第86話 盾の皇子

「おい、あれ……ミハエル皇子じゃねぇか……」

「プロテスルカの皇子……」

「これ……普通に国際問題じゃねぇか……?」


 袋から取り出された俺の武器ミハエルを見て、観客席がざわめきはじめる。


「————ギリッ!」


 ナミが奥歯を鳴らす。

 珍しい……というか、こんなにはっきりとした感情を彼女が表に出すとは思わなかった。


「ひ、卑怯! この……卑怯者!」


 更には声を荒げて俺を罵倒する。


「ハッ、何度も同じことを言うな———何度も同じことを言わせるな。鬼で外道なこのオレはどんな手を使っても構わんのだ」

「そ……そんなことが許されると……!」


「許されるのだッッッ‼‼‼」


「————ッ!」


 ビリビリと声を張り、空気を震わせるとナミの頬が震える。

 そして、クッと彼女は口元を手の甲で拭い、頬を流れていた冷や汗を拭う。


「許してないぞ~~~~~~‼」

「げど~~~~~~~~~~‼」

「また同じネタを使って、恥ずかしいと思わないのか~~~~~‼」


 観客席からのブーイングが止まない。


「な、なぁ……シリウス。本当にこれでいいんだな?」


 ミハエルもまずいんじゃないかと耳打ちしてくる。


「生徒会の業務の一環だと言われてここに来たけど……僕が彼女を攻撃するのもいろいろとマズいぞ? 彼女はプロテスルカ帝国の忠実な将軍の娘だから僕を攻撃できない。だけど、その主人たる僕が何の理由もなく忠臣の娘を攻撃するというのも……その、政治的にまずい。下手をすれば僕の王位継承権を奪われる……」

「何を今更未練がましいことを言っている。お前はアリシアとの婚約解消をした上で現国王である父親の帰還命令を無視して、このガルデニア王国領の聖ブライトナイツ学園に居続けているのだろう? 実家おうしつの機嫌など今更どうでもいいだろう?」

「そうではあるけど……普通に彼女とは……その、庶民で言うところの親戚関係みたいなもんなんだよ! オフィリアの家の人間が僕の家に入ったりもするし、僕の家の人間がオフィリアの家に入ることもある! アリシアとの婚姻関係を解消した今、もしかしたら彼女が僕のお嫁さんになる可能性もあるんだぞ‼」


 ミハエルがナミを指さして言う。

 結構大声だったので彼女にその言葉が聞こえたようで、目と口がパカリと開き体を震わせる。そして、髪の毛がぶわりと逆立ったように一瞬浮き、身体を震わせる。

 気持ち悪かったようだ。

 その感情が伝わってくるように、皇子ミハエルの登場で一瞬収まった殺気が再び噴出している。

 ———そして、その瞳は皇子ミハエルに向けられていた。


「そんなことにはならん、安心しろ」

「でも、何があるか……!」

「そして一方的に貴様がオフィリアをボコボコにすることにもならん。彼女が貴様をボコボコにすることはあるかもしれんがな」

「そんなことになるわけないだろ! ナミ・オフィリアはプロテスルカに仕える忠実なしもべだぞ! 飼い犬が主人の手を噛むことなんかあるわけ……!」


 ミハエルが彼女を見る。

 そして気が付いてしまった。

 ナミが自分自身に、ミハエル・エム・プロテスルカに向けて殺気を向けていることに対して。


「あるかも……」

「だろう?」


 ミハエルは無言でうなずき、自衛のために愛用の武器である杖を構えた。


「やられる前にやるべきか? シリウス……」


 ミハエルは完全に猛獣と遭遇してしまった人間だった。怯え切っていて、どうすればこの状況を切り抜けられるのかわからない。パニック状態へ片足を突っ込んでいる。


「ああ、遠慮なくやってみせろ———なぜならオレたちは、」

「大地よ……! この高貴な声に応えよ―——岩土大砲グランカノン‼」


 緊張が限界に達したミハエルが杖を指揮棒のように振り回し、土魔法を発動させる。

 リングを覆う床のタイルを突き破り、土で出来た大砲が姿を現す。


「———発射!」


 ミハエルが杖をナミへと向けると、大地の大砲が火を噴く。

 ———真っすぐ、黒髪の剣士へ向けて飛んでいく岩石の弾。


 —————ィィンッッッ!


