第61話 様子のおかしいアン

 ロザリオとの決闘の時間が迫る。

 そんなスタジアム廊下の道すがら。復讐者のアン・ビバレントが俺の行く道を塞いでいた。


「アン……その、大丈夫……だったか?」


 塞いでいると言っても、彼女に敵意はなかった。 

 自分の体を抱きしめるような立ち姿で、気まずそうに眼を伏せていた。

 先日、モンスターハント大会ではぐれたアンと遭遇したとき、何かがあったのだろうと思う。彼女を崖から落ちるのを助けたあと、朝になると彼女はいなくなっていた。

 そのことを俺は詳しく知りたかったし、魔剣のこと、ビバレント家のこと、離したいことは山ほどあった。

 だが、今は時間がない。


「ええ」


 アンは短くそういった。


「朝、大樹のうろの中で貴様のナイフを拾った。ゲハルさんに届けてもらうように言ったが、お前の手には返ってきたか?」

「ええ……わざわざありがとう」


 ありがとう……?

 あのアンがオレに向かってお礼を言った?

 父の仇であるべきはずの、この俺に?

 何か心境の変化でもあったのか……。


「アン、以前の話を覚えているか? お前の父が仕方のない理由があって死んだかもしれないと言う話だ」

「ええ……」


 『スコルポス』の通路での話。俺が以前のシリウス・オセロットと変わり果てているものだから、自分の父親は何か悪いことをしていて死んだのではないかとアンが疑ってしまった。

 そんなことはないとあの時は一蹴したものだが、今となってしてみると……。


「ロザリオが持っている魔剣はな。貴様の父親が元々持っていたものだ。あの魔剣は負の感情を増幅させる。詳しくは言えんが———」


 言えないと言うか、詳細を知らないのだが。


「———それにより、表には出ない負の面というモノが存在していた……らしい。あくまでオレから見た奴の姿だ。貴様の父にも多様な面がある。死ぬべきではない人格者である面と死ぬべきである非道な面と……オレから見たら、奴は死ぬべきだった。それだけの話だ」

「ええ……」


 あれ、反応が鈍い……。

 昔の話を掘り返して、実はお前の父親は全てが完璧で死ぬべきではない善良な人間というわけではなく、別の視点から見ると充分に死ぬべき理由がある人間だったと告げたのに。

 まぁ、あくまでシリウス・オセロットぽく。シリウスから見たら、ということと魔剣による暴走の可能性もあるという前提で話したから、伝わりにくかったのかもしれないが。


「———だからと言って、もうオレを恨むなという話ではない」

「…………」


 アンはさっきから、黙ったっきりだ。

 話しづらい。本当に俺の伝えたい意図は届いているのだろうか……?


「所詮は世の中そのようなものだと言う話だ。恨みを買わない人間など存在しないし、どんな人間も叩けば埃は出る。復讐など無駄な行為だというつもりもないが———貴様の父が死んだことも、もしもオレがこれから死ぬとしても……それはそいつの因果、業、運命だったと受け入れろ」

「…………」


 アンはまだ、何も言わない。

 なんだ? 

 様子がおかしい。

 俺の予定ではここで激昂して殴りかかって来る手はずだったのに……まぁ、いい。聞いてくれているのなら、俺の言葉を聞いていてくれて、いるのならそれで———。


「ゴホンッ、まぁ、何が言いたいかというとだな……もしも、今日、オレが死んだとしても、気に病むな。そう———言いたいのだ」


 俺がもしもロザリオに殺されて、自分の復讐が永遠に達成できなくなったとしても———。


オレが今日死んだとしても、それがオレの運命であった。だから———例え、貴様の手でオレを殺せなかったとしても、貴様は前を向いて生きていけ。人の手でオレが死んだとしたら、恨みを捨てるのだ。それだけは———伝えたくてな」


 アン・ビバレントが、他のルートでどうなったのかはあまり語られない。シリウスを殺すために生きているキャラクターで、他のルートのキャラとの接点ができにくいキャラだ。アンルート以外ではアンが復讐する描写はない。アンの恨みは解消されずに、彼女は抱え込むことになる。

 アンが復讐を達成できなかった場合、恨みを引きずり、前を向けずに過去にこだわり続けるかもしれない。それだけは、嫌だった。


「ではな」 


 彼女の横を通り過ぎて、スタジアムへ向かう。


「———あんたはここでは死なない」


 そのまま無言でいるかと思ったが、アンがぽつりとつぶやき、俺は足を止めた。


「あんたを殺すのはあたしなんだ。例え、真実がどうだったとしても……父さんが悪人でも、母さんがあんたのことを恨んでなかったとしても———シリウス・オセロット、あなたはどうあがいても死ななければいけない人間なんだ。その罪は———人には渡せない。アン・ビバレントとして、あたしがこの手を汚すんだ」

「フ……ッ」


 言い草に思わず笑みがこぼれてしまう。

 何というか、ライバルキャラのセリフの様だ。「俺が殺すまで死ぬんじゃねぇぞ……」的な。


「そうだな……では、もしも運よく帰ってこれたとしたら、貴様に殺されるとしよう」


 彼女なりの励ましの言葉のつもりなのか。

 だけど、普通に考えると絶望だ。

 俺はこれからロザリオに魔剣の手にかかろうがかかるまいが殺されるつもりなのに。それが失敗したら、今度はアンが殺しにかかって来る。

 どうあがいても、俺が生きる道がないじゃないか。

 苦笑しながら、歩を進める。


「————シリウス・オセロット!」


 アンが突然声を張った。


「必ず、あんたは帰ってこい! それであたしに見極めさせろ! 本当にあんたが死ぬべき人間なのか! あんたの中に邪悪な心があるというのなら! あたしが絶対に殺してやる!」

「—————?」


 振り返る。

 怒りに任せた、どうしても俺を殺すという言葉なのかそう思って彼女を見ると、なぜか彼女は泣きそうな顔をしていた。

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