第84話 決闘の前の準備
「———師匠、本当なのか⁉ 君と〝剣聖王〟が決闘するというのは⁉」
生徒会室に帰ってくるなり、アリシアが額をぶつけそうな勢いで顔を近づけてきた。
「ほ……本当だ……」
その瞳があまりにも至近距離にあるので、思わず一歩引いてしまう。
「そ、そんな……ロザリオからスタジアムでの決闘申請を学園に提出したと聞いた時はまさかと思ったが……」
アリシアが視線を後方に向けるとそこに気まずそうにしているロザリオがいた。
ナミに直接決闘を申し付けた後、俺はロザリオに銘じて学園運営部に放課後のスタジアムの許可申請を出した。
俺とナミの決闘の会場を、そことするためだ。
「アリシアに喋るとは、口の軽い奴め」
「俺が喋ろうと喋るまいと、すぐにアリシア王女の耳には入りましたよ。面白い噂というのは駆け足で広まりますからね」
そんなことをロザリオが言うと、証明するように廊下から「剣聖王が生徒会長を成敗するってよ‼」「マジか⁉ スタジアムへ行かなきゃ! あの外道会長がぶっ倒される様がようやく見れるってわけだ!」とテンションの高い声が聞こえる。
「ハッ————馬鹿め。成敗する側はこちらだ」
俺は肩に下げた布の袋を机に置きながら鼻で笑う。
「それで、何でそんなことになったんだ? どうして剣聖王と決闘なんて……」
「先日の100人斬りの罰だ。聖ブライトナイツ学園には決闘制があるとはいえ、それは学生同士の実力を実戦形式で高めあう事と、もめごとの解消という目的がある。奴の起こした事件はただの襲撃事件だ。無差別に人を襲う
「処刑だなんて……また大げさな……」
チラリとアリシアがロザリオを見る。
彼は苦笑していた。
先日、同様のことをやらかして俺に
今度もコミュ障の振りをしている剣聖王の精神を破壊してやろうか———な。
「でも、正面から向かっていくのは君らしいな」
「何?」
「だってそうだろう? 君の立場なら退学なり停学なり権力を使っていくらでも罰則を与えることはできるだろう?」
「たわけ。生徒会長といえども俺一人の意思で生徒の席を学園から消滅させるなどできるはずもなかろう。最終決定権を持つ学園長に進言ぐらいはできるがな。まぁ、できたとしても使うはずもない。それでは面白くない」
「面白くないか……ハハッ、照れるなよ。でもどうするんだ?」
俺の言葉を冗談と受け止め笑い飛ばしたアリシアだが、直ぐに真剣な表情に切り替える。
「どうする、とは?」
「勝算はあるのか? 師匠といえども———君がシリウス・オセロットと言えども……相手はあの〝剣聖王〟だぞ? 勝てるのか?」
心配そうに見上げてくる。
気が付けば、生徒会室にいるほぼ全員が不安そうな目を俺に向けていた。作業をしていたルーナもサボって椅子をに大きくもたれかかっているミハエルも。
ただ一人———ロザリオだけは、先日魔剣を持ったうえで俺に敗れたロザリオだけはなんだかわかっているような、こちらを理解しているような笑みを浮かべていた。
「なぁ正々堂々……決闘なんてして、勝てるのか? もしかしたら、死んじゃうんじゃないのか? 相手はこの学園の最強、〝剣聖王〟なんだぞ?」
不安そうに俺の胸元をギュッと掴むアリシア。
そんな彼女を——俺は一蹴した。
「ハッ、たわけ。誰が正々堂々正面から挑むと言った」
「へ?」
「
机に置いた布袋を叩く。
肩掛け用のひもが付いた、パンパンに膨らんだ袋。
「……買い物でもしてきたのか?」
それはこのハルスベルク周辺住民は買い物で使うものだった。
「ああ、少々『イタチの寄り合い所』にな」
タルラント商会が運営する、大型商店『イタチの寄り合い所』。巨大なレンガ造りのビル状の建物で、現代日本で言うところのデパートのようにタルラント商会に登録している小さな商店がいくつもその中で店を構えている。
「何を買ってきたんだ?」
「武器を少々、な」
袋から細長い笛のような筒状の武器を取り出す。
それを見た瞬間、アリシアが眉間にしわを寄せて、ジト目になる。
「師匠……それってまさか……」
「ああ———吹き矢だ」
隠密、暗殺者がよく使う武器———細長い筒に息を吹きかけて小さな針を遠くに飛ばす。
威力はない。
だが、相手の体内に針を打ち込むことができる。
「これに
付属していた吹き矢用の、三角形をした針を見せつけながら言う。
つまりは———
「そ、そんなことが許されると思っているのか⁉ どこが正々堂々だ!」
「たわけ。誰が正々堂々挑むと言った?
「あぁ……! 見損なった! 本当に見損なったぞ!」
苛立たし気に「フンッ!」と鼻を鳴らして
なぁ~にを言っているんだか。
自分もこないだはロザリオを倒すため、その
まぁ、あれは悪に堕ちかけていたロザリオを救うための大義名分があったから協力したのだと言えないこともないが……、
「ハァ~………」
そんなことを思っていると———アリシアの方から、深いため息のような音が聞こえてきた。
視線をやるとそれがため息ではないことに気が付く。
安堵の吐息だ。
胸に手を当てて背なかを曲げて、息を吐いて表情を緩ませている。
そして何か思い出し笑いをするかのようにフッと微笑んだ。
「……まったく」
俺もつられたように笑ってしまったが、運よく生徒会室にいた人間は誰も俺を見ていない。
「会長、本当に大丈夫なんですか?」
———いや、一人だけ見ていた。
ロザリオだ。
だが、彼は俺が微笑を浮かべたことなど気にした様子はなく俺の手に収まっている吹き矢を指さしながら言う。
「そんな卑怯な手を使うとは言え、相手は〝剣聖王〟ですよ。あれだけの剣術を持つ実力者には到底敵わないと思いますけど」
そう言いながら首筋を彼は撫でていた。
「首……どうかしたのか?」
「い、いえ……! 何でも!」
無意識だったのか、慌てて首に当てた手を放して何でもない風を装うロザリオ。
何か引っかかるが……まあいい。
「フッ……誰がこれだけだと言った。
「……使える手、ですか?」
「ああ、使える手———だ」
俺の視線は一人の人間へと向かっていた。
ロザリオはそれに気づき、俺の視線を追ってある青髪の男子生徒の方を見る。
この生徒会室にいるにも関わらず———何もせずにサボっている生徒会役員を。
「へ……? 僕がどうかしたの?」
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