第62話 我の武器

 ワアァァァァ————————————————————————————‼


 スタジアムを歓声が包んでいる。

 スタジアムの観客席には生徒たちが溢れかえり、これから始まるイベントに心を躍らせている。

 中心には優し気な笑みをたたえたロザリオ・ゴードン――—この世界に主人公が俺を待ち構えていた。

 これから始まるのは悪の生徒会長による一方的ないじめか、それとも心優しいと思われている一生徒の暴虐の生徒会長に対する反逆か。

 生徒たちは歓声だけで、具体的な言葉こそ言わないが、みな一様にこう思っていることだろう。


 ———会長をぶっ殺せ、と。


 皆それを見に来ているのだ。

 これまでの非道。そして、モンスターハント大会での蛮行。結果として生徒たちは成長できたが、ティポやザップのようなけが人はどうあがいても出してしまった。

 その不満が今、生徒たちには募っている。

 俺がスタジアムに姿を現すと、また「わあああああっ」と歓声が上がるが、小さくブーイングの声が混じっていたのを、聞き逃せなかった。


「フッ……」


 それでも俺はただのシンプルな石でできた円形のバトルフィールド、いわゆるリングに上がる。

 リングの上で待ち構えていたロザリオは、


「死ぬ準備はできましたか?」 


 不敵に尋ねる。

 全く持って、調子に乗り続けているな。

 まぁ、いい。


「ロザリオ、今からここで泣いて土下座をして、「魔剣を渡しますから許してください会長様」と言えば、許してやらんこともないぞ」


 強気にそう言い返すが、ロザリオは笑みを崩さない。


「ハハッ☆ 渡すわけないじゃないですか。これは正義を成すために必要な力です。会長のような悪を断罪するための、ね」


 ギラッと目に殺気が宿り、ロザリオの雰囲気が変わった。

 いつでも抜刀し、俺の首を跳ね飛ばせるんだぞ、と言っているような意思を感じさせる瞳だ。


「まぁ———慌てるな、ロザリオよ」


 俺は手をパーの状態にして横に突き出す。

 そこにすかさず鉄仮面を被った古代兵ゴーレムが駆けつけ、マイクを渡す。


『———生徒会長、シリウス・オセロットである!』


 俺の声が観客席後方に設置されている緑色に輝く巨大魔法石から響く。

 この世界にはマイクとスピーカーがある。魔法石を使った、音魔法によるものだが、これがあって助かった。流石にこの大観衆の中、いくら俺が声を張り上げても、歓声にかき消されることだろう。

 そして、マイクパフォーマンスをしなければ、シリウス・オセロットらしくない。


『ここに生意気にもこの生徒会長様に歯向かったロザリオに処刑を執り行う!』


 ざわっと、観客がおののいた。「処刑」という言葉の重々しさに息を飲んだのだ。


『この者は魔剣を用いて、悪を断罪するとほざき、このオレに勝負を挑んできた!』 


 あえて、闇討ちをしていたことは黙っておいた。

 もしもこの決闘が終わってロザリオが正常になった時、あの黒影による闇討ちはこれからのロザリオを中心とした英雄物語に傷をつける。だから、公表はせずにあくまでこの決闘の理由を俺とロザリオだけに絞る。


『よって、オレはここに———ロザリオの公開処刑を行うと宣言する! まぁ、一応決闘の形式をとるので、オレが勝った暁には魔剣をこの手に渡してもらおう! ただし———これはロザリオの処刑である! 決闘は何が起きるかわからんからなぁ、例え、相手が死んだとしても仕方がないなぁ~……!』


 ニヤニヤとロザリオを挑発するような笑みを浮かべて彼を見る。

 ロザリオは全く笑みを崩さない。何とも思っていないようだ。 


 だが———、


「外道—————‼」

「鬼——————‼」


 観客から声が上がった。


「最近強くなったロザリオをねたんでいるだけじゃないのか~~~~⁉」

「処刑だなんてひどすぎる~~~~~‼」

「出る杭を打っているだけじゃないのか~~~~~‼」

「本当は会長が魔剣を欲しいだけだろ~~~~~~‼」


 抗議の声が上がる。

 いい声だ。

 この世界ではあくまで俺は悪役貴族で、ロザリオが主人公ヒーローなのだから。

 俺にヘイトを集めてロザリオには人気を集めてもらう。

 その目的は一貫して変わらない。


「フッ……ロザリオ、貴様もどうだ? 何か死ぬ前に言うことはないのか?」

 生徒たちの抗議の雨を心地よく浴びながら、ロザリオにマイクをぽいっと放り投

げた。


「そうですね、では……」


 ロザリオはマイクを握り締め、


『僕の名前はロザリオ・ゴードン。正義の味方です』


 優しく、ニコッと微笑んだ。


『これから、決闘が始まる前に聞いてほしい話があります。〝僕〟は弱かった。弱くて常に虐められていた弱い生き物でした。それを救ってくれたのは———ほかでもない、』


 口調も優し気に、最近一人称を〝僕〟に戻していた。そして、俺に向けて微笑みかけ、また大衆に向き直る。


『僕を救ってくれたのは———僕自身でした』


 そう、言った。

 以前と全く違うことを言ったロザリオに、俺は眉をひそめた。


『弱くて弱くて、ずっといじめられる僕を救えるのは、僕自身なんだって気が付いたんです。そして、自分を変えようと努力しました。ひたすら今まで僕を虐げていた人間を見返すために必死で剣を振って、そして強くなったんです。四天王のバサラ・モンターノを倒せるほどに』


