第85話 vs学園最強

 ———あんた、ダサいよ。


 その言葉がいつまでも耳に張り付いている。

 聖ブライトナイツ学園の巨大スタジアムの廊下で私は一人膝を抱えて丸まっていた。

 長く伸ばしっぱなしの黒髪がカーテンのように目の前を覆っていて心地いい。

 今は誰にも見られたくないし、誰も見たくない。

 膝を抱える腕にギュッと力を込めるとわずかに腰が動き、そこに下げている刀が壁に当たりカンッと音を立てる。

 刀なんて———嫌いだ。

 剣術なんて———嫌いだ。

 戦いたく———ない。


 ———強いから何? 剣が強いからって何ができるの? 偉い奴の道具になるだけっしょ?


 〝あの人〟の声が、私の耳にずっと張り付いている。

 耳を塞ぐ。

 聞きたくない……。


「「「わあああああああああああああああああああああああああっっっっ!」」」


 私の手を貫通して聞こえるはスタジアムに集まっている生徒たちの歓声。

 廊下の奥から光が差し込む。

 リングが見える。

 そこには白ランを着た一人の男が立ち、魔法石で作られたマイクを使い演説をしている。


『———緊急で告知もしていないというのに、よく集まってくれたと言っておこうオレの生徒たちよ! 聖ブライトナイツ学園生徒会長のシリウス・オセロットである!』


 鬼畜外道と言われた、いろいろ悪いうわさが絶えないオセロット家の子息。

 私は彼に友達の作り方を相談したはずなのに、どうしてこうなったのか。


「げどー!」

「さっさと学園最強に殺されてくれ~!」

「〝剣聖王〟~! 生徒会長を倒してくれ~!」


 好き勝手に言う観客たちの声。


 ———どうせ勝っちゃうんでしょ? あんた負けないもんね。


 そこに〝あの人〟の声が重ねて響く。


「……………ッッッ!」


 耳をどんなに強く抑えても、なお。

 私は———強い。

 だから…………!

 だから……。

 だから……なんだ?


 ———あんた努力もしないでそんな強いことを良い事だと思ってるでしょ?

 ———全然そんなことないよ。

 ———あんた、才能に胡坐あぐらかいてるだけだよ。

 ———いいよね。あんたは人生楽そうで。

 ———みんな、あんたと違って努力してるんだよ?


「………………ッッッ‼‼‼」


 聞きたくない!

 思い出したくない‼‼‼


 〝あの人〟は刀を投げ捨てこう言った。


 ———つまんな~い。あんたも剣も同じだよ。

 ———全然面白くな~い。

 ———あんたなんかといるよりも、あんたなんかと剣の稽古をするよりも。

 ———もっと普通のやつらとつるんでいる方がよっぽど面白いわ。


 そうして〝あの人〟は「アハハ」と笑う同い年ぐらいの集団の中に溶け込んでいった。

 キラキラ輝く友達グループの中へ。

 私は、それを、陰から見続けていた。

 一人ぼっちで———剣を握りしめながら。


 私は孤独だった。

 孤独だったから、相談できる家族に相談した。

 父は言った。


 ———お前はそれでいいんだ。それでこそこの父の、我が国の助けになるというもの。お前はこのプロテスルカ帝国のものなのだぞ!


 …………相談するんじゃなかった。

 私はその日から父を避けるようになった。


「…………誰か助けてよぉ」

 

 私の呟きは、誰かに聞こえるものじゃない。

 ここには———誰もいないのだから。

 そういう場所だからこそ、私は助けを求めたのだから。

 誰も私を救えないとわかっているから———求めたのだから。


『黙れ! 勘違いするなよ貴様ら!』


 遠くで、声がする。

 これから私に負ける相手の声だ。


『このオレが〝剣聖王〟ごときに負けるはずもなかろう!』


「————?」

 