 何か、音が聞こえた。

 何ともいえない、金属とも、鉱物とも言えない音———それらが擦れた音ともわからない聞いたこともない音がスタジアムに響く。

 ただ———聴いたものが確信して言えるのは、澄んだ……洗練された音だということだ。

 それを証明するかのように———放たれた一発の弾丸が、二発になっている。


 斬られたのだ。


 二発に分かれた弾丸は虚空を切り、観客席の下の壁に着弾した。

 ドォン! と土煙が巻き起こる。


 その前には———誰もいない。


 土煙の前には、それと俺の間には、誰もいない。

 俺が見ている光景に、真正面の視界には———既に誰もいない。


「————ッ⁉」

 

 ナミが消えたと認識するのは既に———遅い!


 俺はミハエルの首根っこを掴み———振り回した。


「ヒィィィ———⁉⁉⁉」


 悲鳴を上げるミハエルを、ある方向へ向ける。

 右斜め後方———。

 直感的に———なんか怖いと思った方向だ。

 殺気……だと……思う。


「———ッッッ⁉⁉⁉」


 合って……いた……!


 俺が殺気を感じた方向にはナミが———いた。

 そして、驚愕に目を見開いていた。


「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィ…………‼」


 ミハエルの眼前にやいばの切っ先。

 彼女が俺の首を再び狙って放たれた斬撃が、彼の側頭部の寸前で止まっていた。


「ミハエルを————盾に⁉⁉⁉」


 ナミが、寸止めした刀を収めながら言う。


「え……お前も僕を呼び捨てにすんの?」


「何て卑怯な————シリウス・オセロット‼‼‼」


「ナミよ。だから何度も同じことを言わせるな。このくらいのこと———こいつはオレ所有物モノなのだからしても構わんだろう?」

「卑怯! 卑怯‼ 卑怯者‼‼ そんなものを使うなんて‼」

「そんなもの……?」

「さっきから『卑怯卑怯』とばかり……それしか言えないのか? 〝剣聖王〟———ナミ・オフィリアよ」


 盾として使ったミハエルを優しく地面に降ろしながら、俺はナミを挑発する。


「それでどうする? これでお前に勝ち目はなくなったな。最強である前にプロテスルカ人なのだからな。自国の皇子を斬るわけにもいくまい。降参するか? 〝剣聖王〟」

「ク――――ッ!」

「そんなもの……」

「学園最強ともてはやされているが、所詮は権力という力の前にはただの〝剣〟など無力に等しい。面白くなりたい。皆を笑顔にしたいなどとふざけたことをいう前にもっと自分の無力さを知ることだな」

「ク……クソォ——――‼‼‼」

「おいおい、女の子が汚い言葉を使うなよ」


 ナミの罵倒など初めて聞いた。

 コミュ障で怯えてばかりのキャラでそれは原作ゲームでも終始一貫してそうだった。ゲーム上では彼女は常に正々堂々勝負をするし、彼女に挑むキャラクターも正々堂々挑んでいた。

 だから、こんなに真正面から挑んでこない人間というのにどう対処したらいいのかわからず初めての感情を噴出させているのだろう。

 全身を震わせて眉尻を上げて、怒りを表現している。


「さぁ、諦めるんだな。それとも怒りに任せて皇子ごと俺を斬るか? それとも……」


 俺は足元を指さす。


「負けを認めて……今、ここで土下座をするか?」


「——————ッ!」


 さぁ、どうする?

