第77話 悪役貴族は殺され、なくてはならない。

「あの~……あなたは魔王・ベルゼブブ様なの……ですよね?」


 姿は幼女だが、目の前にいる彼女はこの世界のラスボスだ。絶対的な存在だ。そんな相手にちゃん付けするなんて恐れ多い事なのではないかと思い、おずおずと尋ねる。

 すると彼女はフフンと笑い。


「そうじゃ。じゃから呼ばせる名前もわれ自身が決める。そのベルゼブブというのは音が可愛くなくて我はすかん。だから、我を呼ぶときは、ベルちゃんと呼ぶように。ああ、ちゃんと愛を込めるのを忘れるなよ?」

「あぁ~……ベルゼブブ様?」

「ベルちゃん」


 そう呼べと言っただろうがと釘を刺してくる。


「…………わかりました、ベルちゃん」

「よろしい」


 満足げに笑みを作ってない胸を張る。

 アリシアルートのラスボスだから警戒していたが、この人は……こいつは別に悪い奴じゃあなさそうだ。

 魔王は自らの隣をポンポンと叩き、


「ほれ、横に座れ。一緒にゲームをやるぞ。どうして我がここにいるのか。ゲームをしながら話そう」

「…………」


 魔王の隣に座り、彼女が差し出す2Pコントローラーを受け取りながら、画面を見る。

 テレビにはレーシングゲームの画面が映し出されていた。アイテムを取って相手を妨害するパーティー要素の強い、レースゲームが下手でも運が良ければ勝てる、子供頃に友達とよくやったやつだ。

 死んでからもできるとは思わなかった。


「この精神世界で対戦ゲームができるとは思ってもいなかったぞ!」


 魔王は肩を躍らせながら、対戦をスタートさせる。ゲーム画面に浮かび上がる「3・2・1・GO!」の表示の後に、レースが始まり俺の使うゴリラのキャラクターが魔王の使う亀のキャラクターにぶつかられて、コースアウトをしてしまう。


「ウハッ! ざまぁじゃ!」


 心底、魔王は楽しそうに俺を指さし煽る。


「……ベルちゃん」

「なんじゃ?」

「どうしてここにいるんだ?」


 ずっとこのままゲームをしているわけにはいかないので、この空間、彼女についての話題を切り出す。


「ああ、その話をするんじゃったな……」

「俺の知っている「紺碧のロザリオ」のゲーム知識だと、あんたはアリシアに取り憑いていた。古の魔王は実は呪いとして王家の身体の中にいて、ロザリオが恋人を殺すか殺さないかを選ばなければいけない、悲劇的な話がアリシアルートの話だ」


 遥か昔にやった『紺碧のロザリオ』アリシアルートの記憶をたぐりよせる。

 アリシアは魔王……今ここにいる‶ベルちゃん〟に体を乗っ取られる。そしてテンプレ的な「人間を滅ぼしたい」という目的の元、人類に牙をむき、主人公であるロザリオが止めるというシナリオ。

 ロザリオが最後、アリシアを殺すかどうかでハッピーエンドかバッドエンドかに進む。そんな話だったはずだ。


「そうじゃな。じゃがそれは間違っているわれはどこにでもおる。それが魔王の器であればどこにでも……な」

「どういう意味だ?」

「我はいまここに居る。じゃが、この住居が破壊されれば別の住居に住み着く。それだけのことじゃ……」


 俯く魔王。

 住居……この部屋が……精神世界が、シリウスの中が住居。それって……。


「〝魔導生命体〟……」

「ん?」

「シリウス・オセロットは〝魔導生命体〟だと、父親のギガルト・オセロットが言っていた……魔王を宿す復活の器だと……じゃあ、シリウスは魔王を宿していたってことか?」


 ギガルトの見立ては間違っていたということ……か?


「そういうことだな……そして、それは過去形ではなく、今もじゃ」


 魔王は肯定し、自分の胸をトントンと叩く。


「じゃあ、どうして復活しなかった……? どうして本編開始前に復活しなかったんだ?」

「復活……か。それに関しては我はそこまで興味がない。アリシアルートでも復活したというか、させられた感じだっただろうに」

 

 どっからか取り出したのか、『紺碧のロザリオ』のゲームパッケージを取り出す。


「それ!」


 俺が昔やったゲームそのものだ。黒いDVDパッケージに、絵が描かれた紙が巻かれている———アリシアを中心として、ルーナをはじめとしたヒロインたちが描かれているメインビジュアル。


「……どうして魔王がゲームの内容を把握しちゃってるんだよ。登場人物がシナリオを読むなんて……滅茶苦茶メタい、創作の禁忌タブー中の禁忌タブーじゃん」

「創作……な。果たしてどちらが創作で現実か、わからんもんじゃがな」


 ポイッと『紺碧のロザリオ』のゲームパッケージを魔王は投げ捨てる。


「どういう意味だ?」

「さあ……とにかくいえるのは、もはやお主にとってこの部屋こそが虚構で、シリウス・オセロットこそが現実となり果てたのではないか? もうこの日本という空間はお主の心の中にしかないのじゃぞ」


 びしりと指を突きつけられる。


「まぁ……言われてみればそうだけど……じゃあ、もうシリウス・オセロットとしての天寿を全うすればいいのかよ?」


「そうじゃな———殺される悪役貴族としての役を、な」


 そんなことを言ってくる魔王。


「ちょっと待て、殺される⁉ 確かにシリウス・オセロットは鬼畜外道だから殺された方がいいと思うけど……なんだかんだで俺は絆を作って、シリウスは皆に認められた! だから死ななくてもいいんじゃないか?」


 死ぬ必要があると思った。

 だけど、死なずに償う方が大事だと、最近になって思えてきたんだ。


「何を今更未練がましいことを言っている? 我が悪のように、貴様もまた———悪だ。

 運命づけられた‶悪〟なのだ。悪は正義に滅ぼされなければならない。


 悪には悪の役目があるのだ———そのために我は貴様をんだのだぞ。


 何者でもない———路傍ろぼうの石たる貴様を、な」


 にんまりと笑って、べるちゃんは俺の頬に指を這わせる。


 まじかよ———やっぱりオレは殺されなければいけないらしい……。

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