第83話 面白くありたい……
「それで? 何がどうなって100人斬りなどという
教員室から生徒会室に場所を移し、事件を起こした本人に問い詰める。
ナミ・オフィリアは青い顔をしたまま目を泳がせて、絶対に俺を見ようとはしない。完全に怯え切っている学園最強に俺はしびれを切らし、更に言葉を重ねる。
「ハァ……
「い……言いました……!」
叱られている子供のような返事をする〝剣聖王〟。
「そして剣術が趣味の人間を見つけられたらそいつと友達になれるだろうと、
「い、言いました……」
「それがどうして一晩で100人を切り捨てる乱闘事件を起こすのだ……!」
ダンッと拳で生徒会長専用机を叩くと、ナミは「ヒ……ヒィ……!」と椅子から転げ落ちて扉へと這って行こうとする。
め、めんどくさい……。
そう言えばコイツのメンタルは余りにも
学園で一番強い女の癖に……。
…………こんな奴だったっけ?
「おい、貴様! 〝剣聖王〟ナミ・オフィリア!」
「————ッ⁉⁉⁉」
名前を呼んで呼び止めてやると彼女は四つん這いになりながらもビクンと肩を震わせて立ち止まる。
「何故逃げる? 何故———弱いふりをする?」
俺に何か言われて逃げる必要など、全くない。
「———何故、そこまで友達を求める? 何故、友達が100人いるなどと嘘をついた?」
そもそも友達を作る必要も全くない。
「お前は強いだろう? 堂々と胸を張っていれば、勝手に人が寄ってくるはずだ」
彼女は———この学園で、この世界で最強だ。
それだけですり寄ってくる人間はたくさんいる。良くも悪くも。彼女に剣術を教えてもらいたいと師事しようとする騎士見習いは絶対にいただろうし、彼女の肩書を利用しようと話を持ちかける人間も絶対にいたはずだ。
その人間に対して壁を作らなければ———こうはなっていない。
「友達が欲しいというが———お前自身が人との間に壁を作っているのではないか?」
「……………」
黒髪の女剣士は、立ち上がり腰に下げている刀を鞘ごと腰ひもから抜いた。それを両手でかかげ、俺に見せつけるように前に出す。
「———これ、面白いですか?」
「は?」
何を
「刀が、か?」
「はい」
「……そんなもの面白いも面白くないもないだろう。刀は刀だ。このガルデニアで一般的に使われている両刃の剣と少し違うだけで、面白くもなんともない」
「そう、なんです……面白くもなんともないんですよ。こんなもの」
「ああ……」
「……だからです」
イラッ。
でたよ……! 口下手なくせに今やった説明だけで全部理解してもらえると思っているその
あぁ……思い出した。
『紺碧のヒロイン』の中で一番強くてかっこいい、男の子の好きそうな要素を持つこの〝剣聖王〟ナミ・オフィリアというキャラに対して俺は何の思い入れも持っていなくてどんなキャラでロザリオとどんな恋愛をしたのか———全く覚えていない理由をようやく思い出した。
「だからなんだというのだ⁉ しっかりと言葉にしろ!」
ダンッ!と再び生徒会長専用机を拳で叩いてしまう。
「ヒィィ……」
ナミは刀を上に掲げて身を縮こまらせる。
———俺は、この
本当は強いくせに臆病な振りをして身を守ろうとするこのキャラが、なんだかズルいことをしているように見えて、どうしても好きになれなかったのだ。
どうしてこんなビクビクしているキャラが、一番強いのか、さっぱりわからない。リアリティがなさすぎる。そう思ってしまった。一応『紺碧のロザリオ』のゲーム上にある、彼女のルートというものをやっては見たものの、そんな感情移入できないキャラがメインの物語など頭に入って来ない。ゲームプレイが完全な作業になっていた。
「刀が面白くないからなんだというのだ! 友達がいないからなんだというのだ! 貴様は強いのだから堂々としていろ! ビクビクするな! その気持ち悪さがあるから、貴様に誰も人が寄って来んのだッッッ‼」
「————ッッッ‼」
しまった。
言い過ぎた。
ナミが口をあんぐりと開けて固まっている。漫画だったら、彼女の頭の上にガ~ンとデカい効果文字が入っていただろう。
ああ……くそ。また逃げられる。
ここから泣きながら部屋を出て行くナミの未来が見える見える。すぐに今は固めているその表情禁を崩し、大泣きしてダッと走り出して出て行ってしまうだろう。
そう思い、俺はナミのお悩み解決を諦め回転いすをくるりと回して背を向けた。
そのうち彼女はこの部屋からいなくなる。
だが———、
「わ、わわわわわ……私ッ‼」
ナミが声を張り上げた。
「みんなを笑顔にしたいんです‼」
「何?」
まさか、自己主張をしてくるとは思わなかったので再び回転いすをまわして彼女に向き直る。
「笑顔に……だと……?」
「刀じゃ……剣じゃ……みんなを笑顔にできない。泣かせることしかできない……! 私がどんなに強くても、どんなに相手を打ち負かしても、みんなを笑顔にできない。後ろで見ているお父さんしか笑ってくれない。お父さん以外は誰も幸せになっていなかった! 私は……私は! お父さん以外を笑顔にしたいんです!」
それは、恐らく彼女の過去の話だろう。
プロテスルカ帝国から国を跨いでやってきたナミ・オフィリア。将軍家の娘ということで剣の英才教育を受けていたのだろう。それで様々な試合を重ねて〝最強〟と呼ばれるほどの剣の実力をつけた。
親からすれば誇るべき娘だ。
だが、娘からすれば———、
「私なんて……ただ強いだけなんですよぉ……! 強いだけなんて、面白くもなんともない……強いだけなんて……寂しいんですよぉ……!」
最強という称号など、他者との壁でしかないということか。
「私は……強くなりたいんじゃなくて……面白くなりたいんですよぉ……!」
ヒックヒックと、ナミは泣きじゃくり始めてしまった。
「ナミ・オフィリアよ———」
俺は生徒会長机の引き出しを開け、
「———やはり貴様は天才だ。生まれながらにしての剣の
白い手袋を掴み上げた。
「……え?」
泣いていたナミが、茫然とした顔を上げる。
「どうせ、ろくな苦労もしたことがないのだろう。どうせ、ろくに負けたことがないのだろう。だからみんなを笑顔にしたいなどという甘えたことを抜かすのだ。だから面白くなりたいなどとふざけたことがほざけるのだ」
「え……え……⁉」
ナミの身体が震え始める。
ショックを受けているようだ。
だが———まだ受け足りない。
お前はもっと、知るべきなのだ———。
「ナミ・オフィリアよ———この
パシッ……と彼女の胸の真ん中あたりに、俺の投げた手袋があたりずるりと床へと零れ落ちる。
「この
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