 俺はどっちでもいいが、彼女はどっちを選択するか。

 何も考えずに自国の皇子ごと、俺を斬るか。それとも自ら敗者の屈辱を選び地を舐めるか。

 どちらを選択するか……彼女をジッと見つめているとナミは、刀の柄から手を放した。


 からん、からん……。


 そして、鞘に収まった刀がリングの床にこぼれ落ちる。

 ナミが放したのだ———自ら。


「ほう……」

 

 そして、そのまま彼女は両手を前に突き出し背中をゆっくりと曲げていく。

 膝も———折れ曲がっていく。


 心折れたか……。


「お、おいシリウス……流石の僕ですら心が痛むぞ……やめさせた方がいいんじゃないか?」


 ミハエルが耳打ちを再びする。

 まぁ、安心しろ。

 こうなるのも計算の内だ。

 こうなる方が———計算の内だ。


 ガァァァァァンッッッ……!

 

 突然———側頭部を衝撃が襲い、俺の頭が横に傾く。


 ———来たか。


「……何だぁ?」


 わざとらしく声を上げ、わざわざ何が俺の頭にぶつかったのか、足元を見て確認する。

 石だ。

 床に、握りこぶしほどの大きさの石が落ちていた。

 俺は投石とうせきを頭にくらったのだ。

 頭を押さえながら、観客席の方を向く。


「ひ、卑怯だぞ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」

「こんなんで勝って嬉しいのかぁぁぁ~~~~~~~~~~~~‼」

「〝剣聖王〟が負けを認めても、俺達が認めないぞぉぉぉぉ~~‼」


 大気をビリビリと震わせる―――罵倒の声。

 そして次から次へと飛んでくる石。

 それらは俺にぶつかり、魔力の壁により俺の身体に触れる寸前で弾かれて床にガンガン落ちていく。


「痛て! イテテテテッッ……‼ おい、庶民! 気を付けろ! シリウスだけじゃなくて僕にまで当たってるんだよ! ———あぁ、もう! シリウス! これ、どうするんだよ‼ やっぱりまずいことになった! もう滅茶苦茶だ! 僕ら悪者わるものじゃないか!」

「慣れているだろう?」

「慣れてたまるか! ………おい、シリウスまさかこれってそういう事か?」


 俺が余裕の笑みを崩していないので、ミハエルがハッとする。


「あぁ———そういうことだ。この場のオレたちは所詮しょせん……」


 先ほど、言いかけて遮られた言葉を改めてミハエルに伝える。

 もうこの状況になってしまえば、みなまで伝える必要はないのだが、彼は視線を一度、ナミ・オフィリアへ向ける。


「み、みんな…………?」


 何が起きたかわかっていないかのように観客席を見つめている学園最強。

 それを見て、ミハエルは腹をくくって俺の方を向いて、頷く。


「……わかったよ! 引いてやろう、貧乏くじってやつを! だけど、アリシアにもしも誤解されたら、ちゃんとお前の口から説明しろよ! シリウス!」


 そう言ってミハエルは杖を観客席の方へ向けた。

 察しがよくて助かる。

 俺はスゥ……と息を吸い込み、全生徒に聞こえるように声を張る。


鬱陶うっとうしいわッッッ‼‼‼ 観客どもッッ‼ 図に乗りおって、生徒の分際で生徒会長に逆らえると思うな! 生徒会長に石を投げるということがどういうことかわからせてやる‼ ———ミハエル、やってしまえ‼」


 俺の言葉を受けてミハエルは魔力の光を帯びた杖を指揮棒のように振る。

 すると、彼の前の地面が盛り上がり先ほど彼が見せたものと同様の、岩石の大砲が出現する。

 いくつも———。

 横並びで————十門のものが。


「大地よ、無量むりょうたまてんささげよ―——岩土大連射砲グラン・ド・ガトリング‼」


 生み出された十門の砲台から、次から次へと岩石の弾丸が発射される。


 観客席にいる———無辜むこの生徒たちへと向かって。

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