第60話 決闘へ向かう

 朝を迎えた。


「おい、会長とロザリオが決闘するらしいぜ!」

「あのバサラと仲のいい一年生とあいつが……そうかぁ……!」


 中庭を歩いていると、騒いでいる男子生徒の声が聞こえる。

 俺とロザリオが決闘することは学園中に知れ渡っている。ロザリオのことは一週間前なら誰も知らなかったものの、バサラが紹介したことにより、知っている人間は実力者だと彼のことを認識しており、この決闘もどうやらロザリオが俺の機嫌を損ねたから挑まれたと思っているらしい。


「決闘って下手すりゃ死ぬよな?」

「ああ……ロザリオのやつヤバいかもな……」

「「でも———、」」


 と男子生徒たちはそこで声をそろえて、


「「ロザリオが会長を殺してくれたら———この学園は平和になるよなぁ」」


 ……イラっとする。

 楽し気にギャハギャハと笑う男子生徒の声をあえてスルーしていた。

 こうなったのは俺の自業自得で、ヘイトを買った成果だとも思え、シリウス・オセロットが死ぬことはこの世界にとっていい事の———はずだ。 

 だが、ああも悪意を込めて言われると腹が立つ。

 ザッとわざとらしく大きな音を立てて歩いてみる。


「お、おい! 会長だ!」

「ヒ、ヒェ!」


 俺の姿に気が付いたその噂をしていた男子生徒二人が俺の姿を見ると脱兎のごとく逃げでいった。

 まさに小物と言った姿だが、あんなのは俺が前にいた現実でもこの世界でもごまんといる。

 人に聞かれていなければ何を言ってもいいと思い、好き放題にいい、いざ聞かれてていると情けなく逃げ出し、それをまた繰り返す。どんなに他人が忠告しても聞きもしない人間性が下劣で、小さな奴ら。ああいう奴らほど、一人では何もできず、何もできずに他の群れとなった下劣な人間のストレス解消のはけ口になる。それがグルグルとめぐりめぐる。


「本当に、救えない……」

「何がだ?」


 そう、暗いことを考えていると、アリシアが隣に立っていた。


「あ、アリシア王女……」

「王女はやめろ。何回言ったら……」


 言いかけて、彼女は顔を赤くする。

 その後に続く言葉を今までは〝あだ名〟だと思って口にしていたが、今は意味を知っている。知ってしまっている。それが女性が口にすることがどんなに軽率な言葉なのかわかってしまった彼女は恥ずかしそうに唇を尖らせ、


「アリシア、呼び捨てでいい。師匠」

「師匠……か」


 アリシアにそう呼ばれ続けたが、彼女にしてやれたことは何一つない。

 そんなことを考えて、視線を下にやっていると、


「どうした? 何だか疲れたような顔をしているな……君は最近ずっとそうだ」


 心配そうにアリシアが覗き込んでくる。


「あ……ああ、最近少し、考えることが多くてな……いろいろやることがあるのだ……」


 ロザリオと魔剣の事。

 アンとその家族の事。

 この世界の事。

 シリウス・オセロットの事。


 あまりにも情報量が多い。


 ゲーム知識があるから簡単に無双できると思っていたが、知らない情報をワッと浴びせられて、完全に———パニック状態になっていた。

 俺はこれまでの行動、この世界のためにやってきた。だが、それが空回りだったような気さえする。全てを良い方向に持って行こうとして、悩みに悩み、全てが裏目に出てしまった気さえする。

 俺はこれからどうすればいいかわからない。


「アリシア……もしも、これからオレがロザリオを殺さなければならない。あるいは、オレが死ななくてもいいのに、無駄に命を散らすとすれば———貴様はどう思う?」

「———それはどういう意図があっての問いかけだ?」

「単刀直入に問おう。オレはロザリオの魔剣を奪わなければならない。それはロザリオのため、この世界のため、必要なことだ。だが、それに失敗して死ぬかもしれん。もしくはロザリオを殺すことになるかもしれん。そうなった場合、貴様はオレを責めるか? この世界に何も貢献できなかったオレを、貴様は責めるか?」