 顔を上げて、光の方を見る。

 リングの中央に立つ、シリウス・オセロット。


『———生徒100人斬りなどというふざけた事件を起こした、一生徒を成敗するためにオレはここに立っている! 世間知らずで周りが見えず、周りから最強などともてはやされている女に土の味を覚えさせるためにな!』


 言っている意味はわからないが、なんとなく……伝わる。


「私に勝てると思っているんだ……」


 ———強いだけのあんたなんて面白……なん…と………、


 声が、消えていく。

 スッと足に力を込めて立ち上がる。


『このシリウス・オセロットが! 〝剣聖王〟を処刑してみせよう!』


 光へ向かって———歩き出す。


『———来い! 〝剣聖王〟———ナミ・オフィリア‼」


 ◆


 黒髪の乙女が刀を携え円形のリングに上がる。


「フッ、来たな」


 学園最強。聖ブライトナイツ四天王の一人、〝剣聖王〟ナミ・オフィリア。

 『紺碧のロザリオ』のヒロインの一人。原作のシリウス・オセロットとは全く絡みのなかった相手。彼が、絶対に近づかなかった相手。

 何故なら、彼女は強いから。強すぎるから。

 原作ゲームでは一度、主人公のロザリオが敵対し、それに勝つことで彼女が心を開いていくという展開になる。 

 ロザリオは主人公だから、なんだかんだで潜在的な力を持っている。だから、最強という設定を持ったキャラにでも成長をしていけば勝てるようになる。

 俺は、違う。

 ……さて、どうするか。


『ナミ・オフィリアよ! これからオレ と一対一の決闘を行うわけだが……武器はそれでいいのか?』

 