 また、観客が騒めく。バサラ・モンターノの名前がどうしてここで出るんだと戸惑っているようだ。


『僕は強くなりました。そしてある人に認められて魔剣・バルムンクを託されるほどになりました』


 シャッと剣を抜く。

 黒い美しい刀身が大衆に晒される。


『そう思えたのは———気づいたからです。僕を虐めるような奴は———大したことないって、少し鍛えれば簡単にねじ伏せられる弱い同じ人間なんだって———僕はみんなにも気づいてほしいんです。勇気を出せば、悪は倒すことができるんだって。ほんのちょっとの勇気があれば、悪は滅ぼすことができるんだって。僕が今からそれを証明して見せます———この悪の生徒会長———シリウス・オセロットを殺すことによって』


 シンッと会場が静寂に包まれた。


「……今、殺すって言った?」


 どこかで観客の一人がぽつりとつぶやいた。その物々しい言葉の響きに、面食らったようだ。

 シリウスが「殺す」というワードを使うのはわかる。だがそれと相対する正義の味方のロザリオも「殺す」というワードを使った。


 本当に殺し合いをするつもりか?


 冗談で「ぶっ殺してくれ」と心の中で思っていたが、それが現実味を帯びてくると途端に心が冷える。

 静かになってしまった観客の様子はロザリオにとっては予想外だったようで肩をすくめてマイクを俺に返した。


「始めましょうか」


 くるりと背を向けて、俺から距離と問っていくロザリオ。


「ロザリオ———貴様が勝利した場合の報酬を聞いていなかったな」


 てっきり、俺と同じようにマイクを使って宣言するかと思っていたが、ロザリオは一切そのことについて何も言わなかった。


「宣言しておかなくていいのか?」

「いりません」


 ある程度、五メートルほど俺と距離を取ると、ロザリオは魔剣・バルムンクを再び鞘に納め、腰を深く落とし、居合の姿勢を取る。


「———これから死ぬ相手から何を取ろうって言うんです?」

「フッ……」


 俺の命、それ以外はいらない。そういうことか。

 本当に魔剣に染まり切っている。負の感情が爆発している。


オレをあくまで殺すため、これではどっちが悪かわからんな」


 そう言って———俺は手を上げた。

 リングの外にいる。古代兵ゴーレムに試合開始のゴングを鳴らすように示した。


「? 会長? それでいいんですか?」


 今にも決闘を始めそうな俺に怪訝な目を向けるロザリオ。


「それ……とは?」

「いえ、会長……武器は……?」


 俺は帯剣をしていなかった。

 腰には何もぶら下げておらず、ただの手ぶらでリングに立っていた。


「丸腰で戦おうと言うのですか? 決闘のルールは三つ、武器の破壊か奪取。魔力切れ、そして、最後は相手の命を奪う事。今の状態だと俺は———会長の命を奪うことでしか勝利条件を満たせそうにないんですが……? いいんですか……?」


 ロザリオは若干声に怒りをにじませていた。

 馬鹿にしているのか———と。

 丸腰でかかって来て勝てるとでも思っているのか———と。

 これを挑発と受け取ったか。


「フッ……そうだな、すまんすまん」


 違う。これは挑発ではない———演出だ。


「流石のオレとて、魔剣相手に丸腰で挑んだりはせぬさ。リングに上がれ! 我が武器エモノよ!」


 俺が悪であると、生徒に見せつけるための演出。

 後方へ声をかける。


 入り口から、一人の人間がリングへ向かって歩み寄る。 


 その〝女性徒〟を見て、観客がざわざわと騒がしくなる。


「あ、あなたは……」


 ロザリオも茫然となり、持っていた魔剣の柄から手を放してしまう。


 ザッザッザ……。


 俺の武器は———隣に立つと無言でロザリオに向かって剣を構えた。


「紹介しよう———これが俺の武器エモノ———王女ビッチ だ」


 ガルデニア王国第三王女———アリシア・フォン・ドナ・ガルデニア、それが俺の武器の名前だった。

 考えられる限り最悪の悪役らしい笑みを浮かべて、ロザリオに向けて武器アリシアを紹介し、


「———さぁ、オレを殺してみろ」


 弾むようにキメ台詞を言う。

 悪役貴族らしく決めたつもりだが、隣に立つのアリシアが〝ビッチ〟と言われたことに腹を立て、ギロッと俺を睨みつけたので若干絵面がしまらなくはなってしまった。

 だがロザリオは———、


「どうして、アリシア王女が……!」


 顔に驚愕を張り付けていた。

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