 アリシアはびっくりしたように目を見開いた。


「本当に、君はシリウス・オセロットか? 本当に……らしくないぞ?」

オレにだって弱気になる時はある」


 もうすぐこの世界からいなくなるか、致命的に道を間違えるかもしれないのだ。


「……もしも、そうなっても、ボクは君の味方だよ」

「何?」


 フッとアリシアが微笑んだ。


「———実はボクもここ最近悩んでいたんだ。なんで強くなりたいのか、どうして強くなれないのか。そういうことをずっと……ロザリオはそれはボクが自分のためにしか強くなろうとしていないからだ、と。力というモノは人のために使うモノだと言った。ボクはずっとこの窮屈な世界を抜け出したくて強くなろうとしていたけど……それだとダメだと気が付いた」


 アリシアが俺に向けて手を伸ばした。


「そう気づかせてくれたのは君だ。シリウス・オセロット」

「? どういう意味だ?」


 彼女が何を言いたいのか、さっぱりわからない。

 だけど、彼女は恥ずかしそうに頬を染めて、


「……つまりは、そういうことなのに……! 察してくれよ! 君のために強くなりたいと言っているんだ!」

オレのために?」

「ああ、漠然と強くなりたい、ミハエルから解放されたいと思っていたボクに、その先、どうしたいのかという気付きをくれたのは君とロザリオだ。だからボクは、君のために……ああ、違う……! そういうことを気づかせてくれた! 君〝たち〟のために強くなりたい! 君と……違った。君たちとずっと一緒にいて、その先の世界を見たい。そう思わせてくれたんだ」


 いちいち、彼女は「君」と言いかけた後に首を振り「君たち」という言葉を強調して言い直していた。


「つまりは、どうなっても……オレを責める気はない、と」

「あるもんか。ロザリオが死ぬことになっても、君が死ぬことになっても、ボクは受け入れる。それが君が選んだ最善の手なんだろう?」

「最善の手って、失敗するかもしれない……そう前置きしたはずだが?」

「何を言っているんだ。君は失敗しないさ」


 どこからくる自信なのかわからないが、彼女は断言し、


「もしもそうなりかけたとしても、手段を選ばず目的を達成するそれが君———鬼畜外道のシリウス・オセロットだろ?」


 もう、何度言われたかわからない。その言葉を口にされた。

 だが、どうしたことか、アリシアの口から出たその言葉に、俺はハッとさせられた。


オレは鬼畜外道か……?」

「ああ、どんな卑怯な手も平然と使う。だから、君が目的を達成できないなんてありえない、だろ?」


 笑顔で言うが、褒めているのかけなしているのかわからない内容の言葉だ。

 だが、褒めているのだろう。

 少なくとも俺は悩むのを止めようと思った。そして、元気が出た。


「アリシア」

「なんだ?」

「一つ———お前に頼みがある」


 ◆


 午後になり、決闘の時間が訪れた。

 ワーッと廊下にまで響く生徒たちの歓声。

 それを聞きながら廊下を歩いている。 

 俺はこれからスタジアムの中心に行き、この試合について、前と同じようなマイクパフォーマンスをしなければならない。

 このシリウスvsロザリオを、ただの命がけの試合ではなく、確実に俺が目的を達成するための卑怯で外道なエンターテイメントにするための———。

 今の俺に、迷いはない。

 この試合の結果がどうなろうとも———いや、どのような結果になりそうでも、俺が望む最良の結果にして見せる。

 どんな手段を使ってでも———。


「ゴホンッ……よし」


 咳ばらいをして喉の調子を整え、前を向く。


「———ッ」


 通路の奥には明かりが差し込むスタジアムの入り口がある。

 そこの前に立ちふさがっている人物が———いた。


「アン……ビバレント……」


 俺を父の仇と恨む復讐者の少女が、行く先に立ちふさがっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る