 腰に下げている刀を顎で指す。

 彼女はコクリと一つ頷き、視線を俺のすぐ横に向ける。


「会長は……? 剣を持っていないようだけど、それ・・の中に入っているの?」


 俺の横には少し大きな布袋がある。

 街で買い物に使うような肩掛け袋よりも少し大きい、米俵ぐらいの大きさの袋だ。


『ああ、俺の武器はこの〝袋〟そのものだ!』


「ずりいぞ~~~~~~!」

「どうせ、その中になんかいろいろ入れてんだろ~~~~!」

「武器は一人一つだろ~~~~~!」


 観客からブーイングが飛ぶ。


『黙れ! このオレを誰だと思っている‼ この聖ブライトナイツ学園生徒会長、シリウス・オセロットだぞ‼ この学園ではオレがルールだ!』


 ブ~~~~~~~~ッ‼ ブ~~~~~~ッ‼


 止まないブーイング。


「ハァ……」


 そして、ナミがため息を吐いた。


「どうした? 学園最強? 構うのか?」

「いえ……別に……」


 視線を逸らして答えるが、明らかに彼女はがっかりしていた。俺に対して失望を抱いていた。

 悪いが、正々堂々の勝負などしない。

 真っ向勝負で俺が勝てるわけがない。

 だから———俺はオレ のやり方で戦う。


『それでは決闘の開始前に勝者の報酬を聞いておこうか……オレが勝った暁には貴様の命を、人としての尊厳を失ってもらう!』


 ビシッとナミに指を突きつけると、彼女は首を傾げた。


「尊厳?」

『ああ、そうだ。学園最強と天狗になっている貴様がオレは個人的に気に食わん! オレが勝ったらここで土下座をしてもらう!』


 そして、指をナミからリングの床へと向けた。


「大人げないぞ~~~~~!」

「女相手に酷いと思わないのか~~~~~~!」

「この鬼畜ぅ~~~~~~~!」


 ブーイングが飛び交う。

 そして、ナミは明らかに不愉快そうに眉を潜めた。


『どうした? 怖気づいたか?』

「————いえ、別に。それで……いいです」


 ナミは腰の刀に手を添える。


「どうせ———私が勝つので」


 目が殺気を帯びたものへと変わる。


『フ……ッ、そう猛るな。まだ貴様の方の勝利報酬を聞いていないぞ? 何が欲しい? オレに勝ったあかつきに、貴様は何を得んとする?』

「………………………………………………………………………………」

『……友達とか、か?』

「………………………………………………………………………………」


 ———無視。

 ずっと刺すような瞳が俺の首に向けられ、今か今かと試合開始の合図を待ち続けている。


『まぁ……いい————』


 怖……。

 ナミの目は完全に人殺しの目……いや、狩人かりうどの目だった。

 肉食動物が獲物をしとめる時に、そのことしか考えていない澄んだ研ぎ澄まされた瞳。

 その眼だけで切り裂かれるんじゃないかとすら思った。


『———試合開始のゴングを鳴らせ! ロザリオ!』


 俺はマイクを投げ捨て、


 カァ———————ンッッッ‼


 観客席前の審判席にいるロザリオがゴングを鳴らした。


 さて————、


「⁉」


 ———相手は学園最強だから油断なくいくか———そう思った瞬間だった。


 眼前に———やいばの切っ先、


 ガキィィィィィィンッッッ!


 俺の首元から炸裂する金属音に、眼前に広がる驚きのナミの顔———。


「うおおおおおおおおおおおおおおッッッ⁉」


 恥も外聞もなく、慌てて後方にステップして彼女から距離を取った。

 危なかった……ッ! いや、完全に今られていた……! 死んでいた!

 ナミとは5メートルはゆうに離れていた。十歩以上は距離があった。

 その距離を、文字通りまばたきをする間に詰められていた。

 速すぎる……!

 ロザリオやアリシアと決闘をして、この学園の剣士と何人か戦ったが次元が違う。


「障壁魔法か……」


 ナミがフォンっと刀を一度空振りさせて鞘に戻す。

 障壁魔法……そんなものじゃない。

 今のはシリウスの体内貯蔵魔力が大きすぎて、それが防御の膜として全身の表面を覆っているだけだ。

 だけど、助かった。

 その天然の魔力の防護膜が無かったら、何もわからずに今ので死んでいた。


「———手加減なしだな」


 首元を抑えながら、何とか平静を装おうと不敵に笑って見せる。


「しました……」


 彼女は再び、殺気を帯びた目を向け腰を落とす。


「……今度はもうちょっと力を込めます」


 グッと鞘を握る手に力を込める。

 ———居合斬りの体制だ。

 あの体勢から放たれる神速の斬撃。

 それは反応するどころか、知覚すらできない。


「まぁ、待て。たけるな、はやるなと言っただろう」


 次に———もう一度来られたら、絶対に斬られる。

 首が飛ぶ。

 人間が対処できる速さじゃない。

 コンピューターとかの機械でようやく剣の軌道を捕えることができる。そんな人知を超えた技だと一瞬で、一撃で理解した———してしまった。


オレはまだ、お前に俺が持ってきた武器を見せてもいないぞ……」


 布の袋に手を突っ込む。

 ナミは表情一つ変えずにジッと見つめていた。

 やっぱり……この武器を持ってきて正解だったな。


「これが……オレ 武器エモノ———」

「————⁉」


 袋から取り出された武器・・を見て、ナミの目から殺気が消え、驚きの表情になる。


「———お前の国の皇子ミハエルだ」

「や、やぁ……ナミ・オフィリア」


 首根っこを掴まれているミハエル・エム・プロテスルカは気まずそうに手を上げていた。


「ひ、卑怯……」


 ナミがぽつりとつぶやく。


「たわけ。オレを誰だと思っている? この学園の生徒会長シリウス・オセロットだぞ? 鬼畜外道と知れ渡っているこのオレ が正々堂々など……そんなつまらん方法を使ってたまるか」

「————ッ!」


 まぁ、この手は———、


「さぁ……面白くなってきただろう?」


 ———二番煎じなんだけどね。


「———ナミ・オフィリアよ。オレを殺してみろ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る