を貼りつかせていたり、打撲の形跡がみんな体のどこかしこかにはあった。
昨日の事件の被害者たちだ。
剣聖無双と呼ばれた、生徒100人斬り事件。
突然何の予兆もなく、学園最強に次から次へと滅多打ちにされた哀れな不良生徒たち。
「ごめんなさいぃぃぃ…………! 突然何の理由もなく、悪そうな見た目をしていたからって理由でぶっ叩いてごめんなさい……!」
「………………」
憮然とした態度で、ナミの土下座を見下ろしている不良生徒たち。
納得いっていなさそうな表情だ。
剣聖無双事件は本当にただ彼らが見た目が悪そうだから、そこにいたからという理由だけでぶん殴られた事件だ。最初に理由もなく殴られた被害者の一人が仲間を呼び、それが次の被害者となり、ネズミ算的に増えて結果100人もの数に上ってしまった。
その時、彼らは予想だにしてなかっただろう。
「私はただ……あなたたちとお友達になりたかっただけなんですぅぅぅ……!」
学園最強が、本心で友達になろうとしてぶん殴っていたことに。
本心から、剣でぶっ叩けば友達になれると意味わからん理論の元に叩きのめしていたことに。
そのことを正直に突きつけられた不良生徒たちは困ったように互いに目くばせする。
そしてその中で一番ガタイが良く、老けていて、とても学生とは思えない熊のような生徒が一歩前に出た。
彼が恐らくあの不良集団のリーダー格なのだろう。
「〝剣聖王〟ナミ・オフィリアどん———顔をあげるでごわす」
ごわす……。
「え……?」
「おいどんたちは誰もあんたのことを恨んどりゃせん」
「え……?」
「むしろ感謝すらしちょる。なんせこの学園で一番強いおなごと手合わせできたんだからよ。なぁ
不良熊が呼びかけると、後ろの不良集団たちは「へへへ……」と恥ずかしそうに笑う。
「で、でも……私がしたのはただの暴力で……」
「そりゃ何も知らんカタギの人間に対してなら暴力じゃっどん、
不良熊が本当に優しい、菩薩様のような微笑みをナミに向ける。
「あ……ありがとうございます……」
ナミがその手を取り、立ち上がる。
「〝剣聖王〟ナミ・オフィリアどん。友が欲しいというのであれば、
わっと彼の後ろの不良生徒たちが湧き始める。
100人近くの不良生徒たちが……。
「あ、ありがとうございます……! でも、結構です……」
「むん……?」
俯き、気まずそうにしながらも、不良熊の手を強く握りしめる。
「私……見栄を張りたくて、自分は人気者なんだぞって誰かに見せつけたくて、だから友達100人欲しかったんです。だからあなたたちに襲い掛かったんです。だけど……友達ってそうじゃないって、気が付いたから……無理やりつくるもんじゃないって気が付いたから……」
ナミが首を横に向ける。
彼女の視線の先には一人の女性徒がいた。おかっぱの同い年ぐらいの、女の子。
不良熊はナミの目の意味に気が付き、少し背筋を伸ばすとナミの手を優しく振り払った。
「行くでごわすよ」
「え?」
「
不良熊は軽くナミの背中を押すと、押し出されるように彼女はおかっぱの少女へと向かって歩いていく。
「あは」と笑う。
その歩みが加速していく。
「じゃっどん! 友にはなれんでも! また手合わせを願うでごわすよ! ここにいる
「———はい、ありがとうございます! クマさん!」
目の端にじんわりと涙の粒を乗せたナミが、不良熊に手を振り、二人は離れていく。
そして、彼女はおかっぱの少女の元へと辿り着く。
不良たちは空気を読んだように解散していく。
「あ、あの……同じ三年生……だよね……?」
散り散りになる不良たちを背景に、ナミはおかっぱの少女に話しかける。
「う、うん……ナミさん、大丈夫だった? 怖い人たちに囲まれてたけど……」
「だ、大丈夫……その……」
「私の名前、憶えていない? モンスターハント大会で一緒だったんだけど……同じ第23班でちょっとだけお話したこともあるんだけど」
「お、憶えています! メルル・グレーンさん! 隣のクラスで家がお薬屋で将来は
「そこまで知ってるんだ……」
おかっぱの少女、メルル・グレーンが少しナミから距離を取る。
「あ……ご、ごめんなさい……気持ち悪かったですよね……同じ班になって、一緒のテントで生活してたから、お友達になろうと思って……話題作りのためにいろいろ……その……調べちゃってぇ……」
にへらとナミが笑うが、人によっては気持ち悪いと思われるような笑い方だった。
「……やっぱり、こんな私とお友達になってくれません、よね……?」
ナミは、自分が気持ち悪いことをしたと気づいてしまい、肩を落とす。
が———そんなナミの手を、メルルはパシッととった。
「え……? え……?」
「実は私……ナミさんみたいに強くてかっこいい女の子に憧れてて、自分もそうなりたいと思っていて……剣術を教えて欲しかったんです……」
「え……?」
「こ、こんな弱い私が……ナミさんにふさわしいお友達になれるかどうか、わかりませんが……でも、一緒にお茶ぐらいは言ってもいい……ですよね?」
「え……」
「ナミさん、これから一緒にお茶しません?」
笑顔を向けるメルル。その頬を一筋の汗が流れる。
彼女も、緊張していたのだ。
「あ……はい!」
だが、その想いはナミに届いた。
彼女たちがこれから友達になるかどうかは———わからない。
「じゃあ……行こう、ナミさん」
「う、うん……メルル……ちゃん……」
だけど、手を繋いで学園の外に向かって歩いていく彼女たちは、多分大丈夫だろう。
———そう、思えた。
……………なんか忘れているような気がするが。大丈夫だろう。
――———ダダダダダダダダダダダダダッッッッ‼
土煙を上げて、全速力でナミ・オフィリアが引き返してくる。
「さっきの言葉なしぃぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~‼ やっぱり、みんな私の友達になって!
彼女は、立ち去ろうとしていたクマさんを始めとした不良集団を全力で引き留める。
そして———大慌ての様子で都市ハルスベルクの商業地区を指さす。
「みんな‼ 今すぐハルスベルクのダンスホール『ハムリア館』に集合! すぐ来て! 貸切ってるから! もうお姉ちゃんの歓迎会をするって貸し切っちゃってるからぁ! みん、」
「この……
結局何も学習していない学園最強に向けて、生徒会室から怒号を飛ばすと彼女はビクリと肩を震わせた。
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