第82話 暴れん坊剣聖
———〝剣聖無双〟。
そして、ナミ・オフィリアは近くにいる彼の仲間を手あたり次第、次々と襲い掛かっていった。「オトモダチニマショウ……」と唱え続けながら……。
「それ何て怪談?」
「いやだから剣聖無双事件……」
ホラーじゃん。
アリシアは、昨日のナミのやらかしをクラスメイトから聞いたらしい。その情報を俺に説明してくれているのだが、どう考えても『妖怪・オトモダチニナリマショウ』の怪談話だ。
頭を抱える。
「不良とはいえ……生徒を殺しまくったのか?」
「いや? 全員〝
ハッハッハと笑うアリシア。
この騎士になる人間を育てる機関———聖ブライトナイツ学園では〝殺人〟は絶対の禁忌ではない。
近い将来敵の命を奪う職に就く人間を育てるということなのだから、学生であるうちでも奪われる覚悟を持てとそういう建前があるらしい。
だが、一番の理由は貴族と平民が同じ環境にいるから———という点だろう。平民を見下すように育てられた一部の貴族はやりすぎて平民を殺してしまうことがある。その貴族を守るためにあえて殺人に対する罰則を緩くしているのだろうし、〝決闘〟という『相手の命を奪う事』を勝利条件の一つとしてもうけている制度があるのも、貴族が平民の命を奪ってしまった事を罪として咎めにくくするためだろう。
〝決闘〟……か。
「〝辻斬り〟という物々しい言葉を先ほどアリシアは使っていたが、一応〝決闘〟の形をとっていたのだろう?」
殺人が許されると言っても場合によってだ。
流石に突然奇襲のような形で命を奪うことは許されない。傷つけることすらも。
そうでないと何でもありになって治安というものが崩壊してしまう。
殺人も傷害も〝決闘〟という双方の同意があって成り立つことであり、片方が同意していなければそれはただの襲撃だ。
「うん」
頷くアリシアに対してホッとしかけたが、彼女は何か思い出したように視線をツーッと上に向け、顎に指を添えて考え始めた。
……ん?
しばらく沈黙があったので、俺も少し考える。
俺が安心したいから「〝決闘〟の体をとっていたのだろう?」と聞いたが、普通に前後のアリシアの言葉と矛盾がある。アリシアははっきりと「襲い掛かっていった」と発言した。
「いや……やっぱり知らない。多分、ちゃんとした〝決闘〟としては成立していないんじゃないか?」
「———何だと?」
「話を聞く限り、不良生徒たちが仲間をやられて次々と〝剣聖王〟に挑みかかっていったっていうし、〝決闘〟も不良生徒たちが一方的に〝剣聖王〟に宣言して挑みかかっていっただけで、〝剣聖王〟自身はそれに対してちゃんと返事をしてないんじゃないか? だってずっと「オトモダチニナリマショウ」しか言わなかったって話だし」
「……………」
何それ、普通に傷害事件じゃん。何てことしてくれてんのあの学園最強。
「———まぁ、それくらいこの学園ならよくあることさ」
ハッハッハっとアリシアは笑う。
そういえばアリシアは俺を師匠と呼ぶ前は〝決闘〟と称して俺を殺そうとしてきた。俺が「受ける」とも言っていないのに。そう思えばあれはただの襲撃事件で〝決闘〟ではなかった。
それにアリシアだけじゃなく、アンも復讐という大義名分はあるが普通に俺を暗殺しようとしてくるし、この世界の主人公であるロザリオも先日今回のと同じような辻斬り事件を起こしたばかりだ。
この世界のモラルって案外終わってるな……。
「仕方がない……」
とりあえず様子を見に言ってやるかと立ち上がる。
◆
〝剣聖王〟———ナミ・オフィリアは見事に教員室に呼び出されていた。
「前代未聞だぞ! こんなことは!」
大きな十字架が壁に立てかけられてある石づくりの部屋。聖ブライトナイツ学園の全教諭が集まる部屋である。
長机に羊皮紙でできた書類が積み重なれ、それぞれの教諭ごとに樹木の壁で仕切りが作られている。
樹木の壁とは平べったい壁の幹をしており、それがツルのような性質で机の上を這って仕切りを作り、生きた仕切り版として機能している。恐らく魔法で変化させた樹木なのだろうが、ただの家具にそこまで魔法を使うことはなく、普通に切った木を加工すればいいのにと思う。
今、ナミ・オフィリアを𠮟りつけているショット・ウェイバー教諭の隣でしわがれた老人教諭が幹に水をやっている光景を見るとそう思う。
「100人もの生徒と乱闘事件を起こすなどと! それも学園内どころか……学園外の都市部にまで騒ぎを発展させおってからに! こんなことが都市ハルスベルクをしきるタルラント商会・会長様に知れたらどうなるか! 寄付金が減らされる可能性もあるし、最悪私が降格させられてしまう可能性もあるんだぞ!」
教諭長の証しである金色のバッヂを輝かせるショット・ウェイバー教諭はバンと机を叩く。
「すんません……すんません……」
彼の前で半泣きでひたすらナミ・オフィリアは謝り続けている。
「どうしてこんなことをしたんだ⁉」
「……と、友達100人つくろうって……おもってぇぇぇ……!」
「意味が分からん!」
再びバンと机を叩きそうになったショットの手を———ガシッと掴み上げる。
「シ、シリウス⁉」
「か、かいちょぉぉぉ……!」
説教中に介入してきた俺を驚きの目で見るショットと……泣きながら見上げて来るナミ。
彼女に学園最強で100人斬りをした面影はない。
「ショット・ウェイバー教諭。ここは
「な、何を言っているんだお前は……⁉ 生徒会長といえども生徒だろう! 生徒を指導するのは指導者たる我々の役目で」
「構わんな? このシリウス・オセロットが彼女の問題を正す————ということで」
ギロリとショットを睨みつけると、彼は怯んだようにのけぞる。
「……グッ! この……領主の息子ごときがそんなに好き勝手……!」
「構わん、な?」
念を押す。
すると、ショットは折れたようで———、
「……わかった! もう教師としての話は終わった! 後は貴様に任せる!」
バッと俺の手を振り払い、背を向ける。
「か、かいちょぉぉぉ……ありがとうございますぅぅ……!」
泣きながら俺に礼を言うナミ。その態度はなんだか俺が助けに来たように思っているようだ。
だが———、
「何を勘違いしている?」
「へ?」
「今度は
「………………」
サーッとナミの顔から血の気が引いた。
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