第76話 魔王との邂逅
「————ん?」
バチッとスイッチが切られるように視界が暗転した。
俺は———シリウス・オセロットの運命に沿う必要はない。
無理に「紺碧のロザリオ」のストーリー通りに進まなくても、自分を慕ってくれるアリシアやルーナやロザリオの協力を得て、この世界に訪れる脅威に立ち向かっていこう。そう決意していたところだ。
「———ここは?」
これまで、何をしていたんだっけ?
そうだ。ロザリオとミハエルを加えた生徒会を新たにスタートさせ、生徒会としての仕事が終わり、オセロット家の屋敷に帰る家路についていたところだったのだ。
道端をただ、歩いているだけだったのに。何の脈略もなく、視界が真っ暗になった。
「どうして……誰かに何かをやられたか?」
「
カチッと音がして、‶部屋〟の中に明かりが灯る。
「———ここは、俺の部屋か?」
転生前、日本で使っていた俺の部屋が視界に入る。
体を見下ろすとサラリーマンのスーツ姿だ。体もシリウス・オセロットではなく、生前の俺の姿に変わっているようだ。
以前も、何度もこんなことがあったが……そのたびに、この部屋にもう一人いた。
「お主の精神世界じゃ」
だろうな。
声を発した主は、俺が生前ずっと使っていた座椅子に紫髪の幼女が座りくつろいでいた。
「お前は……誰だ?」
彼女は俺の方に向き直る。そして、大きな瞳を三日月形に歪ませ、いたずらを思いついた子供のような、心底楽し気な笑みを浮かべる。
「カッカッカ……
「ああ———古の魔王・ベルゼブブ」
アリシアルートのラスボスであり、古代にこの世界を支配しかけた、最凶最悪の魔王が、この幼女だ。
「そんな子供みたいな姿とは知らなかったが……」
「そうじゃな、アリシアルートでは我はアリシアに乗り移って、アリシアの姿でロザリオと戦うからな。我の立ち絵は結局、「紺碧のロザリオ」のゲーム本編では出なかったからな」
「———知っているのか⁉」
ベルゼブブの口からとんでもない言葉が出た。俺しか知らないはずのゲーム知識を、どうして「紺碧のロザリオ」のゲーム世界の人間が知っているのか。
驚きの表情を浮かべる俺のリアクションを満足げに彼女は眺め、人差し指をこめかみにあてる。
「我がこれまでずっと何処に居ると思っておる? 此処じゃ。お主の頭の中じゃぞ」
そう言って床を指さす。
「俺の記憶をのぞいて、お前の世界の設定やストーリーを知ったと言うわけか?」
「ああ———、」
何でもないことように肯定し、ベルゼブブはテレビの電源を付けて、ゲームコントローラーを手に取った。
テレビ画面に2Dスクロールアクションゲ―ムが映し出され、ピコピコと魔王がプレイを始める。
「———コレに比べたら、恐ろしくつまらんものだったがな」
「…………」
かなりさりげなく言っているが、彼女のアイデンティティの根幹にかかわることなんじゃないかと思う。
ゲーム世界の登場人物が、自分や世界が別の人間の手によって作られたものだと知る。存在意義が揺らいで、もっと動揺してもおかしくない話なのに、魔王・ベルゼブブはアクションゲームに「ホッ、ハッ」と言いながら熱中している。
「とにかく、お前昨日は助けてくれたな?」
彼女の心の内は、今は置いておく。
それよりも、彼女がこれまでしてきた行動だ。
「む? 何の話じゃ?」
「昨日、魔剣に貫かれた後から俺の記憶がない。お前が助けてくれたんだろう? まず、そのことについて礼を言わせてくれ」
「あ? あぁ……!」
今思い出したと言う風にコントローラーを置いて、机の下をゴソゴソと探り、長物を取り出した。
「これのことか?」
ベルゼブブが取り出したもの————それはロザリオが持っていた魔剣・バルムンクそのものだった。
「それ、消えたんじゃなかったのか⁉ アリシアの話だと目が醒めると忽然と消えていたって……」
「ああ、あの場にいた
ベルゼブブは俺の胸の中心を指さした。
「お主の体の中にな」
「一個も安心できないんだが……」
マジか……あの魔剣、シリウス・オセロットの体内にあるのか。そんな体内に金属が混入している事実を聞いて安心していられるわけがなかった。
「まぁ、どっか知らないところにあるよりかはましか……でも、それで大丈夫なのか? 俺、というかシリウスの身体が暴走したりはしないのか?」
「元々の持ち主である
最後に「我は魔剣の特性をよく理解しておるしな」と付け加え、ポイッと雑に放り投げる。
「———でも、どうしてこうなった?」
「ん?」
「シリウスは本来ただの嫌味な悪役キャラだったはずだ。なんの変哲もない……それがどうして体の中にお前が、魔王・ベルゼブブがいるんだ?」
ギガルトの話で大方検討を付けているが、それでも、聞けるのなら彼女本人の口からききたい。
そう思って尋ねると、彼女は人差し指を一本立てて前に突き出す。
「そのことを教える前に———まず一つ、言っておきたいことがある?」
「?」
「呼び方じゃよ。我を誰だと思っている? 魔王ぞ? そんなお前とか、ベルゼブブとか、呼び捨てで呼んでいいものと思っているのか?」
「あ、いや……」
そういえばそうだ。
こいつは魔王で、直ぐにでも世界を滅ぼす力を持っている。それに、俺の身体を好き勝手に支配して、操った実績があるのだ。なら、下手なことをして怒りを買えば怒りに任せてそのまま人類を滅ぼすと言うこともあり得る。
威圧されて、自分の軽率さにようやく気が付いた。
まだこの魔王の真意がわからない以上、表面上は従順に従っているふりをして刺激しないようにしないと。
俺は首を垂れて、魔王は叱るように続ける。
「我を呼ぶときは、愛を込めて〝ベルちゃん〟と呼ぶように‼」
「———わかりました、ベルちゃん! …………は?」
反射的に呼んでしまった。
ちゃん付けされた魔王は、満足げな笑みを浮かべていた